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専門コラム「指揮官の決断」

第60回 

専門コラム「指揮官の決断」 No.060 クライシスマネジメントは事業を成長させる危機管理

カテゴリ:コラム

 私が「危機管理のコンサルティングを専門としています。」と自己紹介すると、10人中9人くらいの方が、リスクマネジメントの話を始められます。
 仕方がないので、「クライシスマネジメントです。」と申し上げるのですが、怪訝そうな顔をされるのが普通です。
 
 どうも世間には誤解が蔓延っているようで、「危機管理」、「リスクマネジメント」、「クライシスマネジメント」の概念が理解されていません。
 英語を母国語とする人々の間での ”Crisis Management” と “Risk Management” の議論には明確な区別があるのですが、日本ではどうもそれらの概念が絡み合って混同されているようです。
 いつもそれを説明するのが面倒なので、何か文章に書いておこうと思ったら一冊の本になってしまったのが、先に出版した『事業大躍進に挑む経営者のための「クライシスマネジメント」』です。

 詳しくは拙著を読んで頂くのが一番いいのですが、このコラムを読んで頂いている方に特別サービスとして、この概念を整理してお届けします。
 実は、この論点はこのコラムでも以前に「リスクマネジメントVSクライシスマネジメント」というタイトルで取り上げたことがあります。
 No.033 リスクマネジメントVSクライシスマネジメントをご参照ください。(このタイトルをワンクリックでお読みいただけます。)サメとイルカの写真で覚えておられる方も多いかと存じます。
 この記事で私があまり強調しなかった論点が一つあります。
 今回は、その論点について簡単に述べたいと思います。
 
 この時、私が申し上げたのは「リスクマネジメント」と「危機管理」は厳密には別物だということです。
 リスクマネジメントは文字通り「リスク:危険性」のマネジメントです。危険性をどう扱うのかが課題です。
 リスクをどう扱うか、そのリスクを取るのか取らないのかというのは重要な経営判断です。あらゆるリスクを避けていると、あらゆるチャンスをものにすることが出来ないからです。
 
 選択や決断はリスクを伴うのが普通です。
 一つを選ぶということは他を選ばないということですし、選んだことが良かったかどうかは結果でしか分からないからです。
 したがって、リスクを慎重に評価し、そのリスクを取るか取らないかを冷静に判断しなければなりません。
 例えば、配偶者を選ぶということは、他の無数に多くの人々を選ばないという決断です。極めて慎重でなければならないはずです。
 しかし、「○○は盲目」と言われるとおり、通常は冷静かつ慎重な判断などしないので、後で後悔することになります。(私は全く、全然、なんにも、ちっとも、一切、何の後悔もしていませんが。)
 
 リスクマネジメントというのは、このリスクを取るか取らないかの判断をしっかりと行い、リスクを許容すべきと判断された場合には、リスクが現実となった際に、そのダメージを極力小さくする方策を講ずるのが任務です。
 これがしっかりとなされていないと、取らなくてもいいリスクを取って大損害を被ったり、取るべきリスクを取らずに、せっかくのチャンスを逃したりしてしまいます。
 
 つまり、リスクマネジメントというのは、リスクをいかに味方につけるかということが重要な課題なのです。
 このリスクマネジメントは、極めて専門的、かつ複雑な問題を含みますので、高度に訓練された専門家でなければ適切に行うことはできません。生兵法は怪我の素なのです。
 
 ここで注意しなければならないのは、「リスク」とは「危険性」のことであり、「危機」ではないということです。
 どこに危険性が潜んでいて、それがどのような影響を持つのかをしっかりと評価しなければなりません。その評価に失敗すると、「想定外」ということになり、「危機」に陥ることになります。
 
