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専門コラム「指揮官の決断」

第136回 

ごく普通の人々が一瞬で殺人者になる時

カテゴリ:コラム

東北のある町で発見したこと

最近、ちょっとした事情があって福島県に何度も行く機会がありました。車の運転が嫌いな私にしては珍しく東北自動車道を通って行くことの方が多く、県内を車で走り回ることが多かったのですが、一つ気が付いたことがありました。

私が車の運転が好きでないのは、運転そのものが船の運航や飛行機の操縦に比べて単調でほとんど何の技量も不要な退屈極まりないものであることと、路上で他人との人間関係が出来るからです。道路上を走っていると、お互いに譲り合ったりすることもあれば後ろから嫌がらせのように煽られたりすることもあるというような人間関係が生じます。それが嫌なのです。

ところが福島県内を走っていると譲り合うことはあっても不快な思いをさせられることがほとんどないことに気が付いたのです。

具体的に申し上げると、交差点で直進あるいは左折しようとしている時に前方から右折車が突っ込んでくるということがまずないのです。普段神奈川県内を走っている私にはこれが驚きなのです。

私の地元の湘南では交差点でちょっとでも前の車と間隔を空けていると反対車線の右折車が飛び込んできます。明らかにこちらがブレーキで減速しなければならないような場合であっても平気で入ってきます。つまり、自分が右折するのだからお前が減速して譲れと言わんばかりの運転なのです。

最近福島県内を走っていてそのような光景に出くわしたことがありません。これは先にカリフォルニアに住んでいた時にも感じたことでした。南カリフォルニアの比較的のんびりした街に住んでいたからではありません。出張でシカゴやデトロイトなど殺伐とした大都会に行く際、空港でレンタカーを借りて何時間も走っていかなければならなかったことも何度もありますが、そのような場合でも日本のように直進車の前方を遮って左折してくる車と言うのを見た記憶はほとんどありません。

ただ、同じアメリカでもニュージャージーやニューヨークは別で、ここで運転する時は緊張の連続でした。

福島県で何故そのような無理な割り込みをする車が少ないのか分かりません。東北人気質によるものではありません。同じ東北の地方都市に住んだことがありますが、ここでは左折する際、左折した先が二車線道路である場合には、左折のウィンカーを出した途端に対向車車線から右折車が飛び込んできます。つまり、左折して外側車線に出ようとすると間違いなく右折車と衝突するのです。このような事情を着任してしばらく理解していなかった私は、広い国道の交差点で左折し、すぐ次の信号で右折しなければならないため外側車線めがけて左折していくたびに後ろから右折車に思い切りクラクションを鳴らされてびっくりしたことがあります。

あまりに毎回クラクションを鳴らされるので地元出身の部下に何故かを尋ねたところ、「ローカルルールですかね。」と言われて呆れたことがあります。

別の日本海側の地方都市に初めて赴任した時には、その地方にはまだ道路交通法が施行されていないのかと思ったほど凄い運転に驚いたものでした。

またある時、大阪でタクシーに乗っていて運転手と話をしていたら、彼は前を東京や横浜のナンバーの車が走っていたら気を付けるんだと言うので理由を聞いて呆れたことがあります。

関東の車は黄色の信号で止まるから危なくて仕方ないのだそうです。黄色で止まるのは普通ではないのかと尋ねると、彼の地元では黄色はスピードを上げて通り抜けるのが普通なのだそうです。

私が車の運転が嫌いな理由は、運転そのものに面白みがないことよりも、これらの他のドライバーたちの運転に気を使わなければならないことが厭だからだと思います。

船の運航や飛行機の操縦ではそのような思いをすることがあまりありません。

ヨットに乗っているとモーターボートがちょっかいを出しに来たり漁船に嫌がらせをされたりすることもありますし、特に漁船は見張りをほとんどしていないので気を付けなければならないのですが、そのような局面は沿岸のごく一部に限られており、広い洋上に出るとほとんど気にしなくて済みますし、飛行機では嫌がらせに煽ってくる奴など見たことがありません。

ごく普通の人々が殺人者になるとき

大津市で痛ましい交通事故が起こり、2歳の保育園児二人が亡くなり14人が重軽傷を負うという結果となりました。直進車に気が付かずに右折した車に直進車が衝突し、はずみで信号待ちをしていた園児の列に突っ込んだ結果だそうです。この右折車は前の車に続いて直進車を確認することなく右折をしていた疑いを持たれています。

この不注意が幼い子供の命を一瞬で奪ったのです。

普通に生活している人々が殺人者になるということはよくよくのことがない限りありません。包丁で刺せば人は簡単に死んでしまいますが、しかし、よほどのことがない限り人は包丁で他人を刺すということはしませんし、ロープで他人の首を絞めるなどいうこともしません。

しかし、ごく普通の人々もハンドルを握るといとも簡単に殺人者となり得るのです。自分が人の命を奪うことになるかもしれないなどと私たちは普段まず考えることはありませんが、ハンドルを握るとあっけなく人の命を奪ってしまうことがあるのです。

