専門コラム「指揮官の決断」
第420回謹賀新年
明けましておめでとうございます
2025年の初春の御喜びを申し上げます。
昨年の1月1日には、能登半島が激震に見舞われ、多くの犠牲者を出し、翌2日には羽田空港の滑走路上で日航機と海保機が衝突して、それらが炎上する様がテレビで中継されるなど、大変な年明けでした。
新年のお祝いムードの中で昨年の今日を思い出さなければならない人々の心中を思うと、素直におめでとうとばかり言っていられないという気持ちになりますが、今年は、少なくともこのコラムを執筆している時点では、そのような惨劇は日本では起きていないようです。
このまま平穏な一年になることを願わざるを得ません。
昨年は弊社の事情により、当コラムやその更新をお知らせするメールマガジンを定期的に出すことができず、多くの方々にご心配を頂きました。
今年は業務の計画的な遂行に努め、より良質の専門性の高いコラムの掲載に努めます。
新しい年に向けて
さて、当コラムは危機管理を専門としており、その記述は極力社会科学の方法論に則っていくことに努力しております。
ただし、学術論文を執筆しようとしているわけではありませんので、記述内容も極力分かりやすく、社会科学を専門としない方々にも、面倒な思いをさせずに読んで頂けるように執筆してまいります。
ただし、本稿で時々テーマとして取り上げるわが国に財政状況に関しては、若干のマクロ経済に関する認識が必要ですので、昨年から、その解説に努めております。それらをお読み頂ければ、当コラムだけではなく、テレビや新聞の報道内容も分かりやすくなるかと考えています。
社会の理解が進んでいるかもしれない
さて、当コラムが専門とする危機管理ですが、この危機管理に関する世間の認識が変わりつつあるように感じています。
当コラムでは、リスクマネジメントは危機管理ではないと主張し続けています。
このことについて、これまでリスクマネジメントと危機管理が同義語だと単純にお考えになってきた方々からは、「そう言われればそうですね。」とか、「目から鱗が落ちました。」というお声を頂いています。
ただし、そうはいかないのが、いわゆる「リスクマネジメント」の専門家の方々です。
これらの方々から頂くご批判には二種類の批判があります。
まず、リスクマネジメントは危機管理であるという主張です。
この主張をされる方の多くは、プロのコンサルタントです。
危機管理のコンサルタントの多くは、危機管理のコンサルティングファームや損保に所属されています。私のような一匹狼のコンサルタントは、多くが防災や防犯のアドバイザーとして活躍されています。
最近はあまり登壇しませんが、かつて危機管理に関するセミナーに登壇すると、危機管理のコンサルティングファームから刺客のような人が聞きに来ていて、セミナーの最後の質疑応答でおそろしく嫌らしい質問をされていました。
例えば、「〇×年〇月に▽□国において、〇×△という事案がありましたが、この際のこの国の政府の対応をどのように評価されますか?」というような質問で、その事案が航空事故だったり山火事だったりするのですが、よほど大きな問題でない限り筆者も全く知らないことがあります。
初めての時は面食らって、「その事案については承知していませんが、どういう話なんですか?」などと対応してしまい、質問者からは「そんなことも知らずに偉そうに登壇しているのか?」という態度をされました。
2回目からは慣れてきて、「その事案を存じ上げないのでコメントできません。」とあっさり返すようにしています。
なぜそのような刺客がくるのかというと、彼らは筆者がリスクマネジメントは危機管理ではないと主張するのが気に入らないのです。自分たちは危機管理の専門家であると言い続けてきているので、存在そのものを否定されていると思うのでしょう。
筆者がこのコラムで繰り返し主張していることを注意深く読んで頂ている方はご理解されていることと拝察いたしますが、当コラムはリスクマネジメントを否定していません。
それは様々な専門家によってしっかりと行わなければならない重要な部門であると繰り返しています。
ただ、リスクは「危険性」であり、それは「危機」(クライシス)とは異なると言っているのであり、かつ、危機管理は様々な専門家の仕事ではなく、経営トップが単独で責任を負うべきものだと主張しているにすぎません。
