専門コラム「指揮官の決断」
第15回経営者の危険な勘違い
いろいろな経営者とお話をしていると、とてつもない危険な勘違いをしておられることに愕然とすることがよくあります。
特に、独自のリスクマネジメント部門を持っている企業のトップに多いのですが、自分の会社は専門部門があるので大丈夫と自信をもっておられる方が多いのです。
詳しいことはよくわからないけど、しっかりとした専門家を採用して任せてあるから安心とお考えのようです。
当たり前のことですが、リスクマネジメント部門とは、リスクマネジメントを行う部門であり、リスクマネジメントの専門家が集まっているはずです。
リスクマネジメントの専門家は、リスクをあらかじめ評価し、そのリスクを取ると決断したならば、リスクが現実のものとならないよう備え、現出してしまった場合にどうするのかの対策を準備するのが専門です。
このリスクマネジメントという職能は、極めて重要な役割を担うものでありますが、同時に、複雑かつ高度に専門的な作業であり、対象が広範囲にわたるため、多くの専門家を動員しなければならないのが普通です。
ところが、会社が脅威に屈して倒れてしまうのは、そのリスクマネジメントを超えた想定外の脅威に遭遇した時なのです。
残念ながら、リスクマネジメント部門はリスクを評価して対応策を構築するのが専門であり、想定外の脅威に対応することを専門としているわけではありません。
専門家は自分の専門についてはそれなりの知見を持っています。しかし、専門以外のことには単なる素人でしかありません。
リーガルリスクの専門家は防災には素人ですし、防災の専門家はファイナンシャルリスクを理解しません。
つまり、リスクマネジメント部門に任せてあるから安心ということにはならないのです。
それは東日本大震災を見ればよくお分かりいただけます。
この震災で多くの企業が倒産し、原子力発電所も甚大な被害を受け、取り返しのつかない惨事を招いています。これらの組織がリスクマネジメントを怠っていたわけではないのです。
倒産した企業にもBCPを策定していた企業があったでしょうし、原発は世界に類を見ない厳しい安全基準のもとに設計されていました。ただ、起こった事態が想定外だったのです。
想定外の脅威にはリスクマネジメント部門は対応することができないのです。
会社が本当の危機に直面したとき、会社と社員、その家族の将来を守り抜くという危機管理の正念場を指揮できるのは、リスクマネジメント部門の長ではなく、経営トップです。
営業出身の社長は技術については技術出身の専務に任せるしかないでしょうし、逆に技術出身の社長は営業を営業担当役員に負うところが大きくなります。融資の調整や税金対策は経理部長に任せてもいいでしょうし、PRは外部から専門家を招聘してもいいかもしれません。
しかし、会社の存続を賭けた危機管理の指揮はトップの専管事項です。誰に任せてもなりません。
極端な例で説明いたしましょう。危機管理を考える際に私がよく持ち出す想定です。
太平洋上空を成田に向かって飛行中の旅客機がハイジャックされました。同時に大西洋上空をヨーロッパに向けて飛行中の旅客機がハイジャックされ、9.11テロの時のように大都市で自爆し、大きな被害が出ました。
とすれば、太平洋上でハイジャックされた旅客機は東京で自爆するための飛行を続けている可能性があります。これが日本の沿岸に近づく前に撃墜するかどうかを決断しなければなりません。
政府には安全保障を担当する部局がいくつもあります。
では、どの部署がその判断をするのでしょうか。
撃墜する能力を持っているのは自衛隊ですので、防衛大臣が判断するのでしょうか。
何人もいる安全保障関連閣僚の誰が決断すべきなのでしょうか。
答えはどなたにも明らかでしょう。内閣総理大臣が決断する責任を負うのです。
ここで、もし閣議を開いて、閣議了解を求めるような総理大臣であれば一国の宰相ではありません。
関係部門の助言を求め、どの時点で最終的な決断をしなければならないのかを決め、そして最終的な決断を行い、大勢の乗客もろとも旅客機を撃墜することの責任を取るのが彼の仕事です。
指揮官というものは、そういう究極の判断をするために指揮官の地位にあるのです。
これを理解していないトップが少なからずいらっしゃいます。
逆に、御社の危機管理部門の長はどなたですかと聞かれて「俺だ。」と言ってのけられる社長には本当の凄さがあります。そして、間違いなく全社員から慕われている社長です。
「そうはいっても自分は危機管理の専門家ではないし・・・」と尻込みする必要はありません。
危機管理部門の長としての社長に求められるのは、自分が会社と社員とその家族の将来を守り抜くという覚悟だけなのです。
様々な脅威に立ち向かっていくのは、それを担当する各部門であり、それぞれが専門的な知見によって社長を支えていくことになります。
つまり、脅威に対しては危機管理部門が対応するのではなく、社長の指揮下、全社を挙げて対応するのであって、危機管理部門はその事務とりまとめに過ぎません。
事務とりまとめに過ぎない部門に危機管理を任せてはならないのです。
では、どうすれば全社を挙げて脅威に対応する態勢を作ることができるのでしょうか。
難しいことではありません。
社長が覚悟を決めるだけのことです。
社長の心構えは、自ずから静かに全社に伝わります。伝わらないのは、覚悟が中途半端だからです。
軍隊では兵隊は指揮官の人となりを本能的に見抜いてしまいます。
自分たちが生き残れるかどうか、指揮官にかかっているからです。
ビジネスの世界においても同様です。
社長は社員から見抜かれていることを覚悟しなければなりません。
私はこのコラムの連載にあたり、指揮官の持つべき心構えに言及しました(専門コラム「指揮官の決断」No.001)。
それは「指揮官たる者は、誰よりも耐え、誰よりも忍び、誰よりも努力し、誰よりも心を砕き、誰よりも求めず、誰よりも部下を想う」ということです。
経営者のこの覚悟は、深く静かに全社に伝わり、おそろしく強力な組織を作り出していきます。
この覚悟のある経営者には凄みがあります。
そして、覚悟できない経営者はトップの地位にとどまるべきではありません。少なくとも私がこのコラムで「指揮官の皆様」と呼びかけている経営者ではないのです。
危機管理の難しい問題を勉強してくださいとお願いしているわけではありません。
誰よりも会社を愛し、部下を可愛いと思う社長になってくださいとお願いしているだけなのです。
難しいことではないと思うのですが・・・・・