専門コラム「指揮官の決断」
第14回日本には国旗が2つ?
国旗に関わる話題を再び取り上げます。
前回は、国旗や国歌の扱いについて述べました。
国旗が元来は商船の国籍を示すために掲げる旗であったことなどに言及いたしました。
平成11年に「国旗及び国歌に関する法律」が施行され、それまでの太政官布告の商船規則が廃止されたことに伴い、日本に船籍を有する船舶は、国際法上その国籍を示す場合には、この「国旗及び国歌に関する法律」に定められた国旗を掲げることになりました。もっとも、法律の制定にあたって国旗の図案が変わったわけではないので、日本船はこれまでどおり日の丸を掲げています。
ところで、日本の国籍を示す旗はもう一つあることをご存知でしょうか。
それは、海上自衛隊の艦艇が掲げている自衛艦旗です。
軍艦は国際法上、公海または他国の領海内においては旗国を代表するものと見做されるため、国際法上の軍艦の地位にある海上自衛隊の艦艇がその国籍を示すために掲げている自衛艦旗は、当然のことながら国旗としての扱いを受けることになります。
陸上自衛隊の朝霞駐屯地などで行われる自衛隊の観閲式での行進をよく見て頂ければ、陸・海・空自衛隊の部隊の行進でそれぞれの旗の扱いが微妙に違っていることに気が付かれるかと思います。
陸上自衛隊は部隊の行進に際して部隊旗を奉じて行進しています。部隊旗というのは、連隊旗のように、その部隊が編成された際に与えられる旗のことです。
行進する部隊の先頭を指揮官が進み、そのすぐ後ろに部隊旗が続いているのをご覧になった方も多いかと思います。航空自衛隊も同様に指揮官が先頭で、その後を部隊旗が行進します。写真は陸上自衛隊の部隊の行進です。
ところが海上自衛隊の部隊は、本コラムの写真を見て頂ければわかりますが、自衛艦旗が護衛小隊に護られて最先頭を行進し、指揮官はその後ろを進んでいます。これは自衛艦旗が国旗であるため、指揮官より前を進んでいるのです。
観閲式に招待されている外国の軍人は、軍人としての常識を持っているので、自衛艦旗が国旗であることを承知しており、陸上自衛隊の部隊が行進する際には座っていても、海上自衛隊の自衛艦旗が通る時だけは起立して敬礼をして見送っています。日本の国旗と同じ扱いを要する旗だからです。
観閲式の観閲官である内閣総理大臣も、陸上自衛隊や航空自衛隊の部隊に対しては、部隊が行う「頭、右」の敬礼に対して、帽子を胸に当てて答礼していますが、海上自衛隊の部隊の行進時には、まず先頭にある自衛艦旗に礼を示し、次いで海自部隊の敬礼に対して答礼しています。総理大臣といえども、国旗には敬意を表さねばならないのです。
軍艦が通常の国旗とは別の図案の旗を掲げることは珍しくありません。もちろん、国旗と同じ図案の海軍旗を掲げる海軍も多く、米国海軍は星条旗を海軍旗として掲げています。
しかし、英国海軍などはホワイトエンスンという独特の図案の海軍旗を掲げており、商船隊とは区別を付けています。これはその国と海軍の歴史等に深くかかわっています。
海上自衛隊が現在の自衛艦旗を掲げることになった背景にはちょっとしたエピソードがあります。
敗戦により帝国海軍が解体され、旭日旗と呼ばれた軍艦旗を掲げる船がなくなってしまいました。
ところが、戦後、外洋ヨットを楽しんでいた人々が集まり日本外洋帆走協会という団体を作った際、日本を代表する外洋ヨットクラブとしてクラブ旗を登録することになり、あの旭日旗を掲げる船がいないことに気が付き、自分たちが登録しようと考えたのです。
誰も登録せずにいて、外国や心無い人々に先に登録されて、帝国海軍のシンボルだった旭日旗が汚されるのを見ているわけにはいかないということだったそうです。要するに商標登録のような発想なのですが、外洋帆走協会の発足時の理事に、旧海軍兵学校出身者がいたことから、そのようなこととなり、外洋帆走協会がクラブ旗として登録してしまいました。
昭和29年、海上自衛隊が発足するにあたり、その艦艇に掲げるべき旗が議論され、学者にデザインをお願いしたのですが、どう考えても旧海軍の旭日旗よりふさわしい図案はないという答えが返ってきたそうです。なるほど軍艦旗のデザインは、単に中央に日の丸をおいて、その周りに後光のような光を配しているわけではなく、風にはためいたときに美しく見えるような配分が計算されていて、ほぼ完ぺきなデザインになっています。
そこで旧海軍の軍艦旗を自衛艦旗として採用しようとしたところ、すでに外洋帆走協会が登録していることが分かったのです。
早速海上自衛隊から外洋帆走協会に使者が送られました。協会の理事と同じ海軍兵学校出身の海上自衛隊幹部が外洋帆走協会を訪れ、「海軍を再建する。(公式にはそんなことを言ったことにはなっていませんが。)ついては軍艦旗を返してもらえないか。」と頼み込んだそうです。
外洋帆走協会も、前述したように旧海軍のシンボルだった旗が汚されるのを恐れたのが発端でしたので、海軍が再建されるということであれば返還に依存は無かったようです。
ただし、若干未練はあったのでしょう、クラブ旗はそれまでは方丈の軍艦旗だったのですが、ネイビーブルーの三角形のペナントに変え、その根元の部分に小さな旭日旗をあしらうことで海上自衛隊と合意したのだそうです。
この時、もし外洋帆走協会が意地になって断っていれば、現在の海上自衛隊がどんな旗を掲げていただろうかと考えると興味がわきます。
とにかく、国によっては国旗が二種類あることになりますので、プロトコールには気を付けねばなりません。先に、相手国の国旗の下を雑談しながら通り抜けたゼネコンがその国からの受注がほぼ決まっていた案件を失注した例を記載しましたが、海外においては国旗の扱いが日本とは比べ物にならないほど重要です。
海軍旗にまで配慮できる民間人は外国でもそう多くはありませんので、その気遣いができればびっくりして見直されるかもしれません。
外国の企業や政府機関と交渉するような場合には、ちょっと調べておくことをお勧めします。
外国で、国旗や国歌にどのように対応すればよいのかをお伝えしておきます。
ポールに掲げられた国旗や部屋の中に掲げられている国旗に対しては、軍人はそれなりの対応の仕方があり、一般の方には胸に手を当てるなどの作法がありますが、そこまでする必要はありません。一応、旗に顔を向け、ちょっと姿勢を正す程度のことで十分です。相手は、国旗に対して敬意が示されたことを確実に理解してくれます。
国家が吹奏されている場合には、会話をやめ、起立する必要がありますが、それさえできれば完璧です。
この程度のことができていれば、しっかりとした教育を受けた人物とみなされ、プロトコール上の問題の多くをクリアすることができます。
最近はネットで調べれば、各国の国旗や国歌に関する情報はいくらでも手に入ります。
要は、そういう着意があるかどうかということが重要なのです。
2017年元旦、私の住む湘南は穏やかな夜明けを迎えました。
今年が皆様方そして私たちの社会にとって、平穏で実りの多い年になることを願っています。
本コラムも危機管理にとって重要な意思決定、リーダーシップ、プロトコールなどの話題をしっかりと綴ってまいります。少しずつで結構ですので、クライシスマネジメントの世界をご理解頂き、脅威に屈しない、しなやかで強靭な社会づくりに役立てて頂ければ幸いです。