専門コラム「指揮官の決断」
第12回スタンダードコールアウト
前にチェックリストの使い方について書いたことがあります。(No.007)
チェックリストだけでなく、航空機や船舶の運航などにおいては、安全を確保するために様々の工夫がなされています。どれも、悲惨な事故を経験し、それを繰り返さないために関係者が必死で考えた方法であり、それぞれのやり方の陰には尊い犠牲があったことを忘れるわけにはいきません。
今回ご紹介するのは、航空機や船舶の運航の際に行われているスタンダードコールアウトという確認方法です
航海中の船が変針する際に、船長や当直士官は操舵員に対して変針の指示をし、指示をされた操舵員は、自分が確実に変針の指示を理解したことを示すと同時、本当にその指示でいいのかを確認するために変針の指示を復唱します。
まず船長が「Starboard」(右へ変針する場合)と号令を掛けます。昔は「面舵」と言っていました。操舵員は「Starboard」と復唱し舵を右に回します。舵角指示器を見て舵が右15度まで回ったのを確認し、「Starboard, sir」と報告します。船長は舵角指示器を自分でも見て、間違いなく右15度に舵が動いていることを確認します。操舵員に右と左を間違われたら大変だからですし、また、自分も本当は変針したい方向と逆の指示を出したりしていないのかを確認するためです。そして、所要の針路になる少し前に舵を戻すため「Mid-ship」の号令を掛けます。これは舵を中央に戻せという指示です。
操舵員は「Mid-ship」と復唱して舵を中央に戻します。船長は舵角指示器を見て操舵員が復唱通りの操作をしているかどうかを確認します。舵が中央に戻ると操舵員は「Mid-ship, sir」と報告します。船長は「Steady on 180」などと新しい針路を指示します。このようにして船長と操舵員が号令をお互いに間違って理解していないか、号令通りの操作がなされているのかを確認し合うのです。
航空機においても機長と副操縦士の間で同じようなやり取りが行われます。
例えば、着陸時、着陸前のチェックが終わり、最終進入に入る際、滑走路が見えなければ、有視界飛行で飛んでいる場合には着陸をあきらめて他の飛行場に向かうか、管制官の指示に従って視界回復まで待機のための旋回に入らなければなりません。ただし、定期便の旅客機のように計器飛行で飛んでいる場合にはある程度のところまで進入を続けることができます。
この際、進入が許可されている最低高度に間もなく達するというときに副操縦士が「アプローチング・ミニマム」と機長に声を掛けます。間もなく進入最低高度であるという意味です。これに対して機長は「チェック」と答えます。このことにより副操縦士は機長がまもなく着陸するか着陸をあきらめて復行するかを決断する高度に達することを理解しているということを確認すると同時に、機長の意識が正常で操縦不能な状況になっていないことも併せて確認します。
進入が続けられ、最低高度に達すると副操縦士は「ミニマム」とコールします。その時点で進入灯や滑走路灯などが見えなければ着陸復行の措置を取らなければなりません。その場合には機長は「ゴーアラウンド」とコールバックしパワーを入れて上昇できる速度まで加速しながら機首を上げていきます。着陸できると判断したならば「ランディング」とコールバックし、着陸する決意を伝えます。
このスタンダードコールアウトが正常に行われなかった場合、副操縦士は機長の意識が失われているものと判断し、直ちに自分で操縦を取り、着陸復行を行わなければなりません。
なぜこのようにお互いに意図を確認し合い、その操作を確認し合うかといえば、船の場合には、一度舵を動かして船が回頭を始めると、惰力によってなかなか動きを止めることができないので、間違った舵を取らないようにすることが必要であり、航空機の場合、「クリティカルイレブン」と言って、離陸後7分間、着陸前4分間に事故が集中していることから、特別の注意を払う必要があるからです。特に、着陸時は操縦士がそのフライトの中で一番緊張するときであり、血圧の変動が著しく、発作を起こしたりする事例が多々あったことから、お互いに意識がはっきりしていることを確認する必要があるためです。
このように、航空機や船舶の運航には尊い犠牲により様々な教訓がもたらされ、いろいろな工夫がなされています。しかし、その根底に流れる発想などは航空機や船舶の運航にとどまらず、日常の業務に生かすこともできるはずです。
例えば、上司が部下に指示を出した場合、その指示を受け取ったことを必ず報告させ、その指示を実施するに際してどのように実行する予定なのかを簡単に付け加えて報告させるようにしておけば、指示を出した出さなかったのトラブルもなく、また、誤解している場合には手遅れになる前に正しく理解させることができるようになります。
例えば、こんな具合です。
年末、御用納めを翌日に控えた日、
上司 「おい、A社のBさんに電話くらいしておけよ。」
部下 「ハイ、わかりました。年末のご挨拶をちゃんとしておきます。」
上司 「違うよ。年始の挨拶に伺う時間の確認だよ。」
部下 「アッ! そうでしたね。」
こんな簡単な例でも、面倒なトラブルを防ぐことができます。
単に「やっておけよ。」「了解です。」の会話だけだと、双方に誤解があっても修正ができません。年が明けて年始のご挨拶に伺い、先方が留守だったりして、「お前、ちゃんとアポ取ったのか?」というようなことになりかねないのです。
このように、お互いの意思を確認しあっていくということは、文章にすると面倒なように思えますが、習慣化しておくと面倒でも何でもありません。
危機管理で最も重要なことは、危機に陥ったときにしっかりと対応することではなく、そのような状況に陥らないようにしておくことです。
孫武も「孫子」において、戦わずに勝つことが最善と述べています。
スタンダード・コールアウトという方法は、様々な事故の教訓などからオペレーターたちが編み出した危機的な状況に陥らないための意思確認の一つの手段です。
海や空では衝突事故が起きないように、衝突の危険が生じた場合にはどちらが針路を保持し、どちらが避けるかを規則によって定めています。例えば、海上衝突予防法では相手船を右に見る船が針路を変えて衝突を回避せよと規定され、航空法では高度の高い航空機が高度の低い航空機を避けよと規定されています。これらのルールは国際的な条約によりその統一性が確保されており、世界中どこに行っても同じルールが適用されています。船舶や航空機の運航に携わる者は、これらの規則に反射的に反応できるくらいに訓練を積んでいます。
しかし船乗りや飛行機乗りが学校で教わるのは、そもそもそのような状況にならないようにあらかじめ他の船や航空機の動きに注意しておくこと、そしてそれに自分たちが適切に対応することの重要性なのです。