専門コラム「指揮官の決断」
第118回No.118 事業を躍進させる危機管理:クライシスマネジメント
想定外でした?
明けましておめでとうございます。
穏やかに2019年の初春を迎えることができたことにお慶びを申し上げます。
昨年はいろいろなところで私たちの社会の脆さ、危機管理上の弱点が暴露された年でした。
北海道を襲った地震で生じた大停電がその典型でしょう。あのような形で大規模な停電が起きるとは想定外の事態だったようです。
大阪を震度6の地震が襲ったことも驚きでした。
さらには関西を直撃した台風で関空が浸水し、そこへ走錨して流されてきたタンカーが橋桁に衝突して関空自体が孤立してしまったのも想定外でしょう。
日本大学のアメフト部の試合でルール違反の危険なタックルが行われ、その後の責任問題を巡って危機管理学部を持つ大学がまったく危機管理が出来ていないことが披瀝されてしまったのも皮肉な想定外でした。
ここまで読まれた方はもうお気づきかと思いますが、「想定外」という言葉が何度も出てきます。
つまり、「想定外」の事態が生起すると大きな問題となるおそれがあるということなのです。
厳密に言えば、想定外の事態に対応できないと問題となり、しっかりと対応できれば問題とならないということになります。
想定内の問題であれば対応できて当然なのです。
何が起こるのかがしっかりと想定されていれば、それに対応するのは単なる手続きでしかないはずだからです。
重要なことは、想定されなかった事態にしっかりと対応することです。
それが「危機管理」です。
東日本大震災に際し、「想定外」という言葉がよく使われました。
しかし、想定外だったから危機管理が出来なかったというのは論理矛盾です。
想定外の事態に対応するのが危機管理だからです。
想定外だったので危機管理が出来なかったのというのは「危機管理」の本質を理解していない証左であり、本質を理解していないのであれば危機管理ができないのは当然なのです。
危機管理の本質をもう一度見つめませんか?
さて、年頭にあたり、危機管理というものの本質をもう一度考えてみます。
危機管理をしっかりしなければならない事態というのは、しっかりと対応しなければ個人、組織、社会にとって悪い結果を生じさせる状態のことです。
これが「危機:クライシス」です。
「危機管理:クライシスマネジメント」とは、この危機に際して、しっかりと対応するためのマネジメントです。
一方、「危険:リスク」というのは、必ずしも悪い結果をもたらすとは限りません。
それは個人や組織にとって大きな機会を提供してくれるのかもしれないのです。
ローリスク・ローリターン、ハイリスク・ハイリターンと言われるのは正にそのことを指しています。
逆に言えば、あらゆる「危険:リスク」を回避するということは、何もしないということに等しく、進歩も発展も生まれないのです。
ある行為なり行動なり選択肢なりを選択するということは、何もしないという選択を捨てることであり、あるいは他の選択肢を取らないということでもあり、それ自体がリスクとなります。
さらには選択したものが失敗に終わるおそれもあり、それもリスクです。
さらに突っ込むと、何もしないというのも一つの選択であり、それ自体がリスクを含みます。
つまり、あらゆる場面においてリスクテイクの問題は生じているのです。
私たちはあらゆるリスクを回避することはできません。積極的にリスクを取りに行かなくとも、何もしないということ自体がリスクだからです。
そして、そのリスクが悪い結果をもたらす場合に備えて、あらかじめ対応を準備しておかなければなりません。
それが「リスクマネジメント」です。
この連載コラムで度々「リスクマネジメント」は危機管理ではないと申し上げているのはこのためです。
つまり、リスクを評価し、そのリスクを取るか取らないかを検討し、リスクが現実となった場合にそれを負うことができるのかどうかを見極め、さらにはそのリスクを局限するための対応策を準備するのがリスクマネジメントであり、危機管理とは全く異なった次元のマネジメントなのです。
それは事業を伸展させようとする企業、住民福祉を向上させようとする自治体、あるいは夢を実現しようとする個人にとって極めて重要なマネジメントであり、進歩や発展にとってなくてはならないマネジメントなのです。
このリスクマネジメントなしに進歩や発展を目指す選択をするということは危険なことです。
