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専門コラム「指揮官の決断」

第42回 

残燃料なし!

カテゴリ:コラム

まともな航空会社が運航している旅客機が飛行中に燃料が無くなって事故になるということがあるのをご存知でしょうか。

航空事故の原因として燃料切れということはそれほど珍しくはありません。

多くは未熟なアマチュアのパイロットが燃料計算を誤ったり、あるいは飛行中に自分の位置が分からなくなり、飛行場を探しているうちに燃料が切れたりするためです。

プロでも起こり得るのは、目的の飛行場に近づいてみたら気象状況等により着陸ができず、予定していた代替飛行場も使えないなどの条件が重なった場合に残燃料が厳しくなることです。私の知人のパイロットでは、代替飛行場が2つ使えず、ようやく探した飛行場に滑り込んで、滑走路からタクシーウェイに入ったところでエンジンが止まったという経験を持っている者がいます。

私も操縦資格を持っていますが、飛ぶ時は燃料は必ず搭載できる量一杯を積んでいきます。小型の小馬力のエンジンの飛行機の場合、積んでいく荷物や搭乗人数によっては燃料を満載すると離陸できないことがありますので、フライトプランを作る際に燃料の必要量を算出し、さらに搭載可能量を計算し、両者の兼ね合いを見て搭載量を決めるのですが、大抵は重量制限が許す限り一杯積んでいきます。空中で何か起きた際、残燃料の量により時間を稼げるからです。

大型の旅客機などでは必ずしも燃料タンクを満杯にして出発するわけではありません。

昔は一杯にして出発していたこともあるようですが、燃料価格が高騰してきたため、厳密な計算をしているようです。

なぜなら、搭載量が大きいと、その分だけ飛行重量が大きくなり、消費燃料が多くなるからです。つまり倍の燃料を積むと倍の距離を飛べるということにならないのです。それでもたくさん積んでいけばそれだけ何か起きた時にパイロットとしては心強いのですが、経営の要求によって贅沢は許されないようです。

今回ご紹介するのは、最新鋭のボーイング767が通常の飛行中にいきなり空中で燃料が無くなってしまったという事例です。

1983年7月23日、カナダのモントリオール国際空港を離陸したエア・カナダ143便は乗客61名乗員8名を乗せ、オタワを経由してアルバータ州エドモントンに向かっていたところ、オンタリオ州の上空12,000mでガス欠により全エンジンが停止してしまいました。

ボーイング767は当時の最新鋭の旅客機であり、多くの計器がデジタル化され、コンピュータのスクリーンのページを切り替えながら確認するという、完全ではないもののグラスコックピットを採用した最初の機体でした。

この事故の発端は、燃料搭載量情報システムが故障していたため燃料計側棒によって直接搭載量を計測しなければならなくなったことにあります。ところがこの頃、エア・カナダではヤード・ポンド法からメートル法への移行の最中であり、当該機はメートル法を使う機体だったのです。必要な燃料の重量の計算は正しかったのですが、その重量を給油する際の容積に換算する際、キログラムとリットルの換算に使う比重ではなく、ポンドとリットルの換算に使う比重で計算してしまいました。

全くの偶然なのですが、給油担当者も2名のパイロットも同じ過ちをしたため、何回検算しても問題とされませんでした。それでも機長はシステムの故障が気になっていたため、経由地のオタワで再計測を行うこととしてモントリオールを出発しました。ところが、このオタワでも同じく誤った換算係数を用いて燃料計測が行われたため、燃料が絶対的に不足していることに気が付かずオタワを出発してしまいました。

この結果、同機はオンタリオ州レッドレーク上空で警報装置が作動し、まもなく全ての動力を失ってしまいました。

全ての動力を失うと発電機も停止するため、デジタル計器は使えなくなるのですが、幸いなことにこの初期の767には若干のアナログ機器も残されており、対気速度計、高度計、方位磁石、降下率計などが電力なしに動いていました。さらに操縦に必要な油圧を作るために、動力を失った際には機体側面に風車のようなものが出て来て、風力発電をすることができ、かろうじて操縦できる程度の油圧は確保することができたのです。

パイロットたちは近くの空港であるウィニペグへの緊急着陸を考えましたが、降下率から計算するとどうしても辿り着くことができないことが分かりました。そこでカナダ空軍のパイロットだった副操縦士がより近くにギムリー空軍基地があることを思い出し、同機はそちらに向かったのです。

ただ、この副操縦士は知らなかったのですが、同基地は彼の退職後閉鎖され、滑走路は自動車の競争などに使用されていました。この日も家族連れが大勢集まりBBQやレースを楽しんでいたのです。

このギムリー空軍基地はかなり近いところにあったので到達することは不可能ではなかったのですが、動力を失っている航空機は着陸のやり直しができません。近付いてみるとかなり高度が高すぎることが分かりました。通常、こういう場合は空港に達する前に旋回して高度を落とすのですが、そうすると高度が下がり過ぎてたどり着けなくなる恐れもあります。

また、エンジンが止まっているために逆噴射ができないため、着陸後のスピードが速いと滑走路の先端を飛び出してしまう恐れもあります。

つまり、滑走路に達する前に適当な高度に降り、その時点で十分に速度を落としておかなければならないですが、それが早すぎるとたどり着けないということになってしまうのです。

エア・カナダきってのベテラン操縦士であったピアソン機長は驚くべきことに、ここで767をフォワードスリップさせたのです。

フォワードスリップというのは、主としてグライダーが着陸の際に用いるテクニックです。

小型の飛行機にとって強い横風の中で着陸するのはかなりの技量が必要です。小型機は重量が軽く、着陸する際の速度も遅いため横風の影響が大型機や速度の速いジェット戦闘機などに比べると大きいのです。

