専門コラム「指揮官の決断」
第53回No.053 EEZって何? その2 領海
今回は「領海」についてご説明します。
領海とは国土の周りの海面で、その上空、海面、海底、及びその地下に沿岸国の主権が及びます。つまり、国際法で認められた外国船の航海の自由を侵さない限り、排他的な権限を主張することができます。
領海の幅は国連海洋法条約の規定により12海里以内で沿岸国が決めることができるので、日本は「領海法」を制定して12海里を領海と宣言しています。
1海里とは1,852mですので、大雑把に海岸から22kmが領海と覚えておいて頂いて通常は問題ありません。
「通常は」という言い方をしているのは、この領海をどこから測って12海里とするかという問題が、そう簡単ではないからです。南シナ海の南沙諸島で中国が行っていることは、この領海の測り方の基本を中国が無視しているために問題となっているのです。
何故かというと、「海岸線から測って」といっても、潮の満ち引きによって海岸線は変わっていくので、測る基準があるのですが、それを中国が無視しているのです。
測る基準を基線と呼びますが、最低低潮面と呼ばれる最も潮が引いてこれ以上低くはならないと想定される潮位面で海面に現れている部分から測ることが認められています。
これも潮位の振幅をどう計算するかなど様々な専門的議論が行われて国連海洋法条約が作られているのですが、極端に専門的な議論なのであまり気にしなくていいでしょう。
南沙群島で中国が行っていることは、この最低潮位においても海面に顔を出していない部分を埋め立てて強引に海面に顔を出させ、島だと主張し、そこに領海の基線を強引に引いていることにあります。
また、そもそも中国にその海域に関する領有権を主張する根拠がないので、仮にそこを島と認めても中国の領海にはならないというのが昨年の国連海洋法条約に基づく仲介裁判の裁定結果だったのです。
とにかく、通常は海岸線から22kmが領海と考えて頂いて大きな間違いはありません。
この領海の内側においては、沿岸国は主権を主張することができることになっています。他国の領海と重なる部分については中間線が領海の境界となります。
領海内であっても、東京湾内や瀬戸内海のように内水と呼ばれる海域を除けば、外国船は航行することができます。ただし、自由に航海できるわけではありません。
漁をしたり、海洋調査をしたりという沿岸国の権益を侵しかねない作業をすることはできません。
また、外国の軍艦も航行することができます。これも自由勝手に航行できるわけではありません。無害であることが要求されます。
無害であるということは、軍艦が演習を行ったり、航空母艦が航空機の発着艦をしたりしてはいけないということです。
潜水艦は潜航したままでは無害ではありませんので浮上して国籍を示す旗を掲げなければなりません。
2004年11月10日、中国人民解放軍海軍の漢型原子力潜水艦が石垣島と多良間島の間の我が国の領海を潜航したまま通過したのは、無害通航と見做されず、潜水艦による領海侵犯として海上における警備行動が発令されました。
また、昨年6月、同じ日に中国とロシアの海軍艦艇が尖閣諸島近海の我が国の接続水域内に入るということが起きました。
接続水域というのは領海の外側に設けられたエリアで、領海から12海里の幅を持っています。この接続水域の法的な性格については回を改めてご説明いたしますが、出入国管理に関する措置を取ることが認められています。
この時、日本国政府は駐日中国大使を呼び、重大な懸念を表明し抗議していますが、中国だけに抗議するのはおかしく、ロシアにも厳重に抗議すべきだという評論家と、軍艦には無害通航権があるので、たとえ領海内に入ったとしても文句は言えないという評論家が議論している場面がありました。
これは、どちらの評論家も誤っています。
彼らの無害通航権に関する認識が誤っていることからくる誤解です。
ロシアは尖閣諸島に領有権を主張していないので、たとえ領海内に入ったとしても日本の領海を航行しているので、日本領海における無害通航の主張ができ、この時はウラジオストクへ向けて真っ直ぐに航行していたので国際法上の問題はないのですが、中国は尖閣諸島を日本の領土と認めておらず、中国の主権を主張していますので、彼らにとっての他国の水域を無害に航行しているわけではなく、自国の領海を航行しているに過ぎないことになります。このため、日本側から見るとそれは無害通航を許容する条件にならないのです。
また、この時は継続的かつ迅速な航行ではなかったので無害通航の要件そのものを満たしておらず、そのまま領海に入れば、日本としてもそれなりの対応を取ると警告することは当然なのです。
さらに、中国は軍艦の領海内の無害通航について、事前の通告を求めています。
これは中国の立場に立つとやむを得ないかもしれません。
中国が承知していない外国軍艦がいきなり領海内を航行して、中国の海軍艦艇を出くわした場合、双方に誤解が生じて交戦状態に陥ることがないとは言えないので、そのような不期遭遇を避けるためには事前に通告してもらわなければならないでしょう。
ただ、中国が事前通告を要求するのであれば、日本が事前通告なしの無害通航を認める必要はありません。外交は相互主義が原則です。
したがって、中国に対してのみ接続水域を航行したことへの懸念の意を示すことは間違いではありません。
テレビ番組でこの議論をしていた評論家たちは、軍艦には無害通航権があることは聞きかじりで知ってはいたのでしょうが、その要件を知らないのです。しっかりと国際法を勉強したことがないことは一目瞭然です。
どちらも少なくとも週1回はテレビで顔を観る評論家ですが、何故この連中は、思い付きで視聴者に出鱈目を喋って平気なのか理解に苦しみます。
この領海に関する国際法上の議論は、それだけで大論文が書けるほど様々な論点を含んでおり、専門的に勉強するととても興味深いのですが、当コラムは国際法の専門コラムではありませんので、深入りは避けています。しかし、本稿程度のことを承知しておかれれば、テレビのいい加減な評論家よりははるかに深く事態をご理解頂けるようになるかと思っています。