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専門コラム「指揮官の決断」

第135回 

将来のトップを育てる方法

カテゴリ:コラム

「覚悟」のない「テクニック」は却って有害

当コラムではトップの覚悟について言及することがよくあります。

世の社会人の多くが持つ悩みの一つが、どうすれば部下に慕われる、少なくとも部下がついてくる上司になれるかということかと思います。雑誌や書籍にもこのテーマを扱ったものがたくさんあり、また、部下に慕われる上司になる方法のセミナーまで開かれています。

セミナーには行ったことはありませんが、本や雑誌は立ち読み程度に見ています。しかし、これらのほとんどはいわゆるコーチングのテクニックの抜粋に過ぎず、リーダーシップをテクニックにより身に付けようとするいわゆる「手法」に終始しています。

「手法」であっても知らないよりは知っていた方がいいというご意見もありますが、この手法を使うことによる問題点も合わせて知っていればいいのですが、その認識なくこれらの手法を使うとややこしいことになります。

なぜなら、多くのコーチングのセミナーではテクニックしか教えないからです。

私はコーチングのインストラクターを何人か知っていますが、皆、若く、大学でも様々な勉強をしており、いろいろな基礎知識を持っているのですが、問題は自分が組織の中でフォロワー及びリーダーの経験を十分積んでいないことです。

彼らは書物や専門の学校で勉強したテクニックについて語るのですが、私に言わせれば、人を率いていくのに邪魔になるのが、このテクニックなのです。

なぜなら、自分の性格に合っていないテクニックには無理が生ずることが問題なのですが、それ以前に最も大切なことが教えられていないからです。

部下をマスで捉えるな

それは部下をどう認識するかという基本的な問題に言及されないということです。

部下をマスで捉えるのではなく、一人一人を実存的個人として認識するという態度なしにはいくらテクニックを使っても、部下の眼にはそれは薄っぺらなものにしか映りません。

私が拙著でも当コラムでもセミナーでも繰り返し繰り返しお伝えしている「部下の名前を覚えよ」というのはこのことを指しています。

セミナーにお出でになる社長の方々に社員の名前を全部ご存知ですかとお聞きするのですが、これまでに60人以上の社員を抱えている会社の社長で自信を持って「ハイ」とお答えになった方はたったお一人でした。この方は常に名簿をもって歩き、一人一人がどのような社員であるかの把握に努めておられました。100人以上を抱える中古車販売の会社を経営しておられる方です。

名前を覚えると、部下は「マス」ではなく「個人」に変わります。「ウチの社員」ではなく、「○○課の□□君」となります。家族があり、将来の夢もある具体的な個人になるのです。部下をそのように認識せずにただコーチングのテクニックだけで付き合おうとすると反感を買うだけで碌な結果を生みません。

指揮官を育てる最良の方法

さて、今回のテーマである将来のトップを育てる方法です。

これは主としてお父様、お母さま方に読んで頂きたい内容なのですが、いかにお子様を社会に役立つリーダーに育てるかということをテーマとしています。

結論を先に申し上げます。

お子様をヨットに乗せることです。小学生から高校生ならジュニアヨットクラブに入れます。大学生以上ならヨットの雑誌を買って後ろの方を見るとクルー募集の記事が載っています。学生が外洋レース艇に乗り込むと奴隷生活を送ることになりますが、私が奴隷生活を送っていた昭和の時代と異なり、令和の外洋レース艇はかなり民主的で船も様々な装備が充実していて楽しい奴隷生活を送れるでしょう。

ヨットで何故将来のトップが育つのでしょうか。

責任を自分で取るからです。

ヨットならチビでも分かっている

私は江の島のハーバーにディンギーを置いているので時々出かけますが、ここのジュニアヨットクラブの連中が出艇するのを見るのが楽しみです。チビがマストを担いで賑やかに艤装をし、皆でガヤガヤとスロープまで船を持って行って乗り込むのですが、その出艇要領は子供によって千差万別です。

草履をひっかけて駆け出すようにそのまま出ていってしまう子もいれば、ニコニコしていたのが一瞬引き締まり、奥歯を噛みしめて舫いを解く子もいます。中には泣きそうになりながらコーチの顔を見上げ、覚悟を新たに出ていく子もいます。

彼らは一応にハーバーの外に出ると自分の判断で船を走らせなければなりません。近くをコーチがモーターボートで警戒しているのですが、しかし艇内の作業をいちいち教えてくれるわけではないので、どう走らせるかは自分で考えなければならないのです。

風がいきなり強くなったらどう対処するか、浸水してきたらどうするのか、ひっくり返ったらどうするのか、それらすべてを常に考えながら、次に取るべき最適の行動を決めていくしかないのです。そして、その判断を誤り適切に対応できなかった場合、最悪の場合、ヨットは転覆してしまい、夏ならともかく冬場は寒い海中に投げ出されてしまいます。そうでなくとも風向きに対して不用意な動きをするとワイルドジャイブといってブームが凄い勢いで反対舷に振れて怪我をしたりすることになります。その責任を小学生が一人で負うのです。

いったい、この日本に小学生にそのような判断力と責任を要求するものがほかにあるでしょうか。

舫いを放した瞬間から、すべての責任を艇長が負うのです。

日本の社会で決定的に欠けているのが、この責任を取るという覚悟です。

企業の経営者は責任を取るという覚悟があろうとなかろうと会社が潰れてしまうので責任を取らされてしまうのですが、公務員は賄賂を貰ったのが発覚でもしない限り身分を失うことはありませんし、政治家は世論に党が屈して辞職を勧告するまでは自ら積極的に責任を取ろうとしません。

しかしジュニアヨットクラブのメンバーたちは日常的に自分の過ちの責任の代償を自らの体で痛い思いをして思い知るということを繰り返しています。自分の責任からは逃れることができないことを身をもって知っているのです。

言い訳をしない覚悟

彼らに特徴的なことが一つあります。言い訳をしないということです。

情け容赦ない理不尽な自然を相手に言い訳が空しいということを彼らは知っています。つまり、責任を他に転嫁せず、自分で受け止めるという習性を身に付けています。

この責任を転嫁せず自分で黙って取るという覚悟こそリーダーが持たなければならない資質です。そしてその責任を全うするためにあらゆる努力を惜しまず、自ら下した決断には決して後悔しないというのが指揮官のあり方でしょう。

このようなリーダーを育てるための最上の方法がヨットであると確信しています。

冒頭でリーダーとして最も大切なものを知らずにテクニックだけで引っ張ろうとすると逆効果だと述べましたが、この大切なものとはリーダーとしての覚悟です。このことは当コラムや拙著の中で借り換えし繰り返し言及してきています。

すべての責任を自分で負うという覚悟、誰よりも部下を想うという覚悟、それらの覚悟なしにテクニックで人がついてくる、人を育てられると思ったら大間違いであり、逆にそれらの覚悟さえしっかりとしている上司は、たとえどんなに不器用な人であっても、かならず部下が信頼し、あるいは支えてくれる上司となることができます。

難しいことではありません。サッカーをやりたがる子供をヨットに乗せ、後輩の名前を覚えさせるだけのことです。

是非ハーバーへお足をお運びください

夏の江の島にお出でになると面白いものがご覧になれます。

真夏の炎天下、分厚いセーターを着こんでいるジュニアセーラーがいます。

童顔に騙されてはいけません。彼らは出艇前に海に入り、セーターにたっぷりと水を吸い込ませ、ヒールを起こすのに必要な体重を補っているのです。

そういったしたたかさを身に付けるのもヨットです。