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専門コラム「指揮官の決断」

第83回 

No.083 地方自治体の責任能力

カテゴリ:コラム

大川小学校控訴審判決

 仙台高等裁判所で大川小学校を巡る控訴審判決が言い渡されました。
 何のことか覚えていなとおっしゃる方も多いかと思いますが、これは先の東日本大震災の津波で84人の犠牲者を出した宮城県石巻市立大川小学校の児童の遺族が市と県に損害賠償を求めた訴訟の二審判決のことです。

 判決の骨子は、ハザードマップの予想津波浸水域外でも津波被害の危険性はあり、学校側はそれを予見できた。そして、危機管理マニュアルで避難場所を設定し、非難の経路や方法を記載しておけば、地震直後に避難を開始することができ、被災を回避できたはずとし、さらに市教育委員会は危機管理マニュアルの内容を点検し、指導すべきだったというものです。

 一審では津波の予想浸水域外となっていることからマニュアルを津波を想定した内容に改定する義務が学校にあったとは言えないとして市教育委員会や市の責任に言及しなかったのですが、その判決と比べると随分踏み込んだ内容となっています。
 
 ご遺族の気持ちは察するに余りあります。

 この学校の教員たちの対応のまずさは話になりません。
 「学校の方が安全」「逃げない方がいい」「帰らないように」などとして迎えに来た保護者にも留まるよう勧め、結局学校で亡くなった保護者もおり、せっかく山に逃げたにもかかわらず連れ戻された児童もいる始末です。
 その挙句、地震発生から40分以上たって避難を始め、県道に出た直後に堤防を乗り越えた津波にのみ込まれ、学校の管理下にある子供が犠牲になった事故としては戦後最悪のものとなりました。
 
 そのような学校側の責任を追及したいと思うご遺族のお気持ちは痛いほど分かります。
 私なら民事訴訟ではなく、業務上過失致死罪での刑事裁判を要求するところかもしれません。せっかく裏山へ逃げたのに連れ戻された児童がいるのですから。

責任を問えるのだろうか?

 しかし、この判決はどう考えても無理があります。
 市立小学校の教員にそのような責任能力があるとは思えないのです。
 決して小学校教員の方々を馬鹿にしている訳ではありません。
 小学校教員がそのような危機管理能力を持つような仕組みになっていないことが問題なのです。

 私はかつて、地元自治体の危機管理部門をハザードマップについて質問があって訪れたことがあります。
 ハザードマップに記載された津波の高さとその浸水面積が私の認識と異なっているために、何を根拠にしているのかを知りたかったのです。

 ある日、市役所に出かけ、担当部署の部屋を教えてもらって中に入り、カウンターのところで対応してくれるのを待っていましたが、部屋には10人弱の職員がいるのに誰も振り向いてもくれません。

 しかたなく、一番近くの職員に来訪の意図を告げ、説明をして欲しいと頼みました。その職員は自分で答えることができず、上司に相談していましたが、要領を得ないらしく、別の職員にも尋ねていました。
 結局私に返ってきた答えは、県が作ったハザードマップに記載されているデータを使っているので根拠は県でなければ分からないということでした。

 それでは県に問い合わせてくれるのかと思ったら、県のことは県に聞いてくれという返事です。彼らは根拠が分からなくても平気なようです。
 県のハザードマップに記載されているデータであっても自分たちが編纂するハザードマップに記述する以上、何を根拠としているかくらいは知っておくべきだろうと思うのですが、そうは思っていないようです。

 そこでこの危機管理部門は何かおかしいと思った私は、別の質問をしました。

 陸上自衛隊と防災訓練を行っているが、この地域を担任する陸上自衛隊の部隊がどのような性格の部隊なのか知っているかを尋ねたのです。

 実は神奈川県東部を担当している陸上自衛隊の部隊は横須賀市に駐屯する普通科連隊なのですが、この部隊は若干特別な部隊で、非常時に予備自衛官を招集して通常の普通の連隊規模に増強するという部隊であり、普段は極めて少数の基幹兵力しか在籍していないのです。

 予備自衛官を招集して訓練をして戦場に連れて行くというのがこの部隊の基本的な性格であり、おそらく、第一陣として戦闘任務に就くのではなく、予備自衛官を招集した後、所要の訓練をしながら第一線へ向かった部隊の後へ移動してその任務を引き継いでいくことになるのでしょう。

 つまり、大規模災害が発生し、予備自衛官が招集された場合には、まず、その招集に伴う様々な作業を駐屯地で行うことになるため、広範囲に大兵力の災害派遣部隊を送り出すことはできない部隊なのです。
 ところが、この危機管理部門にいた職員はその程度のことも全く知りませんでした。
 災害が起こったら、真っ先に来てくれると信じているのです。

 市の危機管理部門がその程度の認識です。

 危機管理専門の部門ですらその程度なのに、全く危機管理などの教育も受けたことの無い教員の方々に何が期待できるのでしょうか。
 
 まして、当該小学校はハザードマップ上では津波の予想浸水域外にあったのです。それを津波で被災する危険性は予見できたと論断するのはどう考えても無理があります。
 早い話が、市立小学校に危機管理部門の職員が駆けつけたところで同じ結果を生じるだけなのです。
 
 仙台高等裁判所の裁判官はそのような学校教員や市職員の危機管理能力のレベルを全く把握せず、あるべき論だけで判決したとしか思えません。
 責任能力のないところに責任を求めてはならないのです。
 
 ただでさえ、小学校の先生方は、自分たちが教員になろうと思った時には考えもしなかった英会話やプログラミングなども教えなければならなくなりつつあるのです。
 危機管理専門部門の職員ですらできないようなことを求めるのはいかがなものかと思います。

行政の責任を追及する前に、監督する必要があるのでは?

 

 私は、大川小学校の教員の避難の誘導に問題が無かったと言うつもりは全くありません。
 地元には過去の津波の言い伝えが数多くあり、それに従ってしっかりと非難した人々も多いのに、何の根拠もなく「学校にいた方が安全」などと言って引き留めたり、避難開始に手間取ったりした教員のいざという時に対する心構えの無さには呆れますし、幼い児童を預かる小学校教員には大学の教員とは別の覚悟が必要なはずですが、それらが欠如していたことも間違いないでしょう。
 
 しかし、それは小学校教員の責任ではなく、地方自治体職員全体の危機管理に対する認識レベルの問題であり、かつ、それを放置してきた私たちの責任でもあるのです。

 私たちは主権者として、行政に対して文句を言うだけではなく、彼らがどのような能力を持って、どのような責任感の下で、どのようにその業務に取り組んでいるかのかに関心を持ち、不適切であればそれを正さねばなりません。
 自分の住む街の防災が心配なら、その自治体の危機管理担当部署がどのような部門なのかをチェックしなければなりません。

 私は地元自治体の危機管理部門を全く信頼していないので、市の作ったハザードマップも信頼していません。
 自分の身は自分で守るしかないかと覚悟を決めています。
 
 前回、私はジョン・F・ケネディの大統領就任の際のスピーチを引用しました。
 もう一度引用させて頂きます。

 「And so, my fellow Americans, Ask not what your country can do for you—Ask what you can do for your country. ですからアメリカ国民の皆さん、