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専門コラム「指揮官の決断」

第134回 

私、失敗しないので

カテゴリ:コラム

フリーランスの女医の覚悟

テレビ朝日系で2012年から5シーズンにわたって放送された医療ドラマで、平均視聴率20%以上を叩きだした「ドクターX」の中で、主人公大門未知子が毎回発する決め台詞が今回の標題「私、失敗しないので」です。

この言葉は大変に重い意味を持っています。単に「自信がある」と言っているのではないからです。

彼女がこの言葉を発するのは、医師は失敗を糧に成長できるのかもしれないが、失敗された患者には後がない、したがって、医師は絶対に失敗してはならないという想いが根底にあるからです。つまり、どんな新米の医師であろうと、失敗を乗り越えて経験を積んでいくというような考え方であってはならないという厳しいプロ意識を彼女は持っており、医局の若手の医師にも情け容赦ない言葉を投げつけています。

これは「覚悟」の問題です。

私は当コラムにおいて幾度となく「覚悟」に触れてきていますが、プロとして「失敗しない」という透徹した覚悟を持つことは並大抵のことではないことも承知しています。しかし、プロはこの覚悟を持つ必要があります。

プロの持つべき覚悟とは

軍人は戦いには負けないという覚悟を持たなければなりません。国民の負託を受け、それなりの地位と待遇を与えられている軍人は、何があっても負けてはならないのです。(まともな軍人としての地位も待遇も与えられていない自衛隊が負けても仕方ないと言っているわけではありません。)国が貧しく、十分な兵力や装備を与えられなくとも、それを言い訳にしてはならないのです。少なくとも、自分の判断のミスや訓練不足などで戦いに敗れるなどと言うことがあってはなりません。部下を殺すだけでなく、国家の命運も左右するからです。

多くの軍人はそれを知っているので戦いに敗れた場合には帰ってくることはありません。米国は例外で、たとえ戦いに敗れても指揮官は生還して報告することを義務付けられているので、生き残った場合には帰還して報告をして、その後の荊の人生を歩み続けます。

英国ではそのような義務を指揮官に課していなかったので、第二次大戦中の英国海軍では艦隊司令官や艦長で船と運命を共にした者がたくさんいました。

企業経営者も同様でしょう。自らの判断ミスで会社を潰すと、従業員とその家族の運命を狂わせてしまいます。大学進学を希望していた子供たちが進学できず、家事と育児を一生懸命にやっていた奥様方もパートに出なければならなくなるなど、与える影響の大きさは計り知れないものがあります。

経営者はバブル景気であろうとリーマンショックであろうと、判断を誤ってはなりません。自分の判断一つに多くの人々の人生がかかっているということに常に思いをいたし、慎重に、しかし、機会を見逃すことなく、適時適切な判断をしていかなければなりません。凄まじい勉強と情報収集が必要なはずで、毎晩銀座で会社の経費で飲んでいる暇など到底あるはずはないのです。

ドクターXは、オペに臨むに際し、ありとあらゆる事態を想定し、その事態への対処法を考え、大学ノートにびっしりと書き込んで準備していました。その準備と覚悟が彼女をして「私、失敗しないので」と言わしめていたのです。

これがプロの覚悟であり、平日は銀座や新宿のクラブで女性を横に座らせ、休日はゴルフ場で地面に穴を掘って歩いている経営者がリーマンショックくらいで会社を潰しても不思議はありません。

私と同い年のヨット仲間のある経営者は、平日は部下の社員たちを飲みに連れて行く以外は深夜まで本を読み、土曜日はヨットハーバーで船を出すのではなく、ただひたすらニスを塗ったり、エンジンをばらしたりし、日曜日の朝は近くのお寺で座禅を組むという生活を送っていましたが、リーマンショックに際し事業を思い切り躍進させました。

彼に聞いたところ、ニスを塗ったりエンジンを分解したり組みたてたりする作業は、いろいろなことを考えるのに極めて適した作業であり、その過程で様々な経営に関するシミュレーションをしていたのだそうです。リーマンショックに際し、かつてニスを塗りながらシミュレーションしたとおりに事態が進展していくのを見て、躊躇わずに行動を起こしただけだということでした。

