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専門コラム「指揮官の決断」 

No.001 経営者に必要な「指揮官」の覚悟

指揮官とは誰だ?

 本コラムは「指揮官の決断」というコラム名を付しております。

 ここで私が皆様を「経営者の皆様」とか「経営トップの皆様」と呼ばず「指揮官の皆様」と呼びかけているのには理由があります。

 それはこのコラムに訪問されている経営者や経営トップの皆様は、単なる「経営者」や「経営トップ」ではないからです。

 教科書では組織における「責任」と「権限」は一致していなければならないと教えます。株式会社の社長には株主から、財団の理事長には評議員から、自治体の長には地域住民から委任された権限があり、その権限の大きさに伴う責任があるというのが、法律学や経営学の考え方です。

 しかし、当コラムを訪問されている経営者の皆様は危機管理を真剣に考えておられる方ですから、自分に与えられた権限や処遇に見合う責任を果たせばいいと考えている方はいらっしゃらないはずです。

 たとえば、社長は株主から委任された権限に基づいて業務を執行し、株主に対して責任を負っています。しかし、当コラムを訪問されている社長は、自分が従業員とその家族に対して無限大の責任を負っていることよくご存じのはずです。
 経営に失敗して会社が潰れてしまえば、多くの従業員とその家族が路頭に迷うことになり、その子供たちの将来への夢さえ奪ってしまいかねません。このコラムに訪問されている社長は、単に株主から権限を委譲されている社長ではなく、無限大の責任を単独で負って、それに耐えている社長であるはずです。
 それは国家の命運を賭して決戦に臨む軍隊の指揮官が、国家に対して無限大の責任を負っており、自分がどのように不利な立場にあっても泣き言を言うことが許されないのと同じなのです。
 そのような覚悟を持つ経営者を当コラムでは「指揮官」と呼び、単なる経営者と区別をしています。

指揮官の覚悟

 私はかつて海上自衛隊に籍を置き、30年近くの歳月を制服を着て過ごしてきました。この間、何回かの指揮官配置に補職されましたが、そこで与えられる権限や処遇が自分の果たさねばならない責任と釣り合っていると考えたことは一瞬たりともありませんでした。常に国家と部下に対する責任の大きさに恐れおののき、果たして自分に務まるだろうかとの不安と闘い続けていました。

 海上自衛隊の幹部自衛官は一人残らず広島県江田島の幹部候補生学校で教育を受けて幹部自衛官となります。
 旧海軍兵学校が置かれていた伝統の地で行われる幹部候補生に対する教育は極めて厳しいものです。

 一般隊員としての勤務を経験せずに幹部となる幹部候補生が、任官と同時に部下を戦場に率いていくことができるようになるためにはそれなりの教育をしなければなりません。
 私たちが候補生の頃はまだ旧海軍に籍を置いていた幹部もおり、一年間にわたる候補生としての教育訓練は非常に厳しいものでした。

 特に私たちのクラスは、海上幕僚長と候補生学校長がそれぞれ自分たちが最後の海軍兵学校出身の海上幕僚長、候補生学校長となるとの自覚を持ち、海軍の伝統を何としても海上自衛隊に残したいという並々ならぬ決意をもって教育に当たったため、それは厳しい妥協のない教育が行われました。
空前にして絶後と言っても差支えない教育でした。

 そして卒業が間近になったある日、ある教官から私たちに贈られた言葉はいまだに忘れることができません。

 彼は整列した私たちに、「お前たちは間もなく幹部自衛官に任官して部隊に出る。したがって、今のうちに俺が海上自衛隊の伝統を教えておいてやる。お前たちが着任する部隊には、お前たちが生まれる前から海上自衛隊で勤務している部下もいるはずだ。そんな自分の父親と変わらない年の部下でも、部下として可愛く思えるようになる。ならなければ部下を持つ資格がないと思え。そして、そのような部下を抱えて揉まれながら幹部自衛官としての修練を積み重ねていき、いずれ指揮官となる。海上自衛隊では指揮官は非常に大切にされる。しかし忘れるな。指揮官とは、誰よりも耐え、誰よりも忍び、誰よりも努力し、誰よりも心を砕き、誰よりも求めず、誰よりも部下を想うものだ。この覚悟の無い者は任官せずに今のうちに海上自衛隊を去れ。これが海上自衛隊が帝国海軍から引き継いだ伝統だ。」と言い渡したのです。

 厳しかった候補生学校の日々がまもなく終わると浮かれていた私たちが思い切り身の引き締まる思いをさせられたその瞬間をまだ忘れることができません。

 この言葉がそれ以降の私たちの行動の基準となりました。常に自分はそのような指揮官なのかを自分で見つめるのです。

 30年後、海上自衛隊を退官するにあたり、私はこの教官の言葉を改めて思い直し、自分はそのような指揮官だっただろうかと自問自答を繰り返しました。悔いはないはず、しかし、本当に常に自らを顧みず指揮官として行動したと言えるだろうか、自分は海上自衛隊の伝統を守っただろうか、そしてそれを後に続く者たちにしっかりと伝えられただろうかと。

ビジネスにも普遍の覚悟

 このような教育を受けて経営者となる社長は多くはないと拝察いたします。
 たしかに軍隊とビジネスにおいては、同じトップと言えど異なる考え方が必要な場合があるかとは思います。

 しかし、指揮官にとって絶対必要な覚悟は、我々が海上自衛隊の伝統として言い渡されたその言葉の中に見事に凝集されていることは間違いなく、この覚悟のない者は、指揮官としての資格がないものと思わねばなりません。
 そして、組織のトップとして部下を率いていくとき、そのトップに必要な覚悟は軍隊であろうとビジネスであろうと普遍のものであることを私は双方の世界に身を置くことによって確認してきました。
 部下を想うトップの覚悟に軍もビジネスもないのです。

 さて、当コラムを訪問されている指揮官の皆様、皆様方の指揮官としての覚悟はどのようなものであるのか、できればお目にかかってお聞かせいただきたいと思っています。

 (2016年9月23日に公開したものを、2018年1月1日に加筆修正しました。)