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専門コラム「指揮官の決断」

第358回 

危機管理の実践のために

カテゴリ:危機管理論入門

はじめに

ここまで8回に渡る危機管理の入門的議論において、危機管理とは何を行うマネジメントなのか、リスクマネジメントとどう違うのかなどについて語ってきました。

そこでいよいよ、危機管理そのものについて語ることにいたします。

当コラムでは、危機管理は危機を機会に変えるマネジメントであると主張し続けてきました。

これから、しばらくの間、それがなぜ可能となるのかを解説していきます。

危機管理に必要なのは

危機管理において重要なことは、人が育ち活気ある、社会から信頼される組織を作り上げることです。

お気付きのことと拝察いたしますが、そのような組織を作るということは、そう簡単なことではありません。しかし、同時にお気づきになられたのは、専門の部門や多くの費用がかかることではないだろうということです。

人が育ち活気があり、社会から信頼される組織を作り上げるためには、トップの並々ならぬ覚悟が必要です。一方で、必要なのはそれだけなのです。

つまり、本来の危機管理を行うために必要なのは、トップの覚悟だけであり、予算も専門の部門も必要はありません。

何故?

ここで問題なのは、人が育ち活気のある、社会から信頼される組織がなぜ危機管理にとって重要なのかということです。

危機管理上の事態においては、その最初の衝撃を耐え、経営トップを中心に組織全体が一丸となって事態に対応し、激変していく環境のなかに機会を見出し、競合が右往左往している間に、その機会をとらえて事業を飛躍させることができる組織が必要です。

人が育つ組織は必ず活気があります。逆に言うと、活気ある組織においては人が育ちます。

ここで注意しなければならないのは、「活気」ということです。

アミューズメントパークには活気があるけど、セレモニーホールには活気がないというようなレベルの「活気」に言及しているのではありません。

ここで言う「活気」とは、メンバーが自分の業務に「誇り」や「遣り甲斐」「面白さ」を感じているかどうかということです。

そのような組織では人が育ち、かつチームワークのいい組織が築き上げられていきます。

つまり、緊急事態において社長を取り囲むスタッフが育っており、全員が一丸となっての対応が始まります。経営トップや、社長を取り囲むスタッフには、そのような場合に全員を一丸となって対応させるリーダーシップが必要です。

そして、しっかりと育てられたスタッフが激変する状況に対応するための意思決定を次々に行っていきます。

社会の信頼がないとすべて無駄・・・

ところが、いかに全員が一丸となって正しい意思決定を続けていっても、その組織が外部からの信頼を得ていないと、組織の努力は実を結びません。

組織が社会から信頼を得ていることがいかに大切かを示す実例があります。

福島原発から排出され続けている処理水の海洋への放出について、これまで政府はうんざりするほどの説明会を行い、地元との膝詰めの調整を続けてきています。

かつて、中央大学の目加田設子忠教授が「「海洋放出以外にオプションはなかったのか。何を検討して、それぞれにどれだけのコストがかかるのか。最終的に海洋放出に至ったという経緯の説明もほとんどないというのはあまりにも乱暴である」というコメントを出したことがあります。

現実には目加田教授がこのコメントを出した時点では、国は2013年から6年間をかけてこの処理水をどうすべきかを検討をしてきています。

特に、海洋放出や水蒸気放出などが現実的であるとの見方が有力になった2016年以降、17回の検討委員会を開催し、この検討を報告書にまとめIAEAから科学的根拠に基づいていると評価を受けています。

さらにその後、この報告書をベースに、農林水産業者はもとより地方自治体、流通・小売業者に対し、延べ数百回に及ぶ意見交換を行っています。その模様はYouTubeでも配信されています。さらには書面での意見を募集する旨を公表し、117日間にわたって広く一般からの意見を書面で集めました。

つまり、処理水の処分方針決定はそれらの議論を踏まえて行われています。

海洋放出以外の方法やコストも検討され、それらの検討の状況については逐一ウェブサイトに掲載されています。

政府の方針に対する一般からの書面による意見も求められ、私たちは誰でも書面によって意見を開陳する機会が117日間あったのです。

つまり、彼女が知らなかっただけです。知らなかったというよりも、これまで何の関心ももっておらず、何の基礎知識も持っていなかったという方が適当でしょう。

さらに酷いのは、「海洋放出をスルーしてしまえば、膨大な放射性廃棄物の処理も今後『いいんじゃないか、捨てちゃえ』っていう話になりかねない。」とのコメントも付加していることです。

「処理水の放出を認めたら燃料デブリもやりかねない。」という発言からも明らかなように、海洋放出の決断が燃料デブリの直接廃棄と同様の沙汰であると考える程度の科学的議論についての認識がひとかけらもないことを示しています。

こうやって風評被害が生まれていきます。目加田教授自身がその源泉となっているのです。

その後、IAEAの査察も受け、韓国の調査チームも受け入れて、それぞれからは了解も取り付けています。

にもかかわらず、全漁連はいまだに処理水放出に反対の姿勢を崩していません。

全漁連は、決して目加田教授のように処理水そのものに疑問を持っているのではありません。彼らが心配しているのは、どのように完璧に処理されたものを放出しても風評被害が起きるからです。

目加田教授のようなコメントを平気で出す識者がいるからです。

これに対して政府は、目加田教授が発信するような風評被害に対しては万全の対策を取る旨約束していますが、問題はこの政府が信頼されていないことです。

信頼を勝ち得ていれば問題は収まるのですが、政府が信頼されていないため、風評被害に対する効果的な対策などを期待できない全漁連は反対の立場を崩さないのです。

これは無理もありません。この政権を信頼せよと言うほうが無理ですから。

つまり、どれだけ努力し、正しい意思決定をしても、その組織が信頼を勝ち得ていないと成果を上げることが出来ないということです。

筆者が危機管理において、常日頃から社会から信頼されていることが重要だと主張していることの理由の半分がここにあります。

もう半分は別の理由なのですが、それは次回以降に触れることとします。

まとめ

今回は、危機管理において重要なことは、人が育つ活気ある組織が社会からの信頼を得ていることが重要であるということを御認識頂ければ幸いです。

そのような組織を作るのにお金や特別の部門は必要ありません。

必要なのは経営トップの「危機管理に臨む。」という強い意思だけなのです。