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専門コラム「指揮官の決断」

第465回 

辺野古海難事故について

カテゴリ:危機管理

まえがき

今回取り上げるのは、3月16日に、日本の沖縄県名護市辺野古沖で発生した海難事故です。

いささか古い事故ですが、当コラムは事故の後の推移を見守っていました。

何故なら、この事故は、普通の海難事故と学校教育の政治的側面から生じた事件の二つの側面があるからです。

当コラムは危機管理の専門コラムですので、学校教育の政治的側面には関心を持ちません。

純粋に海難事故として見ていきます。

まず、当コラムの視座を申し上げておきます。

執筆の筆者は、学生時代からヨットの外洋レースに親しんできましたし、最近、メンテナンスの時間が取れずに手放しましたが、45年以上、自分の船も持っていました。

また、元海上自衛官として、基本的な教育を受けたのみならず、艦隊勤務時には艦艇の運航にも関わっておりました。海上自衛隊の艦艇の運航と機関に関する部内資格も持っていました。

同期生の中には、補給艦の艦長を務めた経験を持つ船乗りもいて、彼らから見たらド素人かもしれませんが、辺野古で事故を起こしたような小型の船に関しては、素人ではありません。

特に帆走や小型船の運航に関しては、筆者の経験を上回る経験を持つ海上自衛官や元海上自衛官はそういないはずです。

海難事故は、素人の判断が及ばない高い専門性を要するものであり、巷の報道やネット上の記事は筆者から見ると噴飯物の議論が多いように思います。

例えば、雑誌「AERA」副編集長だった田岡俊次が、関門海峡で海上自衛隊の護衛艦「くらま」が韓国船に衝突された事故で夜のテレビに呼ばれ、電話でインタビューに答えていましたが、海上自衛隊の過失を追求したい司会者の問いに対して「相手船が左側からぶつかっているようですから、海上自衛隊に有利じゃないですか」と答えて、司会者(古舘伊知郎でした)が一瞬凍り付いたことがあります。田岡は、その前にあったイージス艦「あたご」の事件で、相手を右に見る船に避航義務があることを知ったのでしょう、その知識で答えています。これは海上衝突予防法に定められた横切り船に関する規則ですが、「くらま」が事故にあった海域は関門海峡の航路内であり、海上衝突予防法の横切り船の航法が適用される海域ではありませんでした。航路内を走っていた「くらま」を航路外から入った韓国船は避けなければなりません。右だろうが左だろうが関係はないのです。

つまり、この事件は軍事を専門と称する新聞記者如きがコメントする内容ではなかったということです。

その「あたご」ですが、派米訓練からの帰途、2008年2月19日の未明、千葉沖で親子の乗った小型漁船「清徳丸」と衝突し、「清徳丸」を右に見ていた「あたご」の回避が遅れて衝突し、親子が亡くなるという事故を起こしています。当時の防衛大臣石破茂が直後に遺族に謝罪に行き、艦長と当直士官に、厳罰を下しました。

弔問に伺うのは当然かもしれません。しかし、海難審判も、海上自衛隊内の監察も行われていない時点で謝罪を行うのはいかがなものかです。

この事故は、「あたご」が相手船を右に見ていたということで、メディアは「あたご」の責任を追及しました。海上衝突予防法違反ということです。石破も同じ解釈でした。

しかし、専門家が構成する海難審判では、「あたご」の過失は問われましたが、「清徳丸」の急激な進路変更にも原因があるとして両者の過失を認定し、刑事裁判は地裁、高裁とも「あたご」側に無罪の判断をし、検察が上告しなかったため無罪が確定しました。しかし、石破は処分を撤回しませんでした。

石破大臣の防衛大臣適格性について議論をする場ではないので、それは避けておきますが、要するに専門性の高い案件に関して、メディアが素人判断すると、間違うことがあるということであり、呼んでくる専門家を間違うと、やはりとんでもない結論になるということです。

