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専門コラム「指揮官の決断」 

No.152 GSOMIA破棄に見る「識者」とは 

私の予想は見事に外れました

 8月22日、韓国は日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決定し、翌日、駐韓日本大使を呼んで通告を行いました。
 
 正直に申し上げると、私は韓国は破棄しないだろうと考えていました。

 破棄すると韓国は失うものばかりで得るものがまったくありません。

 一方、破棄しないことを宣言すると韓国には大きなメリットがもたらされます。

 まず、大人の対応をして日本に慈悲を与えてやったと世界に向かって喧伝することができます。これは韓国国民のプライドをくすぐるうえでとても大きなことです。

 また、その対応を示すことで米国に対し日本に譲歩を説得するよう要求することもできます。さらに、韓国が入手できない情報をこれまで通り入手することができます。

 韓国にとっては国際世論を味方につける絶好の機会だったはずです。

 にもかかわらず破棄を通告してきた文大統領の腹の内を推し量ることが私にはできません。

 巷には、韓国は次は日韓基本条約の破棄を言い出すだろうというような議論もあるようですが、私は外交問題の専門家ではありませんのでこの問題にまで言及するつもりはありません。

日本が持つ恐るべきカード

 ただ、韓国はまだ気が付いていないのかもしれませんが、我が国には恐るべきカードがまだ残っており、これをウッカリ使うと両国関係は決定的になるかもしれません。

 私は外交問題の専門家でも経済産業問題の専門家でもありませんので、素人の見解としてお読みください。

 韓国は現在輸出管理の中でグループBに分類されています。けっして輸出規制がなされているわけではありません。

 しかし、現状を見ていると韓国がグループBに留まる要件が失われているように見えます。

 グループBとは輸出レジームに参加し、一定要件を満たす国が登録されるグループであり、一定の要件とは正常な貿易協議が行われ、国家間の信頼ができる国であるということですが、韓国がGSOMIAを日本を信頼できないとして破棄したため、逆に韓国自身がこの要件に該当しなくなっています。
 
 つまり、輸出貿易管理令の規定に従うとグループCに分類されるはずなのです。

 この結果、対象の1100品目のほぼすべてに個別の輸出許可が必要となり、事実上の輸出規制となります。このカードを切ると韓国経済が崩壊することは間違いありません。

 韓国大衆は現在日本が報復のために輸出規制を行っていると言って怒っていますが、実際の輸出規制は行われていませんし、徴用工問題や慰安婦問題についても報復措置はまったく取っていません。グループCへの分類替えで日本が本当に報復措置に出たらどのような恐ろしい事態になるのかを初めて知ることになります。
 

識者の反応にびっくり

 GSOMIAは単なる外交問題ではなく、危機管理上の問題でもありますので私の専門領域と重なるため関心をもって見ています。
 しかし、この問題を巡っても評論家やジャーナリスト、あるいは大学教授の出鱈目さが目立ちうんざりしています。

 週末、たまたま仕事の準備でどこにも出ることができずに書斎に籠っており、PCに向かって様々な資料を作っていて、PCの横に置いてあるテレビで珍しくワイドショーやニュース番組を流して、時々チラチラと観ていました。

 多分、今回この問題がクローズアップされるまではそのような協定があること自体を知らなかったであろう評論家やジャーナリストたちが勝手なコメントをしているのを面白がっていたのですが、ある知人からとんでもないメールが飛んできて、面白がってばかりいるわけにもいかなくなりました。

 知人からのメールには「中沢けいさんがツイッターで『韓国は8つも偵察衛星を持っていることを知らない人がぞろぞろ出てきた。そんな人たちに支持される首相は自分の政府が出した「個人賠償権は残っている」との見解を忘れている。』と言っているけど、これは本当か?」とありました。

 中沢けいさんは私の同年代の、高校在学中に書いた『海を感じる時』という小説で鮮烈なデビューを飾った女性作家です。現在は法政大学の教授を務めています。
 私は大学院にいた頃、彼女の本を読んだことがあり、知人は私が彼女の本を読んだことがあることを知っていてメールを寄越したのです。

