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専門コラム「指揮官の決断」

第151回 

落としどころが見えない? 日韓関係の危機

カテゴリ:コラム

危機管理とは何か

危機管理とは何かと問われることがあります。

これはある種禅問答のような問いであって、この質問に答える場合、私は相手の方がどのような意図でその問いを発しているのかをよく考えてお答えすることにしています。

危機管理を一般的に、かつ端的に定義すると、我にとって致命的な事態が生じることを未然に防ぎ、生じた場合にはその影響を局限し、速やかに回復するためのマネジメントと言うことができるかと思います。

私どもはさらに一歩踏み込んで、その危機の中に飛躍の機会を見出し、事業を躍進させるためのマネジメントであると申し上げております。

それは戦場において優れた指揮官が敵の奇襲に際して毅然と対応して撃退し、返す刀で撤退する敵を追撃して壊滅させるのに似ています。

危機管理を分類すると

危機管理の態様は我にとって致命的な事態が何によって生じるのかによって異なります。

大雑把に分類すると三種類に分類することができそうです。

一つは最もイメージしやすいのが自然災害でしょう。この種の危機が生ずることを避けることはできません。

南海トラフに起因する地震・津波の発生確率は100%です。この発生を食い止めることはできません。

問題はいつ、どの程度の規模で起きるかであり、その際の被害を如何に局限し、いかに速やかに復旧させるかが課題です。富士山の噴火も同様です。

もう一つは、企業のコンプライアンス違反などに典型的に見られる自滅的な危機です。

日大アメフト部の問題や最近では吉本興業などが騒ぎを起こしました。三菱自動車が何故日産の傘下に入らなければならなくなったのかをご記憶の方も多いかと思います。

この類の危機は、しっかりとした態勢を作っておけば防ぐことができます。

経営判断の誤りにより業績不振になってしまうのもこの類型です。

最後の一類型は、相手のある危機です。

北朝鮮のミサイル問題、最近の韓国との関係悪化などがこの類型の典型ですが、企業においても新製品開発段階で競合が同じコンセプトの新製品をよりハイスペックでかつ低価格で発表してしまったなどという事態などがこの類型の危機に当たります。

この類型の危機への対応はマーケティングの世界では「競争の戦略」と呼ばれています。

軍隊は第1の類型の危機とこの第3の類型の危機の二種類の危機に対応しなければなりません。戦場には敵がいるだけではなく、自然の猛威とも戦わなければならないからです。

しかし、自然の猛威に関して科学的な研究が進んだ結果、ある程度危機の存在を予測できるようになりましたので事前に避けることができますが、やはり相手がいる場合の戦略立案はいつの世にも難しいものです。

評論家に落としどころが見えないのは当たり前

さて、現在世間を騒がせている韓国との外交問題ですが、当コラムは危機管理の専門コラムであり、外交問題は執筆者の専門ではありませんのでこの問題そのものへのコメントは差し控えます。韓国側にとっては大変な危機管理上の問題であることは間違いありませんが、日本側にとっては単なる輸出管理上の手続きの問題に過ぎません。

あえて一言だけ申し上げれば、コメントに値するような事態ではないと思いますというところです。

ただ、この問題を巡る日本のマスコミの対応を見ていると、登場する評論家やジャーナリストたちがそもそも相手がいる場合の戦略の立案というものがどういうものなのかを理解しているのかどうか理解に苦しみます。

様々なニュース番組やワイドショーでの評論家やジャーナリストの発言を聞いていてよく耳にするのが、「安倍政権はどこをこの問題の落としどころにしようとしているのか全く見えない。戦略がない。」という批判です。

この批判はちょっと聞くともっともな批判に聞こえます。確かに現政権がどこを落としどころにしようとしているのかはっきりと見えているわけではありません。

しかし、そのような批判をする評論家やジャーナリストは実は外交問題の素人です。

私がそう断言する理由はきわめてシンプルです。

作戦計画を立案する際、どこで決戦を挑み、どの程度の戦果を挙げたら作戦を中止するのかということを慎重に見極めます。敵を全滅させることだけ考えていると大局を見失うことがあり、その見極めは非常に重要です。

日露戦争における対馬沖の海戦は敵艦隊を全滅させることが必要だったのですが、そのような作戦は実は稀であり、深追いをせずに兵力を温存し、速やかに次の作戦への準備に移るためにどうするのかということが重要な検討課題になるのが普通です。

それが所謂「落としどころ」です。

ちょっと考えればわかることですが、その「落としどころ」が簡単に目に見えるわけがありません。作戦で最も重要な部分であり、その意図を敵に察知されないように巧みに仕掛けを作っていくからです。

落としどころが相手に簡単にわかってしまったら、相手はその逆を突いてくるはずです。

つまり、外交戦略において、その落としどころは評論家やジャーナリストなどが簡単に理解できるような単純なものであるはずがないのです。

評論家というのは自分では何もせずに批判だけをするのが仕事であり、ジャーナリストとは自分が見聞きしたことを売れるような記事に仕立て上げるのが仕事であり、それぞれが戦略立案の専門家ではありませんので、その落としどころというものがどのような性格をもったものであるのかを理解できないのでしょう。

そもそもが外交戦略における落としどころなど、評論家やジャーナリストたちが簡単に推測できるようなしろものではありません。

つまり政府がどこを落としどころとしようとしているのかが全く見えず、戦略があるとは思えないという批判は見当違いも甚だしいと言わざるを得ず、それが見えないのが正しいのです。

トリックを説明してから演じるマジシャンはいません。

問題がないわけではない

ただし、今回の輸出管理上の問題に起因する安全保障上の運用見直しによる貿易の優遇措置を適用するグループAからの除外という措置を講じるにあたっての経産省の対応はその戦略がしっかりと練られていたのかどうかを疑わせるにたるものであったことは間違いありません。

この時期にその措置を講ずると、当然、徴用工問題への報復であると韓国が非難し、国際社会もそのように受け取ることは理解されていたはずです。にもかかわらず、経済産業省大臣の最初のコメントが「信頼関係が失われたことにより」というものでした。

この時期、誰が聞いても輸出管理上の信頼関係が失われているというふうには受け取ることができません。外交関係全般にわたる信頼関係について言及しているとしか思われないでしょう。

しっかりとした戦略が経産省において立案されていたのであれば、最初の大臣の記者会見の原稿なども精査されていたはずであり、そこに詰めの甘さが伺えます。

私が経産省の担当であれば、韓国を外すという発表ではなく、安全保障上の理由により輸出管理の運用を総合的に見直すとして、韓国をグループBに種分けし、一方で輸入管理がしっかりとなされている国家を2つくらいグループAに編入するという形をとります。

これであれば報復措置だと非難することができません。新たにグループAに種分けされた国と同様の説明責任をしっかりと果たせと言い返せばいいだけです。

経産省という省庁は通産省の頃からそうでしたが、省内の風通しは多分各省庁の中で抜群に良いのでしょうが、全省的なチェックアンドバランスがしっかりと取れているかというとそうでもないという危うさのある官庁であり、今回はそれが裏目に出たかもしれません。

いずれにせよ、外交戦略の落としどころなど、そう簡単に見えるものでないことは間違いなく、もっともらしく聞こえる評論家のコメントも実は見当違いも甚だしいことをご理解いただければ幸いです。