その彼ですら、「俺は失敗しないと言いきれるか?」と尋ねたところ、「そこまでの覚悟を持てるように勉強するだけだ。」と答えたのが印象的でした。

公務員はいいよなぁとよく言われたけれど

かつて海上自衛隊の制服を着ていた私は、バブルの頃に同窓会に出るのが辛いと思ったことがありました。同期生が3年で年収が倍になったとか、凄い奴は2年で3倍になったと言っているのに、私たちはベースアップで1200円上がったなどと言って安物のワインを買って帰って夫婦で乾杯などしていたからです。

バブル崩壊の後、それら極端な昇給を勝ち取っていた同期生たちの会社は軒並み大変な状況に追い込まれ、同期生たちはリストラされたり、リストラの担当者として辛い思いをしたりしなければならなくなりました。私たちはバブル景気を知らなかったのでバブル崩壊の影響も直ぐには受けなかったのでいい思いをしていたかと言えばそうではありませんでした。

「公務員はいいよなぁ」とクラスメートたちに言われるのです。何故民間がこんな思いをしているのに公務員は減給もリストラもされないんだ?ということなのです。

その後、何が起きたか皆様ご承知でしょうか。

公務員だけが給料が下がらないのはおかしいとして公務員の給料の見直しが行われて減給されたのです。バブル期に上がっていない給料が減額されたのです。にも関わらず公務員バッシングは続きました。リストラされないことへの腹いせでしょう。当時のマスコミの公務員たたきはひどいものでした。

地方でも海上自衛隊の艦艇が入港し乗員が上陸して飲みに行くと、「暗かった街に久々に灯がともった。」として、苦しむ民間を横目で見ながら飲んでいる乗員たちが週刊誌にスクープされ、皮肉たっぷりの記事が掲載されて自粛指示が出たこともありました。彼らは公費で飲んでいたのではなく、航海中には一切飲めないので、久しぶりに上陸して、使いようが無くてたまっていた小遣いで飲んでいただけなのですが、すべてが批判の対象になったのです。

ひどい例では「お前ら、恩給が出ていいよな」と言われたこともあります。恩給どころか公務員の年金の積立等で天引きされる額がどれほど過酷な割合なのか、一度明細を見せてやりたいと思いました。せっかく貰った給料が4割近く共済組合で天引きされるのを毎回うんざりしながら見ていたのです。

当時、私は民間は公務員の実態の何も知らずに勝手なことを言うな、と考えていました。

しかし、公務員生活を終えてビジネスの世界に身を投じ、さらに自分でビジネスを起こしつつ世の中を観察していると、やはり公務員は「結構な御身分」だと思うようになりました。

公務員は何も失わない

彼らは失敗しても、何も失わないのです。軍人は生命を失い、経営者は従業員を路頭に迷わせ、自らも全てを失うのに対して、公務員は怒られるだけで失うものがありません。不作為により適切な対応を取らなかった場合には怒られることすらありません。彼らの辞書には善良な管理者の注意義務という言葉はないのでしょう。規則に書いていないことをしなくても何のお咎めもないのです。

厚労省の統計処理問題は統計法違反という法律違反行為があったので処分がなされましたが、この国政の基本方針の裏付けになる統計を故意に出鱈目に行っていたにもかかわらず刑事処分を受けたものはおらず、行政処分に留まり、最も重い処分ですら6か月の減給10分の1で済んでいます。

野田市の教育委員会は「今思うと不適切な処置であったと反省している。」で終わりでした。小学校6年生の少女の生命が失われるという結果を生んだにもかかわらずです。

社会保険庁では5000万件のデータを処理せずにそれら集めたお金の管理費だとしてマンションのような豪華な官舎を建てたりしていたにも関わらず、年金機構に採用されなかったのは1万人を超える職員のうちわずか525名です。

ビジネスの世界で日々悪戦苦闘している方々から見たら、「公務員はいいな」と思うのは全く無理からぬことだと思います。

役人や政治家に見せたい番組ですね

政治家も同様です。これまで度々申し上げてきていますが、「命がけで戦ってまいります。」と選挙戦で連呼しながら、公約を実現できずに自決した政治家をこの国の憲政史上で私は一人も知りません。汚職を追及されて自殺した議員は何人かいるようですが、議員資格を剥奪されてものうのうと生きている元議員は数え切れないほどいます。

要するに公務員や政治家には「覚悟」がないとしか申し上げようがありません。

それらの連中とは異なる世界に生きる私たちは、何がなくとも「覚悟」だけは持たねばなりません。私たちの決断には多くのものがかかっています。失うものがない役人や政治家とは違うのです。

ドクターXはプロがいかなる覚悟を持たねばならないかを面白く観せてくれます。

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