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専門コラム「指揮官の決断」 

No.100 クライシスマネジメントの目指すもの:危機管理の本質

お陰様で100号を迎えることができました

 

 お陰様で当コラムも本号で100号を迎えました。
 この間、危機管理に重要な3本柱としての「意思決定」「リーダーシップ」そして「プロトコール」の問題を取り上げ、いろいろな事例と共にご紹介してまいりました。

 当コラムの最大の問題意識は我が国において(私の知る限り日本においてのみ)、危機管理の概念がかなり誤って理解されているということにあります。
 この問題については度々というよりもしつこいくらいに述べて参りました。
 
 なぜ、その問題にこだわっているかと言えば、危機管理の概念が誤解されていると、本来の危機管理が行われなくなってしまうからです。

リスクマネジメントの概念の混乱

 
 危機管理概念の混乱の最大のものは「リスクマネジメント」と「危機管理」を同一視することにあります。
 
 マスコミ、評論家そして一部の学者の方々が「リスクマネジメント」と「危機管理」を同義語として使うため、この混乱が生じており、多くの企業でも危機管理担当部門としてリスクマネジメント部門が設立されていることがあります。

 ところが「リスクマネジメント」と「危機管理」は同義語ではありません。

 辞書を引けば分かりますが、「リスク」に「危機」という意味はありません。逆に「危機」に” risk “という訳もありません。
 
 「リスク」とは「危険性」のことであり、「危機」とは別物なのです。

 危険性は覚悟して受け止めなければならないことがあります。特にビジネスにおいてはリスクを取らなければリターンを得ることはできません。
 そのリスクをコントロールするのが「リスクマネジメント」です。
 
 具体的には、ある決定をするに際してのリスクをできるだけ精緻に評価し、そのリスクを取るか取らないかの決定を行い、リスクを取ると決めた場合には、そのリスクが顕在化した場合の対応を決めておくという作業をしなければなりません。

 これは高度に専門的な作業であり、かつ広範囲にわたる評価が必要となるため、多数の専門家を動員しなければなりません。

 元々リスクマネジメントは金融論や保険論上の議論から出発しています。
 第一大戦後のドイツに生じたハイパーインフレや米国の大恐慌などの経験から、企業の財産をいかに守るかという課題に対応しようとしたのがリスクマネジメントの始まりです。
 経済的なリスクを正確に把握し、ファイナンスでそのリスクを担保しようという議論でした。
 
 リスクマネジメントは特にビジネスの世界においては極めて重要な役割を担っています。
 リスクを的確に評価することができれば、競合が参入してこれない分野において一人勝ちを収めることすらできるのです。
 
 このようにクライシスマネジメントは危険性をいかに味方に付けて組織戦略の優位を獲得するかという戦略的なマネジメントであるにもかかわらず、阪神淡路大震災の頃から、その本来の意味とは関係なく「危機管理」とほぼ同義語と使われるようになってしまったのです。
 
 よくリスクマネジメント部門が防災計画を作ったり、その訓練を指導したりしているのを見かけますが、経営トップがリスクマネジメントとは何なのかを理解しておらず、担当者も自分の使命が何なのかをまったく理解できていないとしか言いようがありません。
 
 リスクマネジメントはもっと戦略眼をもって行われるべきマネジメントなのです。

なぜ概念の混乱が生じたのだろう

 
 その理由は明らかです。

 阪神淡路大震災を機に保険会社や銀行が真剣にリスクマネジメントに取り組み、リスクマネジメントの専門家たちが大活躍し始めたのですが、時を同じくして、そもそも大規模自然災害のみならず地下鉄サリン事件などのテロなどにも真剣に取り組む必要があるだろうということで、そのような危機への対応についてもいろいろな議論がされるようになりました。
 ここではクライシスマネジメントの専門家たちが様々な角度からの検討を行っていたのです。

 ところが、これらを報道するマスコミやコメントを行う評論家たちがリスクマネジメントとクライシスマネジメントの概念の違いを理解せずに、両方とも危機管理だと誤解して報道や評論を繰り返したため、その誤解が加速度的に浸透してしまったのです。

 そこへかねてからリスクマネジメントを学問的に研究していた一部の学者までがこの概念の違いを誤解してしまい、自分たちを危機管理の専門家だと言い始めたので混乱に拍車がかかってしまいました。

 これが私がかねてから指摘している我が国における問題点なのです。

 「リスクマネジメント」を「危機管理」だと理解していると、「危険性のコントロール」のみが行われ、「危機への対応」ができないという事実に気が付かなくなってしまうのです。
 