私はリスクマネジメントとクライシスマネジメントの違いを説明する時、よく自動車を引き合いに出すことがあります。

リスクマネジメントとはある決定をする際に、その決定に伴うリスクを事前に評価し、そのリスクを取るかどうかをまず決断し、そのリスクを取ってでもある行動を取った方がいいと判断したならば、今度はそのリスクが現実になった場合にどうするかの対策を講じることを指しています。

自家用車を買うかどうか考える場合、便利さや家族でドライブに出かける楽しさなどと維持費を秤にかけ、さらには事故を起こす恐れなどを考慮したうえで購入を決定します。

そして万一事故を起こした場合に備えて保険に入ります。

これがリスクマネジメントです。

しかし、保険に入っても事故は防げません。事故を防ぐのは運転する時の心がけやそもそもの運転技量であり、保険に入ったからといって事故を起こさないわけではありません。

つまりリスクマネジメントでは危機は防げないのです。

運転中に事故を起こすという危機を防ぐためには、家庭での躾だったり、運転する際にどのようなことに心がけるかなどいうことが重要です。これがクライシスマネジメントの第一歩です。

痛ましい事故をどう防ぐか

米国ではハイスクールで運転を教えているところがたくさんあります。ここでは基本的な運転技術はもちろんのこと、重点を置いて教えているのは”Defensive drive” です。事故を起こさないための運転についてかなりの時間を割いています。

さらにハイウェイパトロールを見ていると、危険な運転を取り締まっているのをよく見ます。何でオートバイの警察官が追いかけているのかと思ったら、車線変更の仕方が強引で後方の車に恐怖心を与えたということが問題だったと聞いて驚いたこともあります。

この取り締まりはかなり難しい法的問題を含みます。後方の車に恐怖心を与える運転かどうかは極めて主観的で客観的な取り締まりに馴染まないからです。

しかし、日本でもこのような指導がもっと積極的になされるべきだと常々思っています。

なぜなら、普段車の運転をしていて、先に述べたような強引な右折や原付のきわどいすり抜けでびっくりすることが度々あるのですが、これらの危険な運転も事故にならない限り処罰されないからです。自動二輪ならあっさり取り締まられるような無法な運転をしていても原付は取り締まられることはありません。警察が原付の取り締まりに積極的でない理由は業界の圧力でしょう。しかもこれらで事故を起こすと、起こした当方も処罰されてしまいます。特に相手が原付だったりした場合、圧倒的に自動車側が不利な処分となります。

原付のきわどいすり抜けや車の右側からの直前への割り込みなどは目に余るものがありますが、しかし、それらが取り締まられているのを見たことがありません。従って原付はやりたい放題に走り回ります。そのやりたい放題の原付に接触でもしようものなら、一瞬にしてこちらも殺人者になるおそれがあるのです。

最近でこそ悪質な煽り運転は罰則の対象となり、さらには暴行罪の適用も検討されていますが、それだけでなく交差点での直前の右折や原付のすり抜けや割り込みなども処分の対象とすべきではないかと考えています。以前は処罰するための証拠を集めるのが困難でしたが、現在ではドライブレコーダで十分な証拠固めができるはずです。

原付も軽自動車も昭和の時代とは馬力をはじめとする走行性能が比べ物にならないほど向上しています。それらの速度制限を自動二輪や普通車と同様にし、そのかわりに原付にはより厳格な免許の審査を行い、取り締まりも同様にすべきだと思っています。もともと速度制限を守っている原付や軽自動車を見たことが無いので現実的な修正でしょう。

そして二輪車を含むすべての車両にドライブレコーダの搭載を義務付け、危険な運転を見つけ次第そのレコーダのデータを警察に送付するような制度を作ればかなりの牽制効果が働き、無理な右折や追い越し、すり抜け、煽り運転などを抑制できるはずです。また、そのレコーダのデータを収集分析することにより悪質ドライバーを特定することも可能になります。

現在のIOT技術及びビッグデータ解析の技術を用いれば容易なことです。ごく普通の人々を一瞬で殺人者にしてしまわないためには必要な施策です。

当コラムは危機管理が専門で防災や防犯を専門としているわけではありませんが、事故防止は危機管理の重要なテーマの一つです。交通事故は不可抗力で起こる事故はまず皆無であり、ほとんどすべてが不注意もしくは無理な運転によるものです。つまり防ぐことのできる危機なのですが、その防ぐことのできるはずの危機により幼い命が奪われるという理不尽さはご両親にとっては耐えがたいものでしょう。

そのような不幸を繰り返さないため、あらゆる工夫が早急になされるべきなのですが、しかし、行政に依存せずとも私たちで十分に対応は可能です。

繰り返しますが、交通事故に不可抗力はありません。無理・無謀な運転か不注意のいずれかです。私たちの心構え次第で防ぐことができます。一瞬にして殺人者になってしまうことだけは何としても回避すべきです。一瞬の油断もすべきではないのです。