辺野古事故の海難事故としての問題

この事故は、オール沖縄参加団体であるヘリ基地反対協議会が保有する在日米軍普天間基地の辺野古基地移設工事に対する海上抗議活動にも使用される小型船2隻が転覆し、乗船していた研修旅行 中の同志社国際高等学校の2年生の生徒18人と乗組員3人のうち、「平和丸」乗船の女子生徒1名と「不屈」船長の男性牧師1名が死亡、生徒14人と乗組員2人の計16人が負傷し、骨折など重傷者も出たというのが事故の概要です。

ここで、海難事故の側面にだけ注目して議論を進めます。協議会側が「ボランティア」としながらも、研修旅行を計画した同志社国際高校側が「使用料」と称した実質的な報酬を協議会側に支払うなど、協議会側が「一般不定期航路事業」登録を行わずに、他人を乗船させる形での運航が常態化していたことが批判されていますし、船長が共産党員の牧師であったことや社民党が協会の運営に関わっていたというようなことで批判が行われていますが、これは海難事故とは関係がありません。

登録をしていても、船の装備や船長の資格が問われることはないからです。これらは船舶安全法と船舶職員法に規定されています。届け出をしていても事故は起きたでしょう。

問題とすべきは、出船の判断です。

当日は那覇気象台から波浪注意報が出ていました。

その中での出船です。

ただ、2月の沖縄(本土でもそうですが)では、波浪注意報はかなりの頻度で発令されます。

波浪注意報で出船を取りやめていれば、船が出ることのできる日はかなり少なくなります。実際に波浪はどの程度だったのでしょうか。

転覆した2隻を運航するヘリ基地反対協議会の共同代表は「(事故当日はとても穏やかだったという『うみんちゅ』(沖縄方言で海の人)の証言もあり、荒れた海に出たというのは間違いで、それがすごく流布されている」としています。

一方、名護漁業協同組合辺野古支部の支部長は「海人の証言は噓」、「うねりがすごかった。しぶきが(辺野古沖の)長島を越えたのが見えた。(波高は)実際には3~5メートルあったと思う」と証言しています。

これらの証言は、その証言を行っている人の立場を考えないと評価できません。

しかし、乗船していた高校生の証言は聞くに値すると思われます。「白い波が立っていた」と証言している高校生が複数います。

白波は風速8メートルくらいで立ち始めます。漁村では「ウサギが跳んでいる」と表現されます。

この状況がどういう状況かと言うと、外洋レース艇ではかなりのスピードを期待できる風速です。

筆者は江ノ島に4.2メートルの一人乗りのディンギーを置いていたことがありますが、この白波が立ち始めている海には出ませんでした。学生時代なともかく、現役を引退した身には過大な労力を要するからです。8メートルがコンスタントならいいのですが、風は息をしますので、ブローでは12メートルくらいになります。これがきついんです。

ましてブローで15メートルも吹かれたら、筆者の体力では大変なことになります。

外洋艇でも15メートルは結構きついはずです。

当時の辺野古沖は少なくとも8メートルを超えた風が吹いていたはずです。

しかも、現場海域はサンゴ礁の浅瀬です。うねりがいきなり高くなり、そこへ風速8メートルを超す風によって立てられた波が重なります。

同じ方向で波が高くなればまだいいのですが、うねりと波の向きが違うと三角波になり、平底の当該ボートでは運航がきつくなります。

出航して間もなく、海上保安庁の巡視艇が警告に来たにも関わらず、2隻はその警告を無視しています。筆者は海に関わって50年以上になりますが、海上保安庁から、この手の警告や注意をもらったことはありません。

海保がこの類の警告をあまり出さないのは、警告を出さなかった時の責任を問われたくないからです。だから、彼らはよほどのことがない限り、この類の注意はしてきません。つまり、それなりの海だったということです。

また、この日、辺野古の移設工事現場では、海の荒れ具合を示す指標の有義波高が基準値を超えたため、サンドコンパクション船と呼ばれる大型作業船を使った一部の工事を中止しており、関係者によれば海域の波高は0.5メートルで「明らかに白波が立ち、危ない状態」であったとされています。

