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専門コラム「指揮官の決断」

第68回 

No.068 ステライルコックピットをご存知ですか?

カテゴリ:コラム

ステライルコックピットとは?

 このコラムのタイトルの意味をご存知の方は、航空業界に関係する方かかなりのマニアの方と拝察いたします。
 直訳すると無菌操縦室ということになるかと思いますが、この言葉ができるに当たっては、悲惨な事故が背景にあります。

LAPA航空314便の航空史上最低の事故

 
 1999年8月31日午後8時30分、アルゼンチンのLAPA航空3142便はブエノスアイレスからコルドバに向かう定期便として乗客95名、乗員7名を乗せ離陸の滑走に入っていました。
 
 ところが、所定の離陸速度になって機首上げの操作をしても機体は離陸せず、離陸失敗と判断したパイロットが機体を止めようとしましたが止まり切れずにオーバーランし、空港から飛び出して隣接していたガス工場に突入して炎上してしまいました。

 この結果、乗員乗客63名と空港外で巻き添えになった自動車に乗っていた2名の合わせて65名が犠牲となりました。

 この事故の原因を調査した結果、離陸前にフラップが出されておらず、離陸に必要な揚力が得られていなかったことが分かりました。

 フラップというのは皆様も旅客機の窓からご覧になったことがあるかと思いますが、離陸前や着陸前に翼の後端から出てくる板状の装置です。

 このフラップにより翼の面積が広がり、飛行機の揚力が大きくなるため、低い速度で離陸することができ、また着陸時には滑走路にたどり着くまでに速力をかなり落としておくことができるため、接地後短い距離で停止することができるのです。

 ただ、抵抗が大きくなるので、離陸後十分な揚力がついた後には翼の中に格納されるのが普通です。
 
 飛行機は当日の総重量から離陸に必要な速度を計算し、その速度に達するために必要な滑走路の長さをあらかじめ計算して離陸の準備をします。
 ジェット旅客機はその重量が重いため、フラップを出しておくのが普通であり、フラップなしで離陸することは、よほど長い滑走路を使わない限り不可能です。
 
 したがって、離陸前のチェックで、かならずこのフラップが適正な角度で出されているかどうかが確認されるのです。

 それではどうしてLAPA航空3142便はフラップが出されていなかったのでしょうか。
 ボイスレコーダーを解析してすべてが分かりました。

 離陸前の準備中、操縦室に女性客室乗務員が入ってきて世間話をしていました。また操縦士たちは会社の規則で禁じられている喫煙もしていました。
 このため、離陸前チェックリストの確認がいい加減で、フラップに関する項目をスルーしてしまったのです。
 
 さらに、離陸滑走中、コンピュータがフラップが出されていないために離陸不可能であることを告げるために、かなりの大音量で警報を鳴らし続けたのですが、機長、副操縦士共にそれを気にかけず、何のアラームであるのかも調べずに離陸を強行したのです。

 その結果、機体は必要な揚力を得られず、既定の速力で機首を上げることができずにオーバーランしてしまうことになりました。
 
 このフラップの出し忘れに起因する事故はそれまでにも度々起きていました。大抵は何らかの原因で離陸前チェックの際にフラップの確認がなされずにそのまま離陸操作に入ってしまうことが原因となっていました。

 フラップが出ているかどうか、これは計器によってのみ分かることであり、操縦士はフラップを操作するノブやその表示を見ていないと、フラップがどの位置にあるのかを滑走中に知覚することはできません。既定の速度に達して機首を上げられないと知ってはじめてフラップが出ていないことを知るのです。

 このため、私に操縦を教えた教官は、エンジンを掛けたらまずフラップを下せとよく言っていました。離陸の準備に入ったところでフラップの位置を改めて確認せよということなのです。
 
 LAPA航空3142便では、離陸準備に入っている操縦室で、喫煙をしながら客室乗務員と恋愛のゴシップや着陸後の夕食の話などがされていたことが問題となりました。
 あまりにもいい加減な規律の無い準備作業のお陰で、チェックリストが出鱈目に扱われ、その挙句、せっかく警報が鳴っているにもかかわらずそれを無視してしまう操縦士の資質にも非難が寄せられました。

 この当時、LAPA航空は急速にその規模を拡大している最中で、運航乗務員の教育が間に合わず、他の航空会社で働いていた操縦士を多数採用しなければならなかった時期でした。
 そのため、警報が鳴っても何を意味するのかも分からない程度の機長が操縦することになったのです。

 それ以前にも同様の問題が他の航空会社で無かったわけではなく、連邦航空局は高度3000メートル以下における客室乗務員から操縦室への連絡を原則として禁止し、離陸前及び離陸後の確認に専念させることを勧告していましたが、このLAPA航空3142便では、その勧告を遵守できないパイロットがいたことに非難が集中したのです。

 しかし、このあまりにもいい加減なパイロットたちに起因する事故の後、このステライルコックピットの原則は各航空会社で厳守されるようになりました。

 ちなみに本稿では目的と違うために実名を挙げませんが、この時の機長と副操縦士は航空業界では有名になり、航空業界ワースト5のパイロットに常にノミネートされる最低パイロットとして名を馳せています。

ステライルオフィス

 
 このステライルコックピットという考え方は、私たちの日常の業務にも生かすことができます。

 例えば、毎朝、当日の日程について打ち合わせをする際、電話がかかってきた場合に受ける者を決めておき、伝言を受けるにとどめるようにすると打合せが中断されず、皆が集中して段取りをすることができるようになります。これをしておかないと、電話の度に打合せが中断して、大切な論点を見落としたりしかねません。

 極めて重要な、集中を要する作業を行う時に、別室を用意したりすることはよくあることですが、そのようなことまでしなくとも、簡単なルールを定めておくだけもそのような環境は作ることができるのです。

 また、製造現場における検査工程などにおいては、この原則を遵守する必要があります。慣れ切った態度で何も考えずにチェックを行っていると微細な欠陥に気が付かないということになりかねません。

 私はこのコラムで「チェックリスト」を暗記してはならないと主張したことがありますが、それも常に新鮮な気持ちでチェックを行うことが重要だからです。(専門コラム「指揮官の決断」No.007 チェックリストの使い方 をご覧ください。) 

 要は、そのルールが意味することは何かをしっかりと理解し、そのルールを守っていくという地道な作業が必要なのです。