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専門コラム「指揮官の決断」 

No.010 JRの危機管理

 今回はJRの危機管理について考えます。
 今さら、福知山線の事故やJR北海道が行っていた点検結果の偽装などを取り上げようというのではありません。
 JRの各駅で行われている構内放送及び車内放送から窺い知ることのできるJRの危機管理体質について考えてみます。

 ご承知のとおりJR各駅の構内放送や車内放送は基本的にはあらかじめ録音されたもの又はコンピュータが音声を合成したものをダイヤを確認しながら流しています。
 昭和の時代は駅員や車掌がマイクを握っていたため、よく言えば個性的、悪く言えば癖のある放送が多く、聞きづらかったり、何を気取っているのだろうと思わされたりすることがよくありました。
 当時、癖がなく聞きやすかったのは新幹線や寝台特急のような長距離を走る列車の車内放送でした。その頃は、社会一般でも構内放送にはそれぞれの独特の癖があり、デパートの迷子の案内、空港での出発便の案内、水泳競技の選手の紹介など、聞けばすぐわかる抑揚を持っていたものでした。

 JRの車内放送がローカル線でも癖のないものになったのに私が気付いたのは、1992年、米国での勤務を終えて2年ぶりに日本の地を踏んで成田から自宅のある鎌倉へ向かうJRに乗った時でした。車内のアナウンスがローカル線のそれではなく、新幹線の車内アナウンスのように聞こえたので驚いたことを覚えています。2年の間に日本も変わったなぁと思った瞬間でした。
 さらにそれ以前から大きな駅では採用されていた録音による構内放送がいろいろな駅にも採用されるようになりました。最近の放送を聞いていると、音声合成ソフトが使用され、時刻表や実際の運航状況をコンピュータが確認しながら放送されているようです。

 ここで何が危機管理にかかわるのかという疑問を持つ方が多いかと思いますが、この自動化された構内放送と駅員がマイクを持って行う放送とのかかわりに問題があるのです。

 ちょっと考えれば当たり前のことなのですが、電車が時刻表通り走っていれば自動放送に任せておいて問題は無いはずです。
 自動放送では問題がある場合や、緊急事態には駅員がマイクのスイッチを入れると自動放送にマイクが優先されて駅員の放送に変わります。これは自動放送に任せておけない事態を管理するためには必要なことです。

 しかし、JR各駅の放送を聞いていると必ずしもそうではありません。自動放送が時刻表に従って列車到着のアナウンスを始めているのに、それを途中で切って自分の言葉でアナウンスをする駅員が多数います。スケジュールされた放送と同じ内容なのですが、なぜか自動放送を切って自分でマイクを入れたがる駅員が多いのです。これは大変耳障りです。特に日本語を一生懸命聞いている外国人にとってはうんざりするような事態です。
 どこの社会にもマイクを放したがらない人はいるものですが、これはカラオケの話ではないので、由々しきことです。

 なぜ由々しきことなのか。

 通常の放送では問題があるという緊急の事態において、駅員の介入によって放送が行われることは安全確保のために必要なことです。
 しかし、自動放送と同じ内容であるにも関わらず駅員が優先のマイクを入れることは危機管理上好ましくありません。なぜなら、聞いている人たちは、駅員がマイクを入れて自分の言葉で放送を始めた場合には、何か尋常ではないことが起きているのだと認識しなければならないはずなのに、日常的に駅員の趣味で途中から自動放送が切られて駅員のマイクが入るようになると、誰もそのような注意を払わなくなります。駅員がオオカミ少年になってしまうおそれがあるのです。

 またJRの構内放送には別の問題もあります。

 事故や故障が発生して列車の運行が止まることがよくあります。
 不幸な飛び込み事故が多いこともあり、JRは本当に苦労されているなといつも思いますが、以前は人身事故があると、運行が再開される見込みはたっていないと放送されるのが普通でした、
 しかし最近は、「運行再開には概ね○時間ほどかかる見込みです。」というように案内されることが多くなりました。警察との間に、現場検証にかける時間等についての調整ができたのかもしれません。そういう意味ではJRの危機管理は少し進歩したのかもしれません。

 しかし、駅に足止めされている間に行われる状況を知らせる放送には問題があります。

 状況に進展がなかったり、新たな情報が入ってこないと、同じ内容の放送が繰り返し繰り返し行われることになります。それは仕方がないことで、新たに車両に乗り込んできた人や、状況を知らずにホームに降りてきた人にとっては放送が繰り返されていなければどうなっているのかわからないでしょう。
 ただ、ホームで行われる構内放送と車内放送をタイミングをずらして行うという配慮をしている駅にお目にかかったことがないため、ドアが開いている車両の中にいるとホームの放送と車内の放送がかぶってしまい、ただやかましいだけで、何度聞いても何を言っているのかわからないということが頻発しています。
 つまり、駅員と車掌に、お互いがタイミングを計って放送しなければ聞いている人にどのように伝わるのかという配慮が全くないのです。
 これが乗客に何らかの避難行動を指示することが必要な事態などであれば大変なことです。JRの危機管理はまだまだ合格点を付けられる段階にはありません。

 たかがマイク1本のことです。しかし、専門家はそのマイク1本から、その組織の危機管理への取り組み方を読み取ります。この程度のことに配慮が至らない組織の危機管理は底が知れていると評価されてしまいます。その結果、ステークホルダーからの信頼を失ってしまうのです。

 指揮官の皆様、マイク1本といえども侮ってはならないのです。