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専門コラム「指揮官の決断」 

No.019 人が育たないと嘆く前に

 いろいろな組織の方とお話をすることがありますが、特に企業の方々とお話をすると、よく「人が育たない。どうすればいいでしょうか。」と尋ねられることがあります。
 この質問を受けるたびに私は、「いったいどのような人材を育てようとしておられるのですか?」と伺うことにしています。目的によって方法は当然違ってくるからです。

 ところが、大方の経営者の方から、「それは、そのー」というお答えで、明確にどのような人材に育って欲しいという人物像をはっきりと示す経営者の方は多分5人に一人くらいです。
 つまり、漠然と自分たちの頃に比べて若い人が頼りなく、一生懸命に勉強しているように見えない、やる気がない、と感じてはいるのですが、経営者の方も、それではどういう人材に育てようという具体的なビジョンをお持ちではないのです。
 どういう人材に育てようという具体的なビジョンなしに、人が育つと思ったら大間違いです。

 かつて、海上自衛隊で地方の部隊の指揮官を勤めていたころ、地元のライオンズクラブ、ロータリークラブ、経済同友会などの経営者が多く集まる会合で、海上自衛隊ではどのように人を育てているのかを話をして欲しいとリクエストされて、講話に伺ったことが何回かあります。
 特に教育部隊の指揮官であった時には、この種の講話の回数が多かったように思います。
 そこで海上自衛隊の教育システムについて話をするのですが、大抵の経営者の方々は驚かれると同時に、それはビジネスの世界では無理だとおっしゃるのです。

 海上自衛隊の教育の特色は、教育機関における教育だけを教育と見做していないことです。
 日常の部隊勤務において、具体的な実務についている際も、それを教育や訓練の観点からも見て、監督しているのです。

 例えば、車両の運転に当たる隊員がいます。運転といっても大型の輸送用トラックの運転、人員輸送車両の運転、VIP送迎用乗用車の運転であったりと、同じ運転でも異なる技量や注意が求められるのです。
 運転を終えて帰ってくると、記録を付けます。それは車の整備のためにも必要であると同時に、運転員の技量を管理する上でも必要なのです。
 例えば、輸送用トラックによる輸送業務を一定距離無事故で行ったとします。その時点で、検定員の資格を持った隊員が同乗して、彼の運転技量を確認します。そして、問題がないとすれば、輸送用トラックの操縦に関して、それなりの技量を持っていることを証明するのです。
 必要があれば、それなりの注意を与え、指導をします。
 同じことはVIP送迎のための乗用車の運転員についても行われます。こちらは貨物輸送とは異なる注意が必要で、儀式に乗り入れたりすることもあるため、プロトコールについても知らなければなりません。
 このようにして実務を通じて、本人の技量や経験を把握し、それなりにランクを付けていき、必要な指導をしながら高い技量の隊員に育てるのです。
 このような教育、指導はあらゆる場面で行われています。つまり、日常のどの業務をとっても、すべて教育であり、訓練なのです。
 若年幹部に対しても、同じようにその直属の上司が、いろいろな業務を経験させながら、どこまで任せても大丈夫であるかを常に評価しています。

 このようなお話をすると、大方の経営者の方々は、それはとてもうちのような小さなビジネスでは無理、とおっしゃるのです。5分前までは、「わが社の財産はヒト」とか、「ヒトを育てることが最も重要」とおっしゃっていたはずなのです。
 人を育てるということは、全人格的な作業であり、周到に計画された段階を追って、ある時はプレッシャーをかけ、ある時は教え、ある時は自ら学ばせという工程をこなしていかなければなりません。簡単にできることではないのです。
 わが社の財産は「ヒト」であるなどという掛け声や、研修に予算を使えば人が育つと思ったら大間違いです。
 私が「人が育たない、どうすればいいか」と尋ねられるたびに言いたくなるのは、「そもそも人を育てようとしておられますか?」ということなのです。
    
