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専門コラム「指揮官の決断」

第46回 

No.046 ミサイル来襲 ?

カテゴリ:コラム

 北朝鮮が4発のミサイルを西日本を越えてグァム近海に撃ち込むと発表しました。
 私は軍事評論家ではありませんので、これについて何かを申し上げるということは控えています。先々週のコラムで北朝鮮のミサイルがICBMであった可能性に触れていますが、そのコラムの論点は北朝鮮のミサイルではなく、我が国政府、野党議員及びマスコミの対応でした。
 
 しかし、海上自衛隊出身でもあり、危機管理を専門としていると「どうなんですかねぇ?」などと説明を求められることが度々あります。
 
 ここで問題は、私が自衛隊出身だというところにあります。私は海上自衛隊では弾道ミサイルを専門としてきたわけではありませんが、関連業務に携わったことが何度かあります。装備行政に関わる部門で弾道ミサイル対処の調査をしたこともあります。
 現職中に知り得た秘密は、退職後も開示することができません。つまり、私は自衛隊にいたことのない評論家が平気で喋ることのできることについても話をすることができないのです。

 ただ、北朝鮮のミサイル問題について、軍事的側面ではなく、私たち一般庶民にとっての危機管理の問題として、放っておくわけにもいかないという思いもあり、今回はそのスタンスから書いています。

 まず、私たちは北朝鮮からミサイルを撃たれるという事態について正しく理解しなければなりません。
 そして、そのうえで、それが実際に発射されて、我が国に被害を与えるような事態になった場合に、どう対応すべきなのかを知っておく必要があります。
 それを理解するのに報道をしっかりと観て勉強ができればいいのですが、現実はそうではありません。
 
 実は私はもともと地上波のテレビをほとんど観ていません。とくに評論家やコメンテーターと称する人たちが何人も出てくる時事番組はまず観ることがありません。しかし、今回、このコラムを書くにあたり、巷ではどのような議論がされているのかを知るためにいくつかの番組を観てみました。
 例えば、「サンデーモーニング」という番組です。
 外交評論家の岡本行雄氏が出演していました。岡本氏は外務省出身で橋本内閣の総理補佐官を務めた確かな手腕を持った評論家だと思っています。
 その岡本氏が集団的自衛権の行使に関し、「日本の安全は日米安保条約によって確保されているのであって、日本の上空を超えてサンフランシスコに飛んでいくミサイルに『行ってらっしゃい。我々は何もしません。』というわけにはいかない。」と発言しています。
 
 もう一方のゲストである姜尚中氏は「PAC3で迎撃しようとしても軌道測定ができないのだから多分技術的に不可能。もし打ち漏らしたら日本の国民の安全保障に対する不安は倍加する。もしこれをやれば日本は北朝鮮と戦闘状態に入る。それを国民に説明しなければならない。国民は多大な犠牲を被るということを説明すべきだ。」と述べていました。
 この程度の議論しかされないのでテレビを観る気にならないのです。
 
 岡本氏の発言は単なる比喩です。岡本氏が本当に北朝鮮がサンフランシスコを狙って撃ったミサイルが日本の上空を通ると思っているはずはありません。
 
 ひょっとするとこのコラムを読んでいる方の頭の中に「?」が一杯飛んでいるといけないので説明しておきますが、サンフランシスコを狙ったミサイルは日本の上空を通らないのです。
 
 私の説明に納得がいかない方の頭の中の地図は中学生の時代に使っていた地図帳のアジアが左にあり、アメリカ大陸が右側にある太平洋全図なのだと思います。
 この地図はメルカトール図法と呼ばれる表され方の地図であり、緯度と経度を正確に表すために航海用に使う海図には適しているのですが、地球が丸いということが無視されています。コースと距離を正確に観るためには正距方位図法が使用されなければなりません。この図法で表された地図を見れば、アメリカ本土を狙って撃たれたミサイルは日本上空を飛ばず、グァムを狙ったミサイルは西日本を通過することが分かります。
 
 岡本氏がこの程度のことを知らないはずはないのですが、テレビ番組のコメンテーターとしてこのような発言をしてしまうと、それが比喩だと思わない人は信じてしまうので大変です。そして残念ながら視聴者の大半はそれが比喩だとは気が付きません。
 
 また、姜尚中氏は明らかにミサイルというものをほとんどご存じなく発言しています。
 そもそも「「PAC3で迎撃しようとしても軌道測定ができないのだから多分技術的に不可能。もし打ち漏らしたら日本の国民の安全保障に対する不安は倍加する。」という発言の意味が分かりません。
 
 軌道は発射後すぐに計算できます。発射をどのように探知するかについては、様々な方法があります。報道されているだけでも衛星による監視が行われており、若干興味のある方ならXバンドレーダーなどという存在もご存じのはずです。まだ別のセンサーもあるのですが残念ながら詳しく申し上げることができません。とにかく発射直後に軌道の計算は行うことができます。
 