横風が強い時、小型の飛行機は滑走路に進入するため、ラダーを使って機首を風に向けます。そのままであれば滑走路の延長線上からそれてしまいますので、滑走路の方向に向けて機体をバンクさせます。傾けるのです。そうすると、機体は風上を向きながら滑走路に向かって横滑りをしながら降りていくことになります。

このまま接地してしまうと傾いた側の脚が先に横向きに接地してしまい大事故になるため、接地直前に機首を真っ直ぐに向けなおして着地します。

このテクニックは私も強い横風の着陸を強いられた時には使いますが、小型機のパイロットはこれができないと横風での着陸ができないので必須のテクニックです。これをサイドスリップといいます。

フォワードスリップというのは、さらにバンクの反対方向にラダー操作を行い、機体に受ける風圧面積を大きくして速度を落とすと同時にバンクによって高度を下げるテクニックです。

グライダーのように動力がない飛行機は着陸復行ができないので、滑走路の近くまである程度の高度と速力を保つ必要がありますが、しかし、着陸時にはそれなりの速度に落としておかなければならない場合によく使われるテクニックですが、大型機で使われることはありません。

しかし、このエア・カナダ143便の場合は、動力がなく着陸復行ができないばかりか、接地する際の速度が速すぎると逆噴射もできないために滑走路を飛び出す恐れがあったため、最適の降下率、速度でアプローチしなければならなかったのです。

やり直すことができない着陸だったのです。

ピアソン機長は趣味でグライダーの操縦教官を務めるベテラングライダー乗りでもありました。そのため、このフォワードスリップには十分な経験を持っていました。

ギムリー空軍基地に近づいた143便は、降着装置を降ろそうとしたのですが、油圧が足らなかったため自重で降ろすしかありませんでした。ロックを外すと自重で降りるのですが、前輪が想定外の角度で降下していた機体に受ける風圧で押し戻され、降りた状態でのロックができませんでした。

143便が滑走路に近づいてみると、滑走路内には家族連れがレジャーを楽しんでおり、着地すると同時に逆噴射のできない機体をパイロットたちは停止させるために思い切りフットブレーキを踏み続けました。

前輪がロックされていなかったことが幸いしました。

ロックされていない前輪にも強力なブレーキがかけられた結果、いろいろなタイヤがパンクするとともに前輪が引っ込んでしまい、機首が滑走路にこすりつけられ、胴体着陸となってしまったのです。この結果、逆噴射はできなかったものの、前のめりになって大きな抵抗のため、滑走路の端でBBQを楽しんでいた家族に突っ込むことなく143便は停止しました。

レッドレーク上空で燃料の不足を告げる警報が鳴ってから29分後のことです。

この29分間にパイロットたちはウィニペグ空港へのダイバートを考慮し、計算の結果たどり着けないことを確認し、ギムリーに目的地を変え、航法装置の援助を得られないままにかろうじて動いていたアナログ計器を頼りにグライダーのような滑空を続け、最後に驚異的な操縦技量を発揮して一人の犠牲者も出さずに生還したのです。

このフライトはいろいろ意味で奇跡のフライトということができます。まず、そのようなガス欠が起きたこと自体、とんでもない偶然が重ならない限り、起こりえないことなのです。そして、ガス欠となった後の措置は、それこそ奇跡が重なって見事に滑走路に滑り込むことができたのです。

いろいろな教訓を得ることになりました。この結果、システム上の改良が多数なされました。しかし、この事故から得られた大きな教訓の中で見逃してはならないのは、パイロットたちが、最終的には自分の操縦桿を握る技量が乗客の生命を救うことになるという自覚を持ったことです。

最新の航空機がシステムにより運航されるようになり、パイロットはそのシステムをモニターするのが仕事にならざるを得ない立場に追い込まれようとしていました。新しいシステムを使いこなすだけで多くの時間を取られるのです。

しかし、この事故の教訓から、彼らはもっと始原的な操縦桿を握る技術の重要さに気が付いたのです。

しかし、航空機開発の動向は二つの方向に分岐していきます。

一方はシステムも故障することもあり、そもそもプログラムに通常では発見できないバグがあるおそれがあることを前提として、最終的にはパイロットがシステムに反する操縦をすることを許容する方向です。もう一方は、パイロットはミスを犯すという前提で、最後はパイロットの自由にさせずシステムが正しい操縦を続けるというものです。

前者はボーイング社の航空機に顕著にみられる傾向であり、後者はヨーロッパのエアバスなどに見受けられる傾向です。

どちらが正しいのか、なかなか難しいところです。様々な航空事故を分析してみると、パイロットの信じられないような基本的なミスが原因の場合も多いのですが、システムが不適当なコントロールを行い、パイロットが必死になって修正しようとしても無駄に終わった大事故も多々あります。

この問題は航空関係者のみに関わるものではなく、私たちにも目の前に突きつけられている問題でもあります。

自動車の自動運転の実用化が目前に迫っているのです。

道路上で他の車や歩行者との接触による事故を防ぐためには、極めて高度の制御技術とアルゴリズムが必要になります。そしてその結果実現する自動運転をどこまで機械に任せるのかが真剣に議論されなければなりません。その動向によっては免許制度も大きな変更を迫られるかもしれません。

いよいよ事故が避けられないとなった時に、自動車をコントロールするのは誰なのか、それは私たちに突きつけられている問題なのです。

ギムリー空軍基地に緊急着陸したエア・カナダ143便は、損傷の程度が軽かったため、現場で応急修理をして2日後に自力で離陸して戻りました。そして、その後2008年まで現役の旅客機として運行されましたが、その機体は「ギムリー・グライダー」という愛称で呼ばれました。燃料切れによる滑空での着陸に由来していることは言うまでもありません。