 「人を育てていますか?」と質問して、「してますよ」とお答えになる経営者の方もいらっしゃいます。教育訓練計画を毎年作り、予算もそれなりに取っているというのです。
 そこで、「まさか、教育や研修を外注したりしていないでしょうね」と伺うと、ほとんどの経営者の方は絶句されます。
 なぜなら、自社内で教育しようにもそのノウハウがなく、担当者もいない。そもそもうちの社員にはそんな余裕はない、外部の専門の会社に担当してもらうのが効果が高い、と信じておられるからです。

 例えば、新入社員教育では、名刺の渡し方、電話の応対、「ホウレンソウ」などということが専門のセミナー講師から要領よく、研修者を飽きさせない話術で説明されます。
 セミナー専門会社の行う新入社員教育というのは、中身はどこをとってもそれほど変わるわけではありません。新入社員として必要な社会的な常識などを教えるのがその目的ですので、突飛でもない内容であるはずがないのです。
 そこでセミナーの運営会社は、新入社員に飽きさせない構成や印象に残る講師の派遣などの面で他との差別化を図ります。
 なので、自社で行うよりもはるかにスマートに、効率的な教育となるわけです。
 担当者としても、自社で行うとすれば、それぞれのインストラクターとなる社員とのスケジュールの調整など大変な思いをするのですが、外部に発注すれば楽ですし、同じようなセミナー会社がひしめいているので、単価も高くありません。
 たしかに効率的です。しかし、この効率的な教育がどれだけ新入社員の心に残るのでしょうか。
 
 電話の受け方や名刺の渡し方などは総務課長が教えればいいのです。
 トツトツとでもいいのです。自分が新入社員の頃にやった失敗などの話をしながら、なぜわが社ではこういうやり方をするのかを合わせて説明してやれば、総務課長という人がどういう人なのか新入社員は皆わかります。
 あるいは秘書の中のお局様のような人がいればその人にやってもらえばいいのです。
 社長秘書などというと新入社員にとってはとっつきにくいイメージが先行しますが、それが払しょくされます。

 初任係長研修なども同様で、人事考課の仕組みや週報・月報の書き方のポイントなど管理職に必要な業務について、それぞれ担当の課長や部長が、自社の状況や自分の経験などを織り交ぜて教えればいいのです。それが、若い社員にとって普段話をしたことのない上級幹部社員と触れ合う機会になりますし、専門のセミナー講師が喋る一般的な内容と異なり、自社の特殊な事情なども理解できることになります。
 また中間管理職に対して、役員が輪番で、自分が若い時から現在に至るまで、どの段階でどのようなことを考え、どのような本を読み、どのような勉強をしていたかを1時間程度でいいから話をする機会を四半期に一度程度設けるのもとてもいいことだと思います。
 「勉強をしなさい。」といくら掛け声をかけても、何を勉強すればいいのか若いときにはよくわからないのです。そこで勘違いして資格を取ることが勉強だと思っている社員は山ほどいます。役員がその地位になるまでどのような勉強をしてきたかと言うことは、若い社員にとっては非常に参考になるはずです。また、自社のDNAを継承させるのにも大きく役立ちます。

 もし、それらの幹部社員が忙しくて、そういう教育まで首が回らないということであれば、それはその会社の業務がそもそもおかしいのであって、そちらから見直す必要があります。止めどない会議は何時間も行うが、社員を教育する時間がないということはあり得ないのではないでしょうか
 先日お目にかかった経営者の方は、「ウチの総務課長は、そんなことはやらないだろうな。」とおっしゃいましたが、それはその総務課長が新入社員の時にそのような教育を受けなかったからです。新入社員教育を自社の課長や秘書から受けた社員は、自分がその配置に就いたら当然のごとく引き受けるはずです。

 部下を育てる、社員を育てるという作業は管理職にとって極めて重要な任務であり、それすらできないほど現業に縛り付けられているというのは、そもそも業務のありかたが間違っているのです
 そういう意味でも、自社で教育をやってみるというのは、一つの試金石になるはずです。そういうことが淡々とできる組織でなければ、健全な運営がなされているとは言えません。
 やる気にさえなれば、社長は自分の背中で教えることだってできるのです。