 また、PAC3がどれほどの命中率を誇っているかも彼は知らないのだと思います。これも申し上げることができませんが、驚異的な命中率です。
 迎撃ミサイルの基本的な射撃法は2発を連続して発射して、その結果を見て、もう1発を撃つというものです。命中率が100%でなければ1発では撃ち漏らしが生ずる可能性があるので、2発撃って完全を期すのです。PAC3の射撃の場合、2発目のミサイルは破壊された弾道ミサイルの破片に命中し、3発目を撃つ必要はないと言われます。
 
 さらにPAC3で迎撃を行う場合には北朝鮮との戦争になるからやめるべきだという議論は、100歩どころか1000歩譲っても承服できません。姜尚中氏はPAC3が迎撃できる距離をご存じないのかもしれませんが、PAC3が発射されるのは我が国の領土に着弾することが確実なミサイルをSM3が撃ち漏らした場合の最終的な段階です。
 これを撃ち落とすことで北朝鮮と戦争になる、戦争になると日本国民に大きな被害が出るから撃ち落とすのはやめるべきだという議論は、一方的に撃たれることによって出る犠牲者をどうするのかという論点が欠けているばかりか、いかなる攻撃を受けても何の対応もしない無抵抗主義を取ることを主張しているのと同じです。
 国民に説明すべき必要があるのは、我が国が無抵抗主義をとることのほうでしょう。
 
 国会でもこのレベルの論戦が繰り広げられています。
 かつて社民党代表の福島瑞穂議員が、もし北朝鮮のミサイルを撃ち落とすと破片が飛び散って危険なのでやめるべきだという議論をしているのを聞いてあきれていましたが、ほとほと左様に、我が国では国会でもマスコミでも安全保障をめぐる議論では幼稚な議論しか展開されていません。
 
 今回も、北朝鮮のミサイルを迎撃するに際しての集団的安全保障上の問題が国会の閉会中審議で議論されていますが、海上自衛隊のイージス艦や航空自衛隊のPAC3はグァムへ飛ぶミサイルの迎撃をしようとしているのではありません。あくまでも北朝鮮が主張するようなグァムへのコースを取らずに我が国に着弾するようなミサイルであった場合に備えているだけなのです。米国を防衛しようとしているのではありません。
 
 一般に弾道ミサイルの軌道を解析するのはそれほど難しいことではありません。放物線を描くからです。難しいのは高速で飛ぶミサイルに正確に命中させることで、軌道測定が困難なのではありません。しがって、1発では撃ち漏らす恐れがあるので、数段階の迎撃を行って確実にするのです。縦深防御と呼ばれます。姜尚中氏はこれを理解していません。
 
 北朝鮮がグァム周辺に撃ち込むと宣言しているミサイルは先にロフテッド軌道を取って我が国EEZに弾着させたミサイル「火星12」と思われます。このミサイルのロフテッド軌道での発射はまだ一度しか行っていないので、安定性があるのかどうかが分からないのです。つまり、自衛隊が対応しようとしているのはグァムへ飛ぶミサイルではなく、グァムに向いたものの途中で落ちてくる場合や、ブースター部分の切り離しがうまくいかずに日本の国内に落下する場合に備えているのです。集団的自衛権が問題になるような対応ではありません。
 
 北朝鮮がミサイルを撃った場合の一般的な経過は次のようになります。
 まず発射を探知し、軌道を計算します。発射をいかに探知するのかは、先にも書いた通り、幾通りかの手段があり、かなり厳重に警戒されていますので、ほとんど瞬時に探知することができます。
 その結果、我が国に脅威を与えると判断されると航空自衛隊の航空総隊司令官が迎撃の命令を出します。防衛大臣の破壊措置命令は最近は常時出たままになっているので、手続きが一つ少なくなっています。この命令が出るのに必要な時間は発射から3分かかりません。間髪を入れずに海上自衛隊のイージス艦がSM3による迎撃を開始します。
 
 北朝鮮のミサイルがどこを狙い、どのような軌道を選ぶかによって我が国に到達するまでの時間は異なりますが、概ね10分プラスマイナス1~2分でしょう。
 ミサイルを迎撃するのは、相手が極めて高速で移動するので大変に難しいのですが、ミサイルが最高高度に達し、落ちてくる軌道に入った時が一番速度が遅くなっていますので、この瞬間を狙うのが最も狙いやすいポイントです。つまり、発射から5分ほどの時です。ところが、北朝鮮の最近の弾道ミサイルはロフテッド軌道という高高度の軌道を使って撃たれているので、最高高度がかなり高く、現在のイージス艦が装備しているSM3では届きません。したがって、届く高度まで落ちてくるのを待たざるを得ないのですが、その頃には相当加速されているため、命中率が下がってしまう恐れがあります。1発では撃ち漏らすかもしれないのです。
 本年度中にも装備されると言われているSM3ブロックⅡAというミサイルは現在のSM3の倍の高度で迎撃できるので、かなりの対処能力の向上が期待されています。
  
