専門コラム「指揮官の決断」
第423回ノストラダムスの予言
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天罰なのでしょうか?
私たちは、ここ数年にわたり、よほど悪行を重ねてきたに違いありません。
昨年は、元旦から能登半島が激震に見舞われ、その傷が癒える余裕もないうちに豪雨に見舞われ、一時避難用の仮設住居まで床上浸水し、日向灘では大地震の前兆かもしれない謎の地震が連発しています。
そこへ誕生したのが現政権です。
これは何かに対する天罰としか思えません。
能登半島の方々が、私たちの身代わりに犠牲となったのでしょう。
ノストラダムスが予言した地獄の大王は忘れたころにやってきたのです。
地獄の大王の振舞い
筆者の評価では、日本の憲政史上最低の政権は、東日本大震災の頃の民主党政権ですが、自民党が組閣した政権の中で最低だったのは、前岸田政権だと考えていました。
しかし、ノストラダムスの前に、その酷さは霞んでしまいました。
岸田元首相の能力については、きわめて疑わしく思っていましたが、このところ、政治家としては並外れた能力を持っていたのではないかと考え直しています。
というのは、総裁選において、最後に票決を覆し、高市候補を落として現総裁を当選させるという荒業をやってのけたからです。
最悪の自分よりも酷い奴を総裁にすれば、自分は最悪と呼ばれなくなるという読みがあったとしたら、凄い政治家です。
しかし、いずれにせよ、現政権の酷さは半端なものではありません。
私たちは、単に首相の椅子に座りたかっただけの、この国の将来についての憂いも展望も何もない男を首相に選んでしまったのです。
この男の率いる党の政策について、許しがたいと考えるものは多々ありますが、そもそも許されないのは、政治家としてというよりも人としてどうなのかという点です。
筆者はかつて、この男が衆議院の解散について、憲法69条の規定による以外の解散は認められないと述べたのを聞いたことがあります。
憲法69条は次のように規定しています。
「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」
つまり、衆議院で内閣不信任案が可決された場合に、内閣は総辞職するか衆議院を解散するかのどちらかを選ばなければならないということです。
この規定によらない衆議院の解散はあってはならないというのが彼の主張だったはずです。筆者は、この見解を聞いたとき、はじめてまともな政治家が出てきたなと感心したのを覚えています。
しかるにこの度、彼は政権の座に着くや否や、「国民の信を問う。」と称して、能登半島救援のための補正予算の審議もせずに衆議院を解散し、国政に1カ月近い空白を作り出しました。
能登半島救済のための補正予算が国会に提出されたのは12月19日であり、あと2週間放っておかれたら、震災から1年経ってしまう時期でした。
筆者は震度7の激震に見舞われて補正予算が1年近く組まれなかった事例を他に知りません。
国民の「信」を問うだぁ?
理由は簡単です。岸田政権で自民党の支持率が極めて悪化しており、そのまま解散総選挙になれば勝てないので、政権交代当初の一時的に新政権への期待が高まっているうちに総選挙をやって少しでも議席を確保しておこうということです。
結果、自民党は国民から支持されず、選挙前の議席を大きく減らし、公明党と合わせても衆議院議員の過半数を割ってしまいました。
「信」を問うて、国民が支持していないことが理解されたなら、サッサと辞任するかと思えば、首相の椅子に縋り付いて離れようとしません。
衆議院の解散を宣言するのは、憲法の規定により「天皇」の国事行為であり、天皇に解散をしてもらうために、「国民の信を問います。」と理由を説明したはずです。
そして、侵を問うた結果、過半数を割る議席しか確保できなかったのであれば、国民の「信」が得られなかったとして総辞職すべきなのに、サッサと組閣して第2次内閣を作ってしまいました。つまり、天皇に対し嘘をついて、利用しただけということです。
野党の追及が手ぬるい理由
しかも、この党の信じられない傲慢体質が明らかになったのが、いわゆる103万円の壁の問題です。
少数与党になったため、野党の協力を得なければ何も決めることのできない自民党は、キャスティングボードを握る国民民主党に協力を申し入れました。
国民民主党は、103万円を178万円に引き上げることを条件として出したのですが、自民党の税制調査会が出した結論は123万円でした。
103万円という所得控除の限界額には計算の根拠があります。
この金額が設定されたころの最低賃金×8時間×20日間の1年分が103万円であり、つまり健康で文化的な最低限度の生活をするに必要な金額には税金をかけるのをやめようということなのですが、これを現在の最低賃金で計算しなおすと178万円になるということです。
つまり、自民党案は、国民が健康で文化的な最低限度の生活を送るために必要な収入にも税金をかけようということなのです。
一方で、自民党は裏金問題に際し、500万円以下の裏金であれば処分をしなかったはずです。自分のところの議員は500万円までは脱税になろうと何をしようと一切に罪に問わず、国民には123マ円を超えた収入については所得税を払えということなのです。
ノストラダムスの地獄の大王の酷さはそこに留まるものではありませんが、いくら嘆いても、この地獄の大王を誕生させたのは私たち国民なのですから、責任は私たちにあり、その結果も私たちの社会が受け入れなければなりません。
著名な経営学者ピーター・ドラッカーの言葉を借りれば、組織がダメなのはトップがダメだからだそうです。彼は、木は上のほうから枯れて腐っていくと述べています。
一方で、これは私見ですが、議会制民主主義を取る国で、政権がダメなのは、それを選んだ国民がダメだからです。
この政権がどれだけ続くのかは知りませんが、それまで自分たちがしてしまったこと、あるいは自分たちが行わずに傍観してしまったことの結果責任を私たちは取らなければなりません。
これだけ酷いにも関わらず、野党の動きは緩慢です。
彼らの戦略は見え透いています。
野党は現政権に簡単に潰れて欲しくないのでしょう。
この政権のまま参議院選挙を戦えば、参議院でも勝てると彼らは考えているに違いありません。
つまり、彼らも自分たちの議席を増やすことしか考えておらず、国民生活など二の次なのです。
どん底からの這い上がり
政治が大嫌いな当コラムにおいて、政権の問題を取り上げるのは、これがこの国の最大の危機の種だからですが、いいことも一つあることに気付きました。
最低の政権ができたので、これ以上悪化することがないだろうということです。
これが唯一の光明であるこの国の現状は、つまり不幸のどん底ということなのでしょう。
弊社には危機管理のコンサルティングファームとして、常に言い続けていることがあります。それは、自らの責任から逃げてはいけない、ということです。
この政権を誕生させたのは私たち国民なのですから、その責任から目を背けてはならないでしょう。
バブルに踊った世代がまずこの国を世界の三流国に引き下げ、しかし、そのバブルを作り出した張本人の世代は、すでに引退を決め込んでノウノウと年金暮らしを楽しんでいます。
その次の世代は、年金では生活できない世代となってしまい、さらに続く世代は、失われた30年間に夢や希望を持てない世代となりました。そして、彼らは自分たちが夢も希望も持てない人生を強いられつつ、しかしバブルを作り出した世代の年金生活の老後を支えるために税金と保険料の支払いを強制されています。
私たちは、自分たちの責任を直視し、反省し、過ちを繰り返さない覚悟をする必要があります。
それがたとえ茨の道であっても、将来の世代にもう少しましな世の中を残していくためにもここが踏ん張りどころです。
堕ちるところまで堕ちた今年が、日本再生の元年になることを信じて、当コラムも頑張ります。