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専門コラム「指揮官の決断」

第41回 

災害報道

カテゴリ:コラム

九州北部が記録的な豪雨に見舞われ、大きな被害が出ました。

被害の大きかった地区の1時間降雨量は130ミリ近かったと言われます。これがどれほど凄まじいものか、私自身は体験したことがないので分かりません。私の経験では80ミリが最大ですが、それを遥かに超える雨量ということで表現する言葉が見当たりません。80ミリを経験したのは石垣島の近くの洋上で、凄まじい波と戦っていたのですが、波の上にいるのか下にいるのか分からなくなるほどの雨の勢いでした。

一般に30ミリを超えると車のワイパーを最速で動かしても前が見にくくなります。

昭和の時代では台風でも時間降雨量が40ミリを超えるとすごい台風だなという印象でしたので、段々桁の違う自然環境になってきたのだと思い知らされています。

この豪雨に対して、福岡・大分両県には大雨特別警報が発表されました。

この大雨特別警報というのは、数十年に一度の降雨量となる大雨が予想される場合に発表されるものです。

被害が出た自治体の長以下のご苦労は察するに余りあるものです。

しかし、そのある自治体の長が、大雨特別警報が出されたのが大雨のピークを過ぎた後だったことを知って、もっと早く出してくれればよかったと発言しているのは問題です。

特別警報を出すにあたっては、かなり慎重な見極めが必要です。後でこのように批判されるのを恐れて早め早めに出していくのは簡単ですし、気象庁の職員だって役人ですから官僚独特の責任逃れをしようと思えばできるのです。しかし、これを軽々に出していくと、だれもその特別警報の重みを受け止めなくなってしまします。オオカミ少年になってしまう恐れがあるのです。

かつては特別警報というものはありませんでした。2013年に運用が開始された制度であり、通常の警報の発表基準を遥かに超える事態が予想されるケースが多発したために気象業務法の改正が行われて始まったものです。しかし、その裏には、通常の警報では真剣に対策を開始しない自治体の多さが問題となっていました。

避難所の開設に伴う人で不足や老齢者。身体障碍者の避難誘導の困難性などの問題から、警報が出ていても「夜間に避難させることにより事故などを起こす恐れがある。」などとして動かない自治体が多かったのです。実際に、警報が出てもがけ崩れも河川の氾濫も起こらないことが多いため、そのような対応になってしまうのです。

しかし、特別警報は桁が異なる事態が予想される時に発表されるものですので、これが発表されるような場合には間違いなく対応してもらわなければなりません。そこで気象庁はあくまでも慎重に見極めを行っているのです。

もっと早く出してくれればという市長の気持ちは分からないではありませんが、自治体の長として発言すべき内容ではありません。その市にはすでに大雨警報が出されており、災害対策本部も設置されていたのです。特別警報がピークを過ぎてから出されたことを対応の遅れの言い訳とするようでは危機管理の責任逃れです。

この大雨の被害の報道を見ていてゾッとしたことがあります。

現場で陸上自衛隊のヘリコプターが被災者を救助している様子を撮影したビデオです。

着陸するに適当な場所が無かったのか、このヘリコプターは被災者を1名ずつ吊り上げて機内に収容しています。

陸上自衛隊のヘリコプターの操縦士の優秀なのは折り紙付きです。彼らは森の中に潜んで、敵の戦車が来るといきなり木の間から顔を出して対戦車ミサイルを撃って、また森の中に隠れるというようなフライトを平気でこなします。

海上自衛隊のヘリコプターのパイロットは洋上で夜間、大時化で揺れる甲板に着艦したりする技量を持っていますが、この陸上自衛隊のヘリコプターのような飛び方は絶対にやりたくないと言い張ります。(もっとも、陸上自衛隊の操縦士も、夜、海の上を飛んで、揺れている船に降りるなんて冗談じゃない、と言いますが)

問題なのは、それを取材している報道側のヘリコプターの操縦士の技量です。

この時の映像では、救助活動をしている陸自ヘリの斜め上からその様子をつぶさに捉えており、迫真のビデオではありました。しかし、その高度差が問題なのです。

かなりの高度差を取って大きな倍率の望遠レンズで撮影しているのならいいのですが、悪天候下の救助活動であり、両機とも雲の下にいること、遠くから高倍率のレンズでヘリコプターから撮影しているのにしては画面が安定していること、高倍率の望遠レンズを使っているのであれば、焦点の外側にある背景がもっとぼやけて不思議はないのにはっきりと映っていることなどを考えると、それほど大きな高度差が取られていないのではないかと思われます。

であれば、救助活動に当たっているヘリコプターのほとんど真上に近いポジションにいることになりますが、そのような位置から取材をするのは危険きわまる行為です。

小型の卵型のコックピットを持つものであればともかく、大型のヘリコプターは真上が見えません。まして、この映像では途中で両機の間に雲が流れて来て、救助中のヘリが見えなくなっています。つまり救助中のヘリからも上にいる取材中のヘリが見えないのです。

航空機はエンジンのトラブルなどに対応する際、高度がある方が有利なので、一般に必要以上に低空に降りるのを嫌います。救難の場合は必要があって低空に降りるのですが、作業が終わると高度を取りに上昇してきます。まして、着陸すらできない場所での救難作業を行っているということは、周りに建物や木々があって、その合間を縫って飛んでいることになりますから、作業が終われば一挙に安全な高度に上がってくるはずです。

迫力のある映像を撮りたいのは分かりますが、私が救難活動中のヘリのパイロットだったら、上には近づいて欲しくないと思ったはずです。

大規模災害の場合、現場上空に多数の航空機が飛ぶことがあります。消防庁のレスキューヘリ、海上保安庁の特殊救難隊、各自衛隊が運用する救難ヘリなどです。この場合、エアスペースマネジメントといわれるある種の交通整理が行われます。任務ごと、あるいは飛行方向ごとに高度を分けて衝突を防止するためです。

しかし、報道のヘリはそれらに無頓着に飛び回ることが多く、見ていて危なくて仕方ありません。「報道の自由」のために「取材の自由」がどこまで許されるのかは憲法論上の論議であり、ここでは取り上げませんが、災害派遣などでは困ることが多いのも事実です。

空中衝突の問題もそうですが、ヘリコプターのエンジン音も大きな問題です。

現場でエンジン音にかき消されて声が聞こえないのです。瓦礫の下に埋まっているであろう被災者の助けを呼ぶかすかな声を一生懸命に聴こうとするのですが、隣の隊員とも話ができないほどの騒音になることがあります。

そのために現場での指示や情報交換もままならず、トランシーバーの音声も聞き取れないということがあります。海自隊員だけなら手旗信号の要領で何とか意思の疎通ができますが、他の機関の救助隊員相手にはそれもできません。

報道に関する自由や権利の重要性は理解しますが、そのために本来救われるはずだった多くの人命が失われているかもしれないと考える報道関係者がいるのかどうか疑いたくなります。

近年、ドローンの性能が飛躍的に向上しています。このドローンであれば騒音があまり問題にならないのですが、逆に誰も乗っていないので、救助に携わる救難ヘリにとっては脅威になります。パイロットが操縦している取材ヘリであればパイロットは周囲を見ながら飛んでいますが、ドローンを無線で操縦する際には、ドローン搭載のカメラの映像しか見ていないので、周囲に対する警戒がおろそかになります。ドローン自体は重量も小さいのですが、小さいために救難ヘリのパイロットの視界に入りにくく、しかし、ローターに当たれば大型ヘリでも墜落させかねません。

そのような問題をどうクリアするのか、早急な対策が必要です。