 私はこのツィートに誤りが2か所ある旨をとりあえず返信し、さっそく中沢けいさんのツィッターを読んでみました。

高校生レベルの英語ですよ

 私が読んだ時点では中沢さんは二つの誤りのうちの一つの誤りに気が付いて訂正をしていましたが、しかし、それでも彼女が自分が何も知らないことを知ったかぶりしていたことが分かり、同時に、大学教授にあるまじきミスをしていたことも分かってしまいました。
 彼女が韓国が偵察衛星を8つも持っていると言ったのは、普段からその類の情報に関心を持っていたからではなく、単にウォール・ストリート・ジャーナルの記事を読んだからに過ぎなかったのです。ところが、それでもしっかりと読んでいればそのような恥ずかしい過ちをせずに済んだのに、およそ大学教授とは思えない読み違いをしています。

 ウォール・ストリート・ジャーナルの記事は次のように書いています。
 “South Korea may not benefit as much from access to information from Japan’s eight reconnaissance satellites, which monitor North Korea and track missile launches.”
 明確に日本が持っている8つの偵察衛星によって韓国が受ける利益についての記事なのですが、彼女はこれが読めなかったものと思われます。

 まあ、大学教授と言っても元々が学者ではありませんので外国語が読めないということもあるのでしょうが、これは高校生でも読める程度の英文です。

 ツィッターのフォロワーの誰かに指摘されて訂正したものとみられますが、まず偵察衛星などと言うものにこれまで全く関心を持ったことがないことは明らかですし、その英語力も推し量ることができます。

 ちなみに、このウォール・ストリート・ジャーナルの記事も私の認識とは異なっています。
 私の認識では日本が持っている軍事情報を収集できる衛星は7つです。
 対する韓国は一つも持っていません。

 韓国は気象衛星を運用中ですが、平昌オリンピックの時に故障していることが分かり、同期間中の天気予報は日本の気象衛星の情報を使って行っていました。
 終了後韓国政府は「日本の気象衛星の精度はそれなりに高かったので予報に問題は生じなかった。」と発表し、気象庁の役人が苦笑していたのが印象的でした。日本の気象衛星が送ってくる詳細なデータを分析できるコンピュータを韓国は持っていないので、せっかくデータを送ってやっても、その観測精度を生かすことができず、かなり荒っぽい計算しかできないので、猫が小判をもらったようなものだったろうということです。

 さらに情報収集能力について申し上げると、P-3C及びP-1という哨戒機を海上自衛隊は70機以上運用しているのですが、韓国は20機に満たない数しか持っていません。

 また、早期警戒機(AWACS)は日本が18機、韓国は4機です。
 この数字の差は極めて重大な意味があります。

 AWACSは24時間態勢で上空にいなければならないのですが、この複雑なシステムとコンピュータの塊りのような機体を絶えず上空に上げるための整備は大変なもので、1機でも故障が出ると警戒監視網に穴が開くことになります。
 18機いれば、オーバーホールや訓練などに使っても複数個所で24時間運用が可能となりますが、4機しかないと1か所でも24時間運用はできないでしょう。
 さらにイージス艦は日本は来年度中に8隻になりますが、韓国は3隻です。韓国のイージス艦は弾道ミサイルを監視できる高性能のイージスシステムを搭載していますが、しかしその高度で迎撃できるミサイルを持っていません。また持っているシステムも使いこなす能力がないのか、2016年に北朝鮮が発射した弾道ミサイルを日米は大気圏再突入でバラバラになった破片の落下地点まで追尾したにもかかわらず、韓国のイージス艦は発射後6分で見失ってしまっています。
 日本はイージス艦で迎撃し、撃ち漏らした場合にはパトリオットミサイルで止めを刺す態勢にありますが、韓国は迎撃できる武器を持っていません。

 これを要するに日韓の情報収集能力には簡単には埋められない圧倒的な差があるということであり、「知らない人がぞろぞろ出てきた」という認識がどこから出てくるのか不思議で仕方がありません。

