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専門コラム「指揮官の決断」 

No.131 何故事故の再発は防止できないのか

「過ちは繰り返しません」とは言うけれど

 広島の平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」と刻まれています。この過ちが誰が犯したものなのかについては議論の余地がありますが、公式見解としては主語は「人類」となっているようです。

 しかし、残念ながら過ちは繰り返されます。さすがに核兵器の使用という乱暴な手法は長崎を最後に実際に行った国はありませんが、しかし、その開発を急ピッチで行っている国があることは皆様ご承知のとおりです。

 逆説的ですが、過ちを繰り返す組織は存続し、そうでない組織は潰れていきます。これがどうしてかというと、弱小な組織は一つの過ちが原因となって潰れてしまうので、過ちを繰り返したくとも繰り返せないからです。一方、大きく基礎体力のある組織は過ちを繰り返さないから存続しているのではなく、繰り返しながら存続しています。つまり、一度や二度の過ちで潰れてしまうような組織はいずれにせよこの社会には存続できないということなのでしょう。

 だからといって過ちは繰り返していいというものではありません。なぜなら、過ちによって痛手を受けるのは過ちを犯した当の組織だけでなく、その対象となった人々や組織や社会だからです。

 組織が過ちを繰り返す理由はそう複雑ではありません。過ちの原因を除去していないからです。これは特に国や地方自治体において顕著です。企業であればあまり出鱈目が続くと存続できませんが、国や自治体はいくら過ちを繰り返しても潰れることがありません。三菱自動車は許容される限度を超えた過ちを繰り返した結果、日産の傘下に入ることになりました。しかし、国や自治体はいくらでも過ちを繰り返すことができます。

 ちなみに社会保険庁が無くなったのは過ちを犯したからではありません。あれは加入者から集めた保険金を社会保険庁職員のために流用し、収集がつかなくなったという組織的な業務上横領の上に、慢性的な職務怠慢による債務不履行を行ったのであり、決して誤ったのではありません。不正を働いていただけです。

 さらに逆説的なことを申し上げると、予測不可能だった事故は繰り返されることはありません。原因が究明され、予測不可能ではなくなって対策が取られるからです。
 一方繰り返される事故は、原因も対策も明らかなのに繰り返されます。

 これがどうしてなのかということが今回のコラムの主題です。

過ちが繰り返されるのは基本の軽視?

 繰り返される事故の原因というのはそのほとんどが基本的な注意を怠ったことにあります。

 私は公務員としての30年の経歴の中で監査官として勤務したこともあり、また、事故調査も何度も経験しています。
 その経験から申し上げると、繰り返される事故の原因は基本から外れたことであることがほとんどです。

 そこで私は監査でも事故調査でも、事故を起こした部隊から上がってくる報告書において、事故や不祥事の原因が「基本の軽視」であり、対策が「基本の徹底」とされていた場合には、例外なく差し戻して検討し直させていました。「基本の徹底」が出来なかったから事故になったのであれば、事故の再発を防ぐことができるはずがないからです。

 「基本の徹底」ができずに基本を軽視して事故となった場合、解決策は「基本の徹底」ではありません。「基本を軽視したため徹底しなかったのであり、常に基本を意識して徹底させる」という意味で「基本の徹底」という対策を上げてくるのですが、私はこれを一切信用しませんでした。

 基本を軽視して事故や不祥事を起こした部隊は、常に基本を意識することが出来ないから事故を起こしているのです。常に基本を忘れず、そこに立ち返るということはそれほど簡単なことではありません。本当は極めて難しいことなので、つい応用に走ってしまうのです。

 これがよくある誤解です。応用とは本来基本の上に成り立つものなのですが、私たちの日常にある応用動作というのは、基本動作ができないために行われていることが多いのです。

 つまり、事故や不祥事を起こした部隊には基本に立ち返る能力がないから応用動作を行って失敗しているのにもかかわらず、基本を意識すればそれができると勘違いしているのです。

 私が対策を差し戻すと、その部隊指揮官が文句を付けてくること多々ありました。「基本に立ち返って、しっかりとやっていく」という対策のどこが悪いのかというのです。
 私の答えはいつも決まっていました。「基本を徹底するということは生半可な覚悟でできることではありません。そのような覚悟がなかった部隊が、抜本的な対策もせずに、掛け声だけで基本が徹底できるはずはありません。つまり、あなた方は基本を徹底するということがどういうことなのかを理解できていないのでしょう。理解していないのに徹底できるはずは無いでしょう。」

 このように伝えるとその部隊指揮官は「じゃあどうすればいいんだ?」と開き直るのが普通です。この場合も私の答えは決まっていました。「何故基本が軽視されたのかの徹底的な究明が必要です。」

 実は、この作業を行うと実にいろいろな問題があることが分かってきます。ある事故調査において、マニュアルに規定された方法によらず応用動作を行って事故になったことがありましたが、なぜマニュアルに規定されたとおりに操作されなかったのかを徹底的に追及していたら、実はマニュアル通りの操作が実際にはできないことが分かったこともありました。これなどは、「基本の遵守」などという掛け声だけを再発防止策としていたら確実に再発するはずの事故でした。

掛け声では事故は防げない

 事故や不祥事が性懲りもなく再発するのは、再発防止策が掛け声だけだからです。真剣に原因を追究して、その原因を除去しないからいつまでも繰り返されるのです。

 それでは何故事故再発防止策が掛け声だけで終わることができるのでしょうか。国や地方自治体、あるいは大企業は簡単には潰れないからです。なので必死にならないのです。
 必死になって根本的な原因を追究すると、その組織の根幹を揺るがすような結論が出てきてしまうことがあり、そんなことが露わになるくらいなら掛け声だけで終わらせた方がいいからという場合もあります。歴代担当者やトップの怠慢が露見したりするくらいならそのような原因は明らかにならない方がいいでしょうし、本当はもっとすごい出鱈目が行われている様な場合などは蓋を閉めてしまう必要があるのでしょう。

 「基本の徹底」「基本の遵守」というのはいかにも根本的な対策のように聞こえるのが問題です。ただ、ちょっと考えれば、それができなかったから起きた事故や不祥事の対策としてそれらを掲げるのは論理的矛盾であることがすぐわかります。「できないこと」を「しっかりとやる」というのは解決策にはなっていません。

 「基本の徹底」「基本の遵守」というのは結局抜本的なことは何一つやらないと言っているに等しいのです。
 それで事故再発を防ぐことが出来ないのは当然です。