 イージス艦の防空能力は極めて優れていますので、当初はイージスシステムに艦隊防空が期待されていました。同時に追従できる対空目標の数が従来のレーダーシステムとは桁が違い、かつ、敵の航空機や対艦ミサイルを迎撃するためのSM2ミサイルを撃ちっ放しで数十の目標に対処することができるのです。
 しかし、このイージスシステムをSM2ではなく、SM3の弾道ミサイル対処に用いようとすると、イージスシステムの能力を目一杯使っても、同時に対処できるミサイルの数には限りがあります。何発に対応できるかを申し上げることはできないのですが、複数の弾道ミサイルを一度に撃たれると対応するのが大変で、1隻では対応できなくなります。 
 したがって、多数の弾道ミサイルに対応しようとするとイージス艦の数が問題となります。

 海上自衛隊で弾道ミサイル対処能力のあるイージス艦は4隻、米海軍の同じ能力を持つイージス艦は7隻です。
 ここで先に米海軍のイージス艦「フィッツジェラルド」がコンテナ船と衝突して任務に就くことができない状態になっていることがどれだけ大きな問題なのかがお分かりいただけるかと思います。

 SM3が撃ち漏らしを生じた場合、日本にはTHAADがありませんので、大気圏内に再突入するのを待って、PAC3で対処します。PAC3はカバーできる範囲が狭く、現在の装備数では主要都市を守るにも十分ではありません。
 本来であれば、SM3が撃ち漏らした場合に、THAADで再度大気圏外で迎撃し、それでも落とせなかった場合にPAC3での迎撃となるように三段構えにするのが望ましいのですが、現実にはそのような装備体系になっていません。
 
 何故、このように我が国の弾道ミサイル対処態勢が万全でないのか。
 弾道ミサイル対処の必要性が議論され始めたのはここ数年のことではありません。私自身がこの問題について装備行政の観点から調査をしていたのがすでに25年前です。
 四半世紀も経つのにまだ態勢が整わない大きな理由は、先にも述べた幼稚な安全保障論議です。国会においてもマスコミにおいても、論点の外れた幼稚な議論ばかりがなされ、態勢整備が極端に遅れているのです。
 
 それでも何とか全国瞬時警報システムが整備されてきましたので、我が国に向けられたミサイルの飛来は警報が鳴ることになりました。
 それでは、Jアラートからミサイルの警報が流された場合、私たちはどのように対応すればよいのでしょうか。
 現実的に考えると、北朝鮮が弾道ミサイルに核弾頭を付けて発射できる段階になっているとは思われませんので、現在のところ、我が国に対して核ミサイルが撃ち込まれるということは想定しなくてもいいかもしれません。しかし、生物学兵器や化学兵器はそうではありません。常識的にはそんな弾頭を付けて他国に打ち込むなどと言うことは考えられないのですが、その常識を持ち合わせない頭のおかしい指導者を相手にする際、私たちの常識は一度捨てなければなりません。
 Jアラートが警報を流した場合、直ちに建物の中に入る必要があります。核攻撃であれば地下に入る方がいいでしょう。ただ、Jアラートが何を警告しているのかを見極めてから動くべきです。もし地震を警告しているのであれば地下に入ってはなりません。

 核兵器の場合、建物に入っても窓ガラスが粉々になりますので、大きな窓のある部屋ではなく、廊下やトイレに留まる方がいいでしょう。核、生物学、化学兵器のいずれも、被爆してからすぐに外に出るのは禁物です。少なくとも一日以上、外に出ずに避難した場所に留まるべきです。
 
 ブースター部分が落下してきた場合、中に残っている燃料は有毒ですので、それを浴びてしまったり、揮発したガスを吸い込んだりすると大変なことになります。PAC3が大気圏再突入後速やかに破壊すれば広範囲に飛散するので大丈夫かとは思いますが、そのまま落ちてきた場合には近寄ってはなりません。

 Jアラートをどのように受信するかですが、テレビやラジオを観ていれば放送されます。自治体の防災無線や鉄道などの公共機関においても放送がなされます。
 ただ、私たちが一番早く確実にJアラートを受け取る方法は、携帯電話です。お使いの携帯電話で緊急速報が受信する設定になっていることをご確認ください。
 
 ミサイルが撃ち込まれた後の大混乱は大変なものになります。
 残念ながら我が国政府に危機管理を期待することは全くできません。
 稲田防衛大臣の辞任に際し、安全保障上の事態において最後の最後まで武力衝突事態を避けるために死に物狂いの交渉を続けなければならない外務大臣に、万が一にも我が国の安全保障が損なわれることの無いよう万全の準備に当たらなければならない防衛大臣を兼務させるという寝とぼけた政権です。大混乱を招くのは目に見えています。
 この事態に何も問題を感じていない野党議員やメディアもただ枝葉末節の議論に右往左往するだけでしょう。
 
 私たちは自分の身は自分で守らなければならないのかもしれません。
 私がクライシスマネジメントの必要性を訴え続けている理由もそこにあります。誰かが助けてくれるのではなく、自分で自分たちの身を守り、そして他の困難に直面している人々を助けていけるように日頃から準備をしておくことが重要です。

 北朝鮮のミサイル問題を理解するための記事は、今後も取り上げて参ります。どうか、評論家やジャーナリストたちのいい加減なコメントに惑わされず、しっかりとご自分の頭で判断して行動して頂きたいと思っています。
 間違っても、現政権が何とか対応するなどという幻想を持たないことです。