それは単なるギャンブルにすぎないからです。
クライシスマネジメントは事業を飛躍させるマネジメント
危機管理とは先に申しあげたとおり、想定外の事態への対応がテーマです。
評価していなかった事態への対応です。
危機には避けられる危機と避けられない危機があります。
避けられる危機の典型は企業のスキャンダルです。
コンプライアンス違反などは経営者にとってはクライシスであるはずです。これをリスクだという経営者がいるとすれば許されることではありません。
しかし、基本的には避けることのできる危機です。
現場で起こる事故なども避けようと努力すれば避けることのできる危機です。
反対に、どのように努力しようと絶対に避けられない危機もあります。
大規模災害は避けることができない危機の典型です。
リーマンショックなどの経済危機、あるいは国際紛争の危機なども個人や一つの組織が避けようとして避けられるものではありません。
「危機管理:クライシスマネジメント」はそれらの危機に対応するためのマネジメントです。
それはそもそも危機に陥らない体質を作ることから始まります。
つまり、避けられる危機には陥らない体質を構築するのです。
具体的にはプロトコールに関する感性を究極まで磨き上げ、どこからも隙を見せない、いかなる変化も見逃さない執念を体質化します。
同時に、強力なリーダーシップにより総員が組織目的達成のために一丸となる活気ある組織を作ります。
さらに、自らの使命を見つめ続け、その使命を達成するための意思決定が自然に行える論理的な思考過程を身に付けます。
これらによって危機に陥りにくい体質が醸成されて行きます。
そして、この体質が身に付いている組織は避けられない危機に遭遇した場合には最強の組織となります。
この組織は危機に遭遇すると、組織全体がトップの元に一丸となります。
つまり想定外の危機に遭遇しても、一挙に踏みつぶされるのではなく踏み止まることができるのです。
トップは組織全体が一丸となって対応を始めるので毅然とした態度を取ることができます。
トップがうろたえることなく事態を冷静に受け止めることができるかできないかは危機管理の成否の分岐点となります。
そして鍛えられたプロトコールに関するセンスが急激に変化する情勢を見極めます。
情勢が急速に変化しているということは、経営環境が変化しているということに他なりません。
経営環境の変化を機会ととらえることのできない経営者は経営者としては失格でしょう。
しっかりと変化を見極める眼を養っておけば、危機的な状況の中にさえチャンスを見出すことができるはずです。
現に、バブル崩壊やリーマンショックで潤った企業も多数あります。
バブル期のような景気の良いときの経営は素人でもできます。
戦場でも勝ち戦はだれでも指揮を執ることができます。難しいのは負け戦をいかに戦い抜くかです。
急激な景気後退でしっかりと利益を確保できるのが本当に有能な経営者ということができます。
この連載コラムで「事業を躍進させる危機管理」と度々述べているのはこういうことなのです。
敵の奇襲を受けた軍隊の指揮官を想像してください。
奇襲に対して毅然と対応し、これを撃退するだけでなく、退却時に浮足立っている敵を追撃し壊滅させてしまう、それが本当に強い指揮官です。
危機管理上の事態に際し、毅然と対応し、逆に急激に変化する情勢の中にチャンスを見出し、事業を伸展させる、危機管理とはそのようなマネジメントであるはずです。
雄々しく構えるライオンのように、あらゆる事態に毅然と対応できる態勢作りがクライシスマネジメントの目指すものなのです。
クライシスマネジメントは裏切らない
危機管理の重要性は分かるけれど、まず収益をあげなければと仰る経営者をよくお見掛けします。
多分、危機管理の本質を誤解されているのだと思います。
危機管理は保険ではありません。
保険は掛け捨てになることがあり、むしろ掛け捨てになったことが喜ばれる存在ですが、危機管理はそうではありません。
クライシスマネジメントは組織を活気あるものにし、プロトコールを万全にしてステークホルダーの信頼を勝ち取ります。
クライシスマネジメントにかけた努力は必ず報われるのです。
今年も当専門コラムは、クライシスマネジメントに関する様々な話題を提供して参ります。
皆様にとって少しでも得るものがあれば幸いです。