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専門コラム「指揮官の決断」

第480回 

自衛隊観閲式

カテゴリ:プロトコール

観閲式は行われないことになりました

昨年、自衛隊観閲式を特別な事情が無い限り行わない方針が示され、昨年から実施されなくなりました。したがって、今年も実施されません。

昨年は首相が首相だっただけに、部隊もそんな観閲官に敬礼なんかしたくなかったのでしょう。

今年はやれと言われれば喜んでやったはずですが、日本を取り巻く安全保障環境がそれを許さないようです。

怖ろしい負担の観閲式

この観閲式を準備するのは、並大抵の苦労ではありません。筆者に言わせれば、戦争の準備をする方が楽なくらいです。

以前は、三自衛隊が毎年行っていたこともありましたが、最初に海上自衛隊が脱落しました。燃料が高くて実施できなかったのです。

海上自衛隊の観艦式は、世界でも珍しい、観閲官座乗艦と受閲艦部隊の双方が動きながらすれ違い、受閲部隊が観閲官に敬礼していくという方法を取っています。

この観艦式を清々と行うのは、高度な陣形運動の技量がなければならず、世界でもこれを実施できる海軍は、そうありません。

長年実施しないと、その技量が失われるということで、昭和59年10月に復活させました。

その年、筆者は護衛艦隊旗艦の機関士という配置にあり、機関士として当直に付くのではなく、艦橋で観艦式案内のアナウンスを担当していました。候補生学校を卒業して、遠洋航海から戻って最初に乗組んだ船でした。

その後も、海幕のスタッフとして、観艦式には接遇要員として何度も乗りました。

複雑な陣形運動をしなければならないので、本番までに3回ほどの予行演習が行われます。その際にも見学の方を乗せるので、接遇が必要になります。

また、陸上では、音楽隊がショッピングセンターやみなとみらいなどで演奏会を開きます。

当日は、多数の乗艦者の安全確保や船酔い対応など、ほとんど出港から入港まで座ることもできず、艦内を動き回ります。

船の乗員は、動き始めるとそれぞれの配置で仕事をしますが、接遇担当で乗る筆者たちの方は来艦者の乗艦から退艦まで動いていますから、大変なんです。

しかも、多くの護衛艦が東京湾に集まりますので、その間の海峡警備なども大変ですし、もし観艦式の週に安全保障上の事態が持ち上がったり、あるいは大規模自然災害が起きたりしたら大変なことになります。

多分、陸上自衛隊、航空自衛隊も同じような苦労をしていたはずです。

中国などは、北京で軍事パレードをする専門の部隊を持っていますが、自衛隊にはそんな部隊は無いので、実力部隊が集まってきますので、即応態勢が一部犠牲になります。

式典の進め方がおかしいだろう

特に、朝霞で行われる観閲式は、陸上自衛隊が指揮を執り、海上自衛隊は徒歩行進を行う部隊と固定翼と回転翼の哨戒機を参加させるだけなのですが、筆者はこの観閲行進の進め方に問題を感じていました。

まず、アナウンスがおかしいんです。全体の指揮を執るのが陸上自衛隊第一師団長なのですが、これを紹介するアナウンスが「観閲部隊指揮官」と紹介するのです。

海上自衛隊のセンスではこれは間違いです。

首相が観閲官として登壇し、部隊はその観閲を受けるので、観閲部隊ではなく受閲部隊と呼ぶのが正しいのです。したがって、陸上自衛隊第一師団長は受閲部隊指揮官のはずです。

また、観閲行進を行う際、第一師団長が先頭の車両に乗って、首相に敬礼を送ります。そのすぐ後に部隊用国旗が旗衛隊に護られて行進してきます。つまり、第一師団長は国旗の前を進んでいるのです。海上自衛隊のセンスではこれはあり得ません。必ず国旗が先頭に立ちます。

各自衛隊部隊は、それぞれの部隊旗を掲げて行進しますが、その際は指揮官が先頭に立ち、そのすぐ後ろを部隊旗が進んできます。ところが海上自衛隊だけは海上自衛隊の部隊旗として自衛艦旗を掲げて行進しますが、海自部隊の指揮官は自衛艦旗の後ろを行進します。自衛艦旗は国旗として扱われるからです。国旗である以上、その前を行進するなどということはあり得ないのが海上自衛隊です。