 毎年多くの企業が倒産していきます。リーマンショックや東日本大震災などがきっかけとなることが多いのですが、それらの倒産した企業のすべてがリスクマネジメントを怠っていたというわけではありません。
 お金をかけてBCPを策定していた企業も多数あるはずです。
 しかし、それはリスクマネジメントを行っていたのであって危機管理を行っていたわけではないため、危機に直面してなす術もなく潰されてしまったのです。

 英語やドイツ語、フランス語などを母国語とする国々では両者の概念が混同されることはないとは言いませんが、それは双方の概念の対象とする事象に重なり合う部分があるからであり、言葉の意味が完全に勘違いされているからではありません。
 残念ながら私たちの社会はリスクとクライシスの違いを把握しきれていないのです。

危機管理の本質

 それでは本来の「危機管理」とはどのようなものなのでしょうか。
 
 もともと「危機管理」は1950年代頃から核戦争に至る危機をいかに回避するかという国際関係論上の問題として議論されており、” crisis management “ の訳として登場してきました。
 その当時、専門書の” crisis management “という言葉は危機管理と訳され、クライシスマネジメントと表記されることはあまりありませんでした。クライシスマネジメントという言葉があまり耳に馴染みが無いのは致し方ないことなのかもしれません。

 クライシスマネジメントが対象とするのは文字通り「危機」です。
 それは基本的には予測不能の事態です。
 予測できていれば回避されているはずだからです。

 ビジネスの場合ではBCPがしっかりと策定されていれば多様な事態に対応できるはずなのですが、クライシスマネジメントが対応するのは、このBCPでも対応できないような事態です。

 BCPは事前に危険性を評価し、そのリスクを取るかどうかを判断した結果、取ると判断された決定において、その危険性が現実になった場合の対策なので、事前に評価されなかった事態への対応が準備されていません。
 東日本大震災のような事態を事前に評価していなかった企業は、たとえBCPを策定していたとしてもそれが機能せずに脆くも崩れ去るしかなかったのです。

 クライシスマネジメントは元々核戦争の危機に陥らないようにすることを目的として議論されていたことからもお分かりいただけるように、そもそも危機に陥らないようにするためにはどうするのかという議論から始まります。
 
 私どものイージスクライシスマネジメントシステムでは、まず組織を危機に近づけない体質作りから始めます。
 このため健全な意思決定ができる論理的な思考過程を重視し、コンプライアンス違反などのスキャンダルに巻き込まれない体質を作ります。 

 さらに、いかなる危機も芽のうちに摘んでおくことのできる観察眼や着眼点を養います。これはプロトコールの役割です。
 完璧なおもてなしのできる料亭や旅館などは、通常の感覚では全く気付かないような不具合を見過ごすことがありません。完璧なプロトコールのできる組織は危機におそろしいほど強いのです。

 それでも危機に巻き込まれてしまう場合があります。危機には地震や火山の噴火のように発生を防ぐことのできないものがあるからです。この場合、そこで踏みつぶされず一歩踏み止まる基礎体力を錬成しておく必要があります。

 このためにイージスクライシスマネジメントシステムでは活気があり人が育つ組織づくりを重視しています。そのような組織は凝集性が高く、組織目的に一丸となって対応することが得意だからです。
 これはリーダーシップの役割です。
 トップが毅然として対応し、組織員が一丸となって対応し、土俵際で踏みとどまるのです。

 危機に際して何とか踏みとどまったところで、次の復興のフェーズに移行します。
 組織が危機に見舞われているという場合、これを見方を変えると経営環境の劇的変化と捉えることができます。
 経営環境が劇的に変化している場合、トップは適切に対応しなければなりません。そして適切に対応すればその変化の中にチャンスを見出すことも可能になるはずです。

 奇襲を受けた軍隊の指揮官が、それを何とか凌いで敵を撃退し、返す刀で撤退する敵を追撃して壊滅させるように、危機に見舞われた組織の経営トップは、その劇的な経営環境の変化をチャンスととらえ直します。
 そして情勢を分析して速やかに対応策を立案し、さらにはその機会を活かす戦略を策定します。
 それは健全な意思決定の役割です。

 このように、「意思決定」「リーダーシップ」「プロトコール」がしっかりとしていれば、危機に陥りにくく、危機に遭遇したとしても踏み止まり、逆にその危機を機会ととらえ直して事業を躍進させることができるのがクライシスマネジメントであり、本来の危機管理はそうあるべきなのです。

101号に向けて

 次回以降、初心に帰って、このクライシスマネジメントを実践していくために必要な様々な課題や問題点についてお伝えしていきたいと思っています。
 
 これまで100回に渡り読んで頂いた皆様に感謝申し上げますとともに、このコラムが少しでも皆様のお役に立つことを願っています。