もう一つは、マスメディアとそこに登場する評論家やコメンテーターたちであり、彼らは単に危機管理とリスクマネジメントについて、普段考えたこともなく、その場の思い付きでしゃべっているだけなのでしょう。
リスクマネジメントと危機管理の概念の混乱は、筆者の知る限り、この国に特有であり、その混乱が始まったのは阪神淡路大震災後であることが筆者の調査で分かっていることは、かつて当コラムでも述べています。
当時、政府や自治体が危機管理の必要性を主張し始め、同時に銀行や損保が、リスクマネジメント関連の金融商品の開発を始めたのですが、どちらにもそれなりの理由があってそれぞれのマネジメントに取り掛かったのを不勉強なメディアや評論家たちが両者の区別をつけることなく、当時流行っていたリスクマネジメントという言葉を使いたがって使ったのが混乱の原因でした。
かつては、政府もこの概念を理解しておらず、例えば中小企業庁などは、「日頃からリスクマネジメントをしっかりとやっておき、対応すべき事象が生起したならば速やかにクライシスマネジメントに移行すべき。」というとんでもない見当違いの指導をしていました。
この見解の何が間違いかというと、リスクマネジメントを理解していないからです。
リスクマネジメントとは、あらかじめリスク(危険性)を評価し、そのリスクが現実になった場合の措置を計画しておくことが主な任務です。BCPなどがその典型です。
つまり、しっかりとしたリスクマネジメントが行われていれば、そのような状況が生じた場合には、あらかじめ準備した計画に速やかに移行すればいいのです。
一方のクライシスマネジメント(危機管理)は、想定外の事態が生じても毅然と対応できる態勢をあらかじめ作っておき、想定外の危機的事態が生じた際には、それを経営環境の変化と捉え、環境変化の中に機会を見出して事業を躍進させるマネジメントです。
リスクは様々な分野にわたりますので、それぞれの専門家がその評価と対応に当たる必要があります。リーガル・リスク、ファイナンシャル・リスクなどと呼ばれ、部門別にリスクが検討されます。防災や防犯もそれら専門性の一つです。
一方のクライシス(危機)は、想定外の事態を扱うため、何が起きるのか見当もつかず、どの専門が準備すればいいのかが分かりません。
しかし、何が起きてもうろたえず、毅然と対応できる態勢を作っておく必要があり、それはトップの責任です。
このように、リスクマネジメントとクライシスマネジメント(危機管理)は、概念が全く異なるのですが、以前は中小企業庁の例にもあるように、その違いが理解されていませんでした。
一昨年時点のチャットGPTにおいても、どのようなプロンプトを使ってもまともな回答は得られませんでした。巷の理解が間違っているので、それらのウェブから情報を得ているAIが間違うのは仕方ありません。
ところが、最近、AIがまともな話を始めたので、一般の議論を調べてみました。
中小企業庁のふざけた指導は削除されていましたし、リスクマネジメント危機管理の違いを開設するウェブサイトも散見されるようになっていました。
その理由を考えてみました。
多分、リスクマネジメントでコロナ禍を耐えることができなかったのでしょう。リスクマネジメントでは、あらかじめリスクを評価しておくことが必要なのですが、コロナウィルスによって非常事態が宣言され、繁華街から人が消えるなどという事態を予測したBCPが無かったのでしょう。
いずれにせよ、世の中は「危機」と「危険性」の違いを理解し始めたようです。
つまり、今年はこのレベルの基本的な話から始めなくても済むかもしれないという期待を持っています。
今年が皆様にとって良き年でありますように
今年も様々なテーマについて、それらを危機管理の眼で見るとどう見えるかという論点からコラムを進めてまいります。
それらによって、皆様の危機管理に関する認識が少しでも深まり、様々な事態に毅然と対応していく社会が醸成されていけばと願っています。
また、当コラムの更新をお知らせするメールマガジンを配信しておりますが、そちらは、性格上辛口になりがちな専門コラムのお口休めとして、知っていても知らなくてもどうでもいい話を中心にお送りしますので、こちらはあまり期待せず、呆れて当コラムに跳んできて頂ければ幸甚に存じますとともに、それが弊社の思うつぼでもあります。 今年が皆様にとって良き年であることを祈念し、当コラム及び弊社配信のメールマガジンへのご意見を頂きますようお願いして年頭のあいさつとさせていただきます。