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専門コラム「指揮官の決断」 

No.038 「演習」と「訓練」

 先に「図上演習の秘密」という記事を掲載しました。(http://aegis-cms.co.jp/581)
 この中で「訓練」という言葉と「演習」という言葉が使われています。記事の中で私は意味を分けて使っているのですが、紙面の都合でその違いを説明していませんでした。しかし、この記事を読んだある方がそのことに気が付き、「訓練」と「演習」の違いはどこにあるのかとお尋ねになりました。
 
 今回はその違いについてご説明いたします。
 
 これまで数多くの図上演習のセミナーやコンサルティングでお話をしてきましたが、私は「演習」をテーマに話をしてきました。「図上訓練」を指導しているコンサルタントは多いので、そちらは彼らにお任せしているのです。
 私は、「演習」を指導しているのではなく、「演習」を指導できるようになることのお手伝いをするのを専門としています。したがって、この「演習」と「訓練」の違いが理解されていないと私の話をしっかりとご理解頂けないので、いつも両者の違いをまず説明してから話を始めています。
 
 最初に「演習」という言葉と「訓練」という言葉を使い分けている方がおられるかどうか伺うのですが、何となく違うような気がするという程度で、しっかりとした使い分けをされている方にお目にかかったことがありません。
 
 通常はほとんど同じ意味で用いられているのだと思います。思いますという言い方をしているのは、私にとっては全く意味が異なるのですが、圧倒的多数の方がその違いを意識せずに使われているので、どちらかというと私がマイノリティなのかもしれないと思ったりしているからです。
 
 一般的に「訓練」はいろいろなレベルでいろいろなやり方があるが、その中でも特別大規模で、大きな組織などが行うものを「演習」と呼ぶのではないかと受け取られているように見受けられます。
 
 それはそれで間違いとも言いきれないのですが、軍隊では「訓練」と「演習」は明確に区別があります。
 ただ、軍隊では必要上、独自の区分けをしていますが、それが普遍的に正しいという申し上げるつもりもありませんし、警察や消防組織がどう定義しているのかは承知していません。ひょっとすると軍隊とは別の区分をしているかもしれません。
 
 軍隊では「訓練」は練度の向上を目的として行われます。
 一方の「演習」が練度の向上を目指していないわけではないのですが、直接的な目的は「検証」です。
 
 「訓練」は個人や部隊の練度の向上を目指していますので、その効果が最大限に上がるように様々な工夫がなされています。極めて初歩的・基礎的なレベルから高度に複雑なレベルへ段階を踏むのが普通です。
 
 「演習」はその練度がどのレベルにあるのか、あるいは立案された計画に何か問題はないのか、その計画に従うとどういう結果になるのかを検証してみる場合などに行われるのが普通です。
 したがって、大きな作戦を実施する前には、その作戦計画が出来るまでは部隊は一生懸命に訓練を行いますが、計画が実際に実施可能かどうか、その成果はどの程度上がるのかを確認するために演習も行うのです。やってみると、計画段階で発見されなかった問題点や矛盾点が表面化することがあるからです。

 例えば、港内にいる敵を攻撃する計画を検証するとします。先に燃料タンクを攻撃して大火災を起こさせて敵の反撃能力を低下させることが企図されていても、その他の目標を攻撃する任務を与えられた部隊から、煙で目標が見えないおそれがあるなどの問題が指摘されてくるかもしれません。
 個別に訓練を行っていては分からない問題があることが検証作業を行うと分かるのです。したがって、上陸作戦など陸・海・空の連携が必要な作戦では、本番の前に目的地の近傍のできるだけ似たような条件の場所でリハーサルを行うのが鉄則とされています。

 それでは「演習」と「訓練」がどう違うのか、具体的な例で説明しましょう。

 石油コンビナートと地元消防署の合同演習が行われるとします。
 現場からの火災発生の通報を受けて、施設では自衛消防隊が活動を始めます。
 地元消防署も施設からの通報を受けて直ちに出動します。しかし、途中の道路が大型車同士の衝突事故の処理で閉鎖となり、迂回路も大渋滞で消防車が目的地に到底たどり着けないという事態を生じてしまいました。

 演習であれば、それでいいのです。現実にそういう事態が起こったのであり、実際のコンビナートの火災でもそのような事態が起こり得るのですから、その場合の対策を検討する必要があることが分かったのです。そのような問題点を抽出できたことに演習を行った意義があったことになります。

 一方でそれが訓練であれば、自衛消防隊と地元消防署の連携要領も確認できず、放水訓練もしていないので、ほとんど成果をあげられなかったことになります。したがって、地元消防署はあらかじめコンビナート付近に進出して待機し、通報があったという想定で進入を開始するなどの必要があるでしょう。