普段新聞も読まないのかなぁ

 彼女の過ちはもう一つあります。このツィッターにより彼女が外交問題などにもほとんど関心が無かったにもかかわらず知ったかぶりをしていることが明らかになっています。
 「首相は自分の政府が出した『個人賠償権は残っている』との見解を忘れている。」という一文がその証拠です。

 この問題に関心を持ってきた人であれば「賠償権」という言葉を使うはずはありません。「請求権」という言葉が自然に出てくるはずです。

 しかも、個人の請求権は残っているが、その請求の相手先を韓国政府とするのが日韓請求権協定であり、そのために韓国の国家予算が4億ドルに満たない時代に18億ドルしか外貨準備がなかった日本国政府が5億ドル、民間から3億ドルの経済協力を行ったのです。そのうちの政府負担のうち3億ドルは無償協力ですから、その規模の大きさは気が遠くなるような額であったことがわかります。

 つまり彼女はその請求権協定において何が定められ、それが今どのように問題になっているのかを全く理解できていないということです。

 情報収集衛星について何の関心も持たず、高校生でも読める英語もまともに理解できず、かつ、現在世間を大騒ぎさせている日韓関係の問題が何なのかについて何も知らないのにもかかわらず、「8つも偵察衛星を持っていることを知らない人がぞろぞろ出てきた。」などと上から目線のツイートを平気で行っていたということです。

マスコミや識者の本質とは

 私が当コラムで折に触れてマスコミや評論家・ジャーナリストを批判するのはこの類の「識者」が多すぎるからです。
 マスコミにおいて大きな影響力を持つ所謂「識者」のこのような知ったかぶりが如何に世論を捻じ曲げるか、韓国を世論を見ていればよく分かります。
 
 韓国の大衆は新聞の社説やテレビの解説により真実から遠ざけられています。射撃指揮用レーダー派の照射事案の際もそうですが、報道が事実を伝えず、政府の捏造された発表に基づく論評を行うので世論が誤った方向に誘導されてしまいます。
 日本においても同様に評論家、ジャーナリストあるいは専門外の大学教員のコメントにより誤った世論が形成されるおそれがあります。

 マスコミにおける著名度などに騙されてはなりません。
 評論家というのは自分では何もせずに批判することが仕事なので、責任をもった言論を行うという覚悟がありません。
 ジャーナリストは報道することが専門ではありますが、その報道内容に関する専門家ではありません。
 医療ジャーナリストが医師であることはあまりありませんし、軍事ジャーナリストは単なる軍事オタクであることはあっても自衛隊を含む軍歴を持った方はほとんどいません。

 せめて防衛産業で開発の現場にいた方であればとても有益な記事が書けるはずなのですが、ほとんどはどこかで仕入れてきた噂話の域を出ていません。
 
 これは無理もありません。軍事情報には「秘密」の壁があって、自衛隊内部にいても関係部署にいない限りアクセスすることができません。(秘密に触れることのできる資格を持っていても、need to knowという原則があり、業務に必要な秘密にしかアクセスできないのです。)

 私が自分は軍事問題の専門家ではないと申し上げているのは、退職後も守秘義務があることと前述のような障壁があって責任あるコメントができないからです。それを外部から見聞きするだけの評論家やジャーナリストがまともなコメントができるはずがないのは仕方ないのかもしれません。

 大学教員も、さすがに専門領域についてはいい加減なことは言いませんが、専門外になると単なる素人です。
 私は上記のどれでもないのでますます専門外の領域については言及を控えていますし、言及しなければならない場合には伝聞推定の文体としています。

 私たちはこのことをよく理解して、いわゆる「識者」の言葉を聞く必要があるかと思います。

 ちなみに、私も大学の非常勤講師ですが、この類の大学教員があまりにも多いので非常勤講師という肩書は名刺などにも表記していません。本当に学生の教育と専門の研究に打ち込んでこられたプロの大学教員の方々に比べて、我々のような本業を他に持つ大学教員にはいかがわしい者が多すぎるので恥ずかしくて肩書を名乗れないのです。

 しかし高校生レベルの英語も読めないのに上から目線で呟く大学教員というのも困ったものですね。