専門コラム「指揮官の決断」
第71回No.071 経営者はあらゆる責任を単独で取る覚悟をせよ
経営者が肝に銘じなければならないことは多々あるかもしれませんが、私が最も重要だと考えているのは、「あらゆる責任を自分一人で負う覚悟」です。
この覚悟がない経営者(でなくとも中間管理職であってもそうですが)には部下がついていかないのです。
失敗した場合に上司が責任を取ってくれず、むしろ責任を擦り付けられるような上司についていきたい部下はいません。
このあらゆる責任を自分一人で負う覚悟のある経営者・管理職には必ず部下がついていくと申し上げているわけではありません。
組織というものはそう甘いものではないからです。
しかし、責任を負わない上司には部下がついていかないことはほぼ間違いありません。
私があらゆる責任を自分で負うことの重要性を説いているのにはもう一つ理由があります。
そのことなしに経営者や管理職は意思決定の質を高めることができないからです。
バブル崩壊やリーマンショックなどで多くの企業が倒産しました。倒産しないまでも財務状態を極端に悪化させた企業は無数にあります。
その財務状態の悪化の原因を、バブル崩壊やリーマンショックなどに求めてはならないと申し上げているのです。
極端な例を挙げれば、東日本大震災で津波に襲われて大被害を被ったような場合であっても、それを震災のために損害を被ったとしてはならないのです。
つまり、環境や競合のせいで失敗したなどということを経営者は絶対に口にしてはならないということです。
軍隊では環境と敵との双方と戦わなければなりません。悪天候や険しい地形と戦いつつ、そこにいる敵と戦うのですが、敵も同じ環境下にいる以上、それを敗因とすることはできません。
敵はその悪環境を利用したかもしれないのです。
こちらは環境を利用できない立場にあったかもしれません。しかし、敵が悪環境を利用するかもしれないということを計算しておくべきなのです。
また、敵が圧倒的な勢力をもって襲い掛かってきたとしても、まともな指揮官は敵が強かったことを自分の敗因とすることはありません。
常に大軍が劣勢な軍に勝つとは限らないからです。そこに作戦を立てる意味があり、大軍が常に勝つのであれば作戦家は不要なのです。
圧倒的な勢力の敵に対しては、少なくとも負けない戦いをしなければならないのです。
意思決定の質を高めることは、全ての責任を自分で負うことから始まります。
バブル崩壊で生き残った会社も数多くあります。多くの競合が消え去ったのち、市場を独占した企業もあります。
バブルに踊らず、堅実な業務を続けた多くの企業は、バブル崩壊後も生き残りました。
つまり、バブルが崩壊したことが原因ではなく、バブル期に適切な次の対応を準備していなかったことが敗因なので、それは経営者の責任なのです。
津波に襲われたことも、それを原因としてしまうと、そこで思考停止状態となってしまいます。
曰く「あれだけの自然災害に襲われたのだから仕方ない」と・・・
そうでしょうか。
リスクの分散という発想をしておけば致命的な損害を受けずに済んだかもしれないのですが、思考停止するとそのような発想に至りません。
その結果、復興のための特別融資を受け、今度は津波に襲われないよう奥地の高台に工場を建設します。そして、今度は地震による建物の崩壊や火災によって再度全損を被るということになるかもしれないのです。
津波のせいにせず、自分の意思決定のミスとして受け取っておけば、どのようにしておけばよかったのかを考えます。
そして対策を検討するのですが、環境のせいにしてしまうとそのような発想にならないのです。
トップがその意思決定の質を高めるためには、自分の意思決定の結果を自分の責任で受け止めることが必要です。
勝敗には人知の及ばない、天の采配としか言えないような偶然が付きまとうことがあります。
その結果勝利を得た場合には、それが単に運が良かったからなのですが、その結果敗北を喫した場合には、単に運が悪かったからではなく、指揮官の決定が誤っていたからなのです。
何故なら、偶然に不利な状況になるおそれを計算していなかったからです。
あらゆる敗北の責任は全てトップが単独で負わなければなりません。
常に「指揮官は孤独」なのです。