同日、調査に当たっていた海保の巡視艇が、その海域で高波により転覆していることをあげて、そのような危険な海であったと批判する識者もいますが、海保の転覆は午後5時過ぎであり、事故は午前10時頃起きていますので、見当違いも甚だしい素人議論です。7時間も経てば海はまったく異なる表情を見せます。

問題は、その気象状況に関する船長の判断です。これは難しいところです。同じ海象でも、事故船のような小型の船では、船長の技量によって問題なく航行できたり、事故になったりするからです。それは、今後海難審判で判断されるでしょう。

ただ、事故にあった高校生の多数が、救命胴衣を正しく着用していなかったことが判明しており、亡くなった女子高生の救命胴衣が頭の方にズレあがっていたことが分かっています。

これは、明らかに事前の説明不足であり、船長の過失です。

どうでもいいこと

教員が同乗していなかったことを非難する向きもありますが、事故原因とは関係ありません。素人の教員が同乗していたからと言って、事故が防げたとは思えません。運航に関しては船長が一人で責任を負いますし、その船長については運航する組織との契約にどう書かれていたかが問われることになります。ここで、一般不定期航路事業の届け出がなされていなかったことが問題視されることにはなります。

この届が出されていれば、運航規程などが問われるからです。

しかし、海保の警告にも従わない船長が、運航規程などを気にするでしょうか。

要は、彼の海に対する畏敬の念の問題でしかありません。

また、修学旅行について保護者に十分な説明が行われず、それらの所謂「平和教育」が行われていることの説明が無かったことに対する非難をする意見もありますが、公立ではなく、私立学校が一定の方向性の教育をすることに問題はないものと思料します。

一定の方向性を逸脱すると教育基本法に抵触する恐れがあり、それが今回は文科省の立ち入り調査の理由ですが、それと事故との直接の因果関係はありません。

そもそも、自分の子供を通わせている学校がどのような教育をしているのか知らないというのは、保護者として無責任すぎるかと考えます。

一方で、基地反対運動を見せることを「平和教育」と呼ぶ風潮には問題がないとは言えないと考えています。

つまり、「平和教育」によって行われたことに関しては、それを非難する論調が弱くなるため、様々な改善策が取りにくくなります。

知床で起きた「カズ1」の事故では、そのような政治的背景がなかったため、メディアは言いたい放題でした。また、右翼の街宣車が修学旅行中の高校生を轢いたりして、その団体の代表者と閣僚のツーショットなどが発表されたら、メディアの騒ぎ方はいかばかりだったでしょうか。メディアだけではなく、今回、弁明と責任逃れに終始している共産党と社民党のいきりたちは目に見えるようです。

「平和教育」というのは、戦争が起き、平和が失われるメカニズムについての教育であるはずなのですが、法律で決まった国の方針に反対することが「平和教育」であるというのは勘違いも甚だしいと考えます。このような背景が、この事故の背景にあるということは考えるべきことであるという主張も無視はできませんが、これは多分に価値判断に属する内容であり、事実判断を重視する当コラムの話題とすることに躊躇いがあります。

誤解を恐れずにはっきりと意見表明をしますが、高校の教員に多くを期待すべきではありません。自分が高校生だったときのことを思い出すと、当時、「こいつはヘンだな」と思った教員は、それから半世紀以上たった現在でも評価していませんし、その頃、この先生は凄い先生だなと感じた教員は、いまだに尊敬しています。

人には動物的な本能によって、何らかの判断をする能力があるのかもしれません。

若い人たちは、筆者のような年寄りが思うよりはしっかりとしています。

学校の教員がどう言おうと、しっかりと見抜いてくれているはずです。

生き残った高校生たちが、この事故を教訓にして、海の恐ろしさや平和教育とは何かを考えてくれればと思います。

亡くなった女子高生については、本当に気の毒の一言しかありません。

親御さんの無念を察するとき、そういう出鱈目な運航の実態に無関心であった大人たちに怒りの念を覚えます。
(タイトル写真は琉球新報撮影)