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専門コラム「指揮官の決断」

第17回 

No.017 次席をしっかりと育てよ

カテゴリ:コラム

 指揮官の皆様、次席指揮官をしっかりと育てていらっしゃいますか?
 危機管理においては、次席指揮官の存在は非常に重要です。これがしっかりとしていないと指揮官は休むことができません。常に緊張を強いられる結果、意思決定の質が低下していき、緊急時の決断力が鈍くなっていく恐れがあります。緊張状態が続くと、決断が消極的、保守的になることが研究の結果明らかになっています。
 
 私が海上自衛隊を退職後、商社に入社して営業部長になった時、腰を抜かさんばかりに驚いたことがあります。
 当時私は、営業部で使う接待費をほとんど部長の経費として処理し、営業成績はその契約を担当した営業マンに付けていました。この処理がおかしいという認識は全くありませんでした。ところがこれが人事考課の際に大きな問題となったのだそうです。一番給料を取って、経費も人一倍使っている部長の営業成績が営業部で最低なのはどういう訳だ、ということなのだそうです。
 
 私自身が全く営業をしなかったわけではありません。自分の心当たりを回って脈のありそうなところを見つけ、何度か通ううちに話がまとまることもありました。また、いろいろな会社とお付き合いをしているうちに、先方の役員から私に電話で引き合いを頂いたこともあります。ただ、私の当然の感覚からして、それらの営業成績は、最終的にその契約を取りまとめた担当営業マンに付けていただけなのです。
 
 海上自衛隊の幹部は部下を育てることが自分の仕事だと当然に思っていますので、部下ができるだけいい仕事をするように指導します。したがって、部下が育てば、しっかりと指導したことが評価される代わりに、部下の失敗は上司が責任を負わねばなりません。指導のミスだからです。
 それが当然だと思い込んでいた私にとって、民間企業での評価方法は大変な驚きでした。大学の同級生で卒業後一部上場の総合商社に入社して、その頃役員に昇進していた友人に酒の席で聞いてみたところ、彼もうんざりしたような様子で、「俺たちが入社したころはそんなんじゃなかったけど、今は違うんだよね。部長と次長が営業成績を競わなきゃならんのだ。次席を潰さなければ、こっちのクビが危ないんだ。」と言うのです。
 そう言われてみれば、企業を扱った社会派小説などで、部長と次長の足の引っ張り合いなどが描かれていることがよくあることを思い出しました。
 いろいろな企業の重役が、最近は人を育てるのが難しいと言っているのをよく聞いていましたが、どういうことなのかよくわからなかったのが、ようやく腑に落ちたものでした。
 
 そんな人事評価システムで、人が育つわけがありません。部下をしっかりと育てたことが上司として評価されるシステムにしなければならないはずです。
 
 1990年代後半に日本でも導入が始まり、2000年代になって急速に進展した成果主義、目標による管理がうまくいっているという企業は多くはないと言われます。それは、この人事制度の仕組みが人事部主導で行われるからだという指摘があります。人事部が制度導入に際し、できるだけ定量的な評価をするように制度を作りたがるのですが、なかなか客観的に公平な定量化が難しく、精緻化すればするほど使いづらい制度になり、現場の感覚からずれていくからです。
 この目標による管理、成果主義の人事システムにおいて、「人を育てる」ということが評価項目として考慮されていればいいのですが、当然のことながら、そんな定量化のできないものが評価されるはずがなく、評価されないものに一生懸命になる上司はいません。人が育たない制度になっているのです。
 
 一方で海上自衛隊が何故人を育てるのに一生懸命なのでしょうか。
 一つには、海軍の戦いの特性があります。海軍の戦いは、常にチームで行われます。船や飛行機の乗員が一つの大きなシステムとして機能しなければ戦いに勝つことができません。船全体がシステムですし、船の内部の様々な部署もそれぞれがサブシステムとして機能しています。そして乗員はそれぞれの役割を担っており、誰が欠けてもシステムが機能しなくなってしまいます。当然のことながら一人一人の練度が高くなければそれらサブシステムの練度も高くなりません。したがって、あらゆる部署でそれぞれのチーム員を育てることに力を入れざるを得ないのです。これが海上自衛隊の体質となっていることは疑いようがありません。
 
 もう一つの理由として、軍隊の特性をあげることができます。軍隊というのは敵と戦うことが仕事ですので、当然、犠牲が出ることも予定しなければなりません。自分がいつ倒されるかわからないのです。例え自分が動けなくなっても、自分の職務をすぐに代行してくれる人材を育てておかなければならないのです。そして、そのことが結果的に自分を楽にもしてくれるのです。
 
 私が指揮官として部隊に着任したときに、まず最初に手を付けるのは、次席指揮官を育てることです。副長に自分の部隊に対する指導方針を伝えて理解させ、自分がいなくともその方針通りに部隊が運営されていくように副長を育てるのです。そうでなければ、指揮官戦死の場合に部隊が機能しなくなってしまいます。
 幸いにして、私は次席指揮官に恵まれ、私が言わなくともしっかりと理解して、期待以上の仕事をしてくれる次席、三席の指揮官を得ていたので、私自身は枕を高くして寝ることができ、かつ、あちらこちらに出かけて歩いても心配する必要がなかったのがありがたかったのですが、そうした次席指揮官に恵まれていない部隊の指揮官の心労は見ていて気の毒でした。
 
 次席を育てることをためらう上司は、指揮官としての資質を欠いています。先に私は、指揮官とは「誰よりも耐え、誰よりも忍び、誰よりも努力し、誰よりも心を砕き、誰よりも求めず、誰よりも部下を想わなければならない。」と述べましたが、次席を育てることをためらう上司は、自己の保身に走っているのです。
 次席がいずれ自分の地位を脅かすかもしれないと思うと、次席を育てようとは思わなくなります。むしろ次席を潰そうとするはずです。
 次席が育っていくのが怖い上司は私心が強く、組織の利益を考えようとしない人物ですので、そういう人物を指揮官に補職するような人事をしてはならないのです。
 むしろ、積極的に次席を育てようと一生懸命になっている人材を評価して指揮官に配置する必要があります。
 これらのことを目標による管理、成果主義の人事制度の下で行うためには、経営者自らが制度だけではなく、組織風土を改革してくことに努力しなければなりません。
 
 人を育てる組織でなければ、精強な組織になることはないことを経営者の皆様は銘記しなければならないのです。