さらに、各部隊が首相に向かって敬礼する際、檀上にいる首相が答礼するのは当然ですが、不思議なのは、防衛大臣、事務次官、各幕僚長なども答礼しています。

部隊は観閲官である首相に敬礼しているので、他の大臣や役人などが答礼するのはおかしいんです。

陸自の礼式に問題あり

筆者は、準備会議が開かれると、その旨を発言してきましたが、どうも仕切っている陸上自衛隊とセンスが違うようで、その意見が取り上げられることはありませんでした。

その理由も分かります。

当コラムは、危機管理の三要素として、意思決定、リーダーシップ、プロトコールを挙げているくらい、プロトコールを重要視しています。

これは筆者が海上自衛隊出身であることも大きいかと思います。

三自衛隊の中でプロトコールを一番大切にし、一番詳しいのは海上自衛隊です。

これは筆者の独断と偏見ではありません。

陸上自衛隊は外交儀礼の面から見ると、ほとんどド素人です。文句がある陸上自衛隊関係者がいたら、いつでも応じますから、申し出てください。

これには理由があります。

陸上自衛隊が海外に行くのは、米国への派遣訓練を除けば、国際緊急援助がほとんどで、到着するとすぐに任務を始めます。そして、できる限りのことをやり終えると帰国してきます。

航空自衛隊も同様です。訓練や展示飛行などで海外に行くほかは、陸上自衛隊部隊の輸送や邦人の批難などの実任務が主で、外交儀礼を担当することはありません。

海軍は外交の道具でもある

ところが、海軍艦艇は歴史的に外交に使われることが多い性格を持ちます。

お互いの軍艦が訪問しあい、友好関係を確立するということが珍しくなく行われます。

日ロの国交正常化の時も、まずロシア海軍300周年観艦式に参加してくれということで、海上自衛隊の「くらま」がウラジオストクに派遣され、ロシア太平洋艦隊司令官に敬礼してきました。筆者はその時、幕僚として参加していました。

これは軍艦だからやることであり、相手の首都を戦車が走り回って友好関係を確立するなどということはありません。

軍艦は友好関係の樹立にのみ使われるわけではなく、ペリーの来航でも分かるように、脅しをかける時にも使われます。砲艦外交と呼ばれます。

また、海外の港に入港した際には、国王、大統領、首相、その他政府高官、海軍司令官、地元自治体長などをお招きして艦上昼食会としてフルコースの料理を出したり、多くの方を招待して艦上レセプションを開催したりしています。つまり、そういうことに海上自衛隊は慣れており、特に構えずに淡々と実行できます。

陸上自衛隊で正式の昼食会などでフルコースを出せる部隊など無いですし、航空自衛隊は地元市長を呼ぶ程度が精一杯です。

そういう背景もあり、海上自衛隊が儀礼に関しては圧倒的な知識・経験を持っています。

(筆者は、心の中で、「この意見に文句ある奴がいたら一歩前に出ろ」と呟いています。それほど絶対的な自信を持っています)

そこで、国旗や観閲官に対する敬礼の仕方などについてのセンスが陸上自衛隊と海上自衛隊が異なってきます。経験の差なんです。

観閲式の取りやめは正解!

ただ、そんなことが問題になるような観閲式を取りやめたのは大英断だと思っています。

国民の皆様に見て頂ける貴重な機会だったというご意見もありますが、朝霞や百里、東京湾で行われるそれぞれの式典は参加できる方も限られており、かつ、一般公募もすさまじい倍率で、毎年来られる方々は、知り合いから入手するか、膨大な量のハガキを送って入場券を手に入れており、とても一般国民の理解を進めるようなイベントではなくなっています。

観艦式の乗艦券は、闇市場で数万円で取引されているようです。

今後は、各地方で、地元に密着したイベントが開催され、地元の方々が多く参加できる機会が増えていくものと思います。

海上自衛隊の参加全受閲艦艇が初島の手前で一斉に反転してくる一斉回頭は、艦艇を見慣れている筆者でも「凄いな」と感嘆する眺めで、それが無くなるのは寂しいですが、しかし安全保障上の要請となれば仕方ありません。

自衛隊は、新たな国民の皆様との関係を築く必要があり、それが大きな課題となるはずです。

特に、募集に苦しんでいる海上自衛隊にとっては死活問題です。

弊社も、当コラムはともかくとして、メールマガジンでは、海の魅力を語り、海上自衛隊の募集に微力ながら協力していこうと考えています。