 日本でリスクマネジメントを学問的に研究してこられた先駆者である故亀井利明関西大学明教授は、このリスクマネジメントについて著書で次のように述べておられます。
 「リスクマネジメントという言葉が一般に知られるようになると、その内容の十分な展開なしに、言葉だけが一人歩きをし、リスクマネジメントが企業の発展ないし成長のための何か有難い特別のマネジメントやノウ・ハウのように思ってしまう人がいる。これはとんでもない誤解である。リスクマネジメントは決して企業成長や収益増大を志向した攻撃のマネジメントではなく、企業保全や現状維持のための企業防衛のマネジメントである。それは決して積極的に収益や利益の増大には機能しない。」
         『危機管理とリスクマネジメント』 同文館出版

 たしかに「リスクマネジメント」とは亀井教授のご指摘のとおりのマネジメントであると考えられます。
 問題は、亀井教授ご自身が、リスクマネジメントの一部を構成するのが危機管理だと考えておられることです。したがって危機管理は直接企業の収益の増大に寄与するマネジメントではないので、それは企業にとっては「経費」あるいは「費用」と認識されてしまうのです。
 多くの経営者が「危機管理は重要だが、まず収益を上げなければ」と不幸な誤解をして、適切な危機管理を怠った結果、些細なことでその会社を潰してしまう元凶がここにあります。

 先にも述べましたが、リスクマネジメントが対象とするのは「危険性」であり、「危機」ではありません。
 危険性を放置すると危機になることがありますが、それはリスクマネジメントの失敗なのです。

 本来の危機管理は、危機そのものを対象としますので、そもそも危機に陥らないためにはどうするのかというところから出発しなければならず、それでも危機を防ぐことが出来なかった場合にはどうするのかを検討します。
 ところが、危機というものがどのような顔をしているのかは現れてみなければわかりません。つまり、何が起きるか分からないということです。
 したがって、危機に陥らないようにするためにはいろいろな手を打たなければなりません。それは危機の性格によって異なる戦略が必要ということです。
 外交上の危機と企業経営上の危機は異なる戦略が必要です。一口に危機管理と言っても、様々な専門家が必要とされることは間違いありません。
 ただ、根底に流れる基本的な考え方は普遍的なものです。
 
 それはまず危機に陥りにくい体質を身に付けておかなければならないということです。
 企業の場合、それはリーダーシップや意思決定の問題として捉えることが出来ます。私どもの提案しているクライシスマネジメントシステムでは、さらに外部からの信頼を勝ち取ることが出来ることが重要と主張しています。つまり「マネジメント:経営」です。

 しっかりとしたリーダーシップが取られ、誤らない意思決定が行われ、ステークホルダーの信頼を勝ち取っていれば、多くの危機を未然に防ぐことが出来ます。
 そしてそれは、当然のことながら企業の体質を強化しますので、業績の向上に繋がるものです。
 逆に申し上げると、事業を着実に成長させる基礎体力をつけることが危機管理の第一歩なのです。
 
 つまり、危機管理をしっかりと行うと業績は向上するのです。
 一方の亀井教授はリスクマネジメントは企業を成長させるマネジメントではないと明確に断言しておられます。つまり、リスクマネジメントは危機管理ではないということなのです。
 亀井教授は、リスクマネジメントは経営学そのものであり、経営学をまともに勉強していない人物は、絶対にリスクマネジメントの専門家ではない、と断言されています。(『危機管理とリーダーシップ』同文館出版)
 たしかにリスクマネジメントもマネジメント論を展開するので経営学の研究領域であることに異存はありません。であれば、企業を成長させることのできない「マネジメント論」とはいかがなものかと考えます。
 いずれにせよ、リスクマネジメントでは企業は成長しないということであれば、それは明らかに危機管理ではないということです。
 危機管理は間違いなく企業を育てるからです。

 弊社のロゴにご注目頂きたいと思います。
 弊社のロゴは、ギリシャ神話に登場する主神ゼウスが娘アテーナーに与えたあらゆる邪悪を払う盾をモチーフとしています。
 その盾の中に描かれたアテーナーは、槍を構えています。
 つまり、弊社の提唱する危機管理は、守りだけではなく、攻めの姿勢を崩さない積極的な危機管理であることを示しています。
 
 それがクライシスマネジメントです。