 受験勉強をするときに、参考書を読みながら練習問題を解くのが「訓練」で、模擬試験を受けるのが「演習」だと考えて頂ければ大体お分かりいただけるかと思います。
 
 英語では訓練は”drill”とか”training” と呼ばれ、演習は”exercise” と呼ばれるのが一般的です。
 
 危機管理においては、訓練と演習の双方を行うことが極めて重要です。
 
 建物で火災が発生した時、その火災を発見した人が消火器がどこにあるのかを知らなかったり、その消火器の使い方を知らなかったりすると初期消火ができません。
 
 したがって消火器の使い方などをしっかり訓練しておく必要があります。
 しかし、消火器がどこにあるのか知らない、あるいは消火器を使うことができないという人がいるということは普段はなかなか分かりません。
 消火器格納箱はそれとはっきりわかるように目立つ表示がされているはずですし、普通に備えられている消火器はノズルを火元に向けてレバーを引くだけですので、本当に初期の段階の火災なら誰にでも消せるはずです。(これがカーテンに燃え移ったりしていると、なかなか素人の手には負えなくなります。)
 年に一度でも防火訓練を行っていれば消火器がどこにあるのか知らないという人や使い方が全く分からないという人がいるとは普通は考えないのですが、実際にはたくさんいます。
 とっさにどこにあるのか思い出せなかったり、火を見て怖さの方が先に立ってしまったりするので、誰でも初期消火ができるとは限らないのです。そのような実態は防火訓練では分かりません。訓練では、教えたのでできるはずなのです。
 
 ところが、防火演習をやってみるとすぐ分かります。訓練ではわからないいろいろな問題が浮き彫りになることが多いのです。
 
 サプライズでいきなり「休憩室のごみ箱から煙が上がっている。」などの想定を出してみると、意外にそこにいる人の誰も対応できなかったりします。
 
 あるいは中央階段が火災の煙で使用できないという想定で演習をいきなりやってみると、非常階段への出口に鍵がかかっていたり、荷物置き場になっていて一人ずつしか通れなかったりする実態が明らかになることがあります。
 これが訓練であれば、訓練通路が事前に片付けられ、鍵が開けられるのでそういう問題が発覚しないおそれがあります。

 かつて勤務していた商社に着任して間もなく、防火訓練を行うので監督して欲しいと言われて見ていたことがあります。
 
 要領を確認すると、ある時間になると総務部長の指示で火災発生の想定が出されて訓練を始めるということでした。
 
 火災は人気のない倉庫で、タコ足配線のソケットに積もったゴミが原因ということだったので、「一応、この建物では蓋然が低くはない話だな。」と思ったのですが、どうもその後のストーリーが気に入らかったので一計を案じました。
 社長室のお局様のような存在の秘書に頼んで、火災報知機のボタンを押し、火災発生の放送を入れる役の総務課の女性社員を最上階の社長秘書のところへ呼び出してもらったのです。
 私が総務課の彼女の前に座り込んでいる時に示し合わせた通り彼女に呼び出しの電話がかかって彼女が困ってしまったようなので、「後は私が何とかしておくから。社長が用事で呼んでいるのかもしれないから急いだほうがいいよ。」と言って最上階に行ってもらいました。彼女は結局お局様の指示で防火訓練の間中、秘書室に留まらされていました。
 
 結局、総務部長が合図しても火災警報器のボタンを押す人がおらず、誰かが代わりに押すかと思ったら、皆で行方不明の担当の女性を探し始める始末です。さすがに総務課長が自分で報知器を鳴らし、放送を入れていました。
 
 また、倉庫の奥には別の部屋があり、本社と同居している支店のミーティング用の小部屋があります。本来は反対側から外に出るドアがあるのですが、大型のコピー機やシュレッダーの導入によりそのドアが閉鎖されているのを事前に見て回った私は気が付いていました。そこでミーティングをしたり資料の分類をしている人たちは、倉庫の中を通って廊下に出なければならないのです。
 
 私は火災発生の放送と同時に倉庫に入り、初期消火失敗の想定を出すと同時に、奥から出てくる人たちを足止めにしました。
 建物の外では点呼が始まり、異常なしという報告が総務部長に届いたところで頼んでおいた地元消防署の消防官からAEDの使い方についての説明をしてもらい訓練は終わりました。つまり、最初の火災報知器で若干バタバタした以外は予定通り終了ということなのです。
 
 後から外に出てきた私は、解散しようとする皆を呼び止め、倉庫の奥にいた支店の社員が4名焼死した旨を告げました。また、総務課の女性社員が1名行方不明のはずなのに異常なしとはどういうことなのかを尋ねました。
 
 ここに訓練の限界を垣間見ることができます。よほど周到に設計された訓練でなければ、突発事項に対応することができないのです。
 
 本社社員の誰も倉庫の奥に支店社員がいる可能性があることなど気に留めていませんでした。支店社員は防火訓練に参加するように言われていましたので、火災発生と同時に火元も確認せず、倉庫の中を通って廊下に出ようとしました。そもそも火災報知機を押す役の社員がその場にいないと報知器すら鳴りません。
 
 この会社の防火態勢にそういう問題が内在していることは、訓練だけ行っていても見えてこないのですが、演習を行うと一挙に表面化します。そこで倉庫の奥の部屋へ出入りするための部屋のレイアウトが検討されたり、火災発生を発見したら誰でもためらわず報知器を鳴らすことができるよう訓練しておくことの重要性が認識されたりするのです。
 
 訓練と演習はどちらも大切なのです。
 
 シナリオのとおりに淡々と行われる訓練だけいくら繰り返しても、本当の危機に見舞われた時にほとんど対応できないと考えておくことが必要です。