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専門コラム「指揮官の決断」 

専門コラム「指揮官の決断」 No.059 国連軍司令部

 北朝鮮情勢に関し巷では様々な憶測が流れています。
 さすがに新聞紙上や公共の電波を使うテレビでは慎重な報道が行われていますが、それでも評論家の中には米朝衝突の可能性が相当高いと分析する方も多く、またネット上の無責任なメディアでは、年内に米朝開戦必至、米国は攻撃準備完了などという噂が駆け巡っています。極東を行動中の米空母が3隻になったことから、この類の噂話が背びれ尾びれをつけてネット上を賑わしているようです。
 私は軍事ジャーナリストではありませんし、当コラムも軍事問題を扱うコラムではありませんので、本件に関する言及は必要最小限に留めますが、北朝鮮の沈黙が意味するものは、一言で言えば、水面下での交渉が続いているということです。

 この交渉の状況がどのようなものか、推測の域を出ませんが、北朝鮮がとうてい呑むことのできない条件ではないことは推測できます。
 ただし、いろいろな駆け引きが行われている場合には、何が引き金となって一挙に最悪の状態を惹起するか分かりませんので要注意です。

 米国の開戦準備についての論評は、先月、極東・朝鮮半島周辺で米空母3隻が行動したことを根拠としているものが多いのですが、この事態はもっと冷静に見つめる必要があります。
 ロナルド・レーガンが朝鮮半島付近を行動したのは米韓軍事演習参加のためで、北朝鮮へ圧力をかける目的があったことは明白ですが、ニミッツはペルシャ湾で米海軍第5艦隊司令官の指揮の下で作戦していたものが任務を終えてサンディエゴへ帰投するところであり、一方のセオドア・ルーズベルトはその交代のためにこの海域に入ってきたものであり、かねてから計画された行動です。
 朝鮮半島の情勢を睨んで、予定を若干変更して日本海で北朝鮮を牽制するために共同訓練などを行っているのであって、戦闘準備をしている訳ではありません。

 北朝鮮を相手に戦争を始めるということは、かつての湾岸戦争の相手であったイラクと戦うのとはまったく事情が異なります。
 
 湾岸戦争は米国を中心とする多国籍軍が隣国サウジアラビアを拠点として6か月にわたって準備を行い、1か月以上の空爆を敢行した挙句地上戦に突入して終結しましたが、北朝鮮に対してはそのような作戦を取ることが出来ません。私は当時米国海軍への連絡官として米国に駐在しておりましたので、彼らがどれだけ苦しんで開戦を準備したかを目の当たりにしていました。
 韓国でそのようなビルドアップを行えば、たちどころに戦争となってしまいますし、そのような事前の入念な準備無しに電撃作戦を行うには北朝鮮の軍事力は強力すぎます。
 最初の一撃で政権を破壊できなければ、韓国を巻き込んだ凄まじい犠牲が出ることを覚悟しなければなりません。
 米国はそのような作戦を空母3隻で始めるような国ではありません。

 もう一つ、北朝鮮に関しては米国が簡単に開戦できない事情があります。
 この事情についてマスコミで語られているのを見たことがないので、どの評論家も気が付いていないのかと不思議に思うところです。

 それは、日本に国連軍司令部があることの意味は何かということです。

 日本に国連軍司令部があるというと、多くの方が「エッ!」という顔をされます。
 私の方がびっくりするのですが、日本の多くの方がその事実をご存じないらしいのです。

 歴史上、国連軍というのは一度しか編成されたことがありません。
 しかも国連憲章が規定する安全保障理事会が指揮する国連軍ではなく、米国が指揮する特殊な国連軍が朝鮮戦争に際して組織されました。
 この朝鮮戦争は休戦協定が結ばれ、現在はその休戦状態が続いていることは皆さまご承知のとおりです。
 
 朝鮮戦争中の国連軍司令部は当時日本の占領を指揮していたGHQのあった東京に置かれていましたが、休戦協定締結後韓国に移りました。
 
 一方、この休戦協定により日本は米、英、仏など10か国と国連軍地位協定を結び、その結果、座間に国連軍後方司令部が設置されました。
 この国連軍後方司令部は2007年に横田に移転しています。

 休戦協定によれば、朝鮮半島から国連軍が撤退するまで設置され、国連軍撤退が完了した後90日以内に日本から撤退することになっています。しかし、国連軍は、休戦状態であるために廃止されておらず、まだ法的には撤退していません。したがって、日本国内にある国連軍後方司令部も機能しているのです。

 司令部と言っても、国連軍構成国の駐在武官団との連絡調整が主な任務であり、司令部要員は軍人が3名、軍属が1名にすぎません。

 しかし、在日米軍基地のうち7か所が国連軍施設に指定されていることは知っておいて損はないでしょう。
 次の7か所です。
 1 キャンプ座間
 2 横須賀海軍基地
 3 佐世保海軍基地
 4 横田空軍基地
 5 嘉手納基地
 6 普天間基地
 7 ホワイト・ビーチ(沖縄県勝連)

 これらの国連軍基地は、現在も必要に応じて国連軍参加各国により使用されています。艦船の入港は年10~20回程度、航空機も10回程度飛来しています。
 私もフランス海軍のフリゲートが国連軍の旗を掲げて航行しているのを見たことがあり、また日本に訓練のため国連軍の肩書で飛来したオーストラリアの哨戒機の搭乗員たちと飲んだことがあります。

 つまり、日本には米軍だけではなく、国連軍も駐留しているのです。
 意外にご存じない方が多いのですが、横須賀や佐世保の基地に日の丸と星条旗とともに国連軍の旗が掲げられていることがあります。国連軍の旗は常時ではないようですが、何かの際に掲げるのでしょう。
 横田基地はさすがに後方司令部がありますので、いつ見ても国連軍の旗が掲揚されています。

 このように、現実に朝鮮戦争の休戦状態が維持されているということは、その当事国である米国が北朝鮮を相手に戦争を始めるとすると、国連軍の枠組みとの関係を整理するのが大変であるということを意味します。
 なぜなら、国連軍司令官は米韓連合軍司令官である米国軍人が兼務しており、一方が休戦状態であるにもかかわらず米軍が単独で戦争を始めることは大きな矛盾を生じるからです。
 また、米国が単独ではなく、国連軍として北朝鮮の休戦協定違反を口実に開戦するには、国連安全保障理事会の決議が必要であり、事実上、実行不可能となります。

 この論点を考慮しないと北朝鮮情勢を判断することが出来ないはずなのです。
 何故か評論家の方々の論評にこの論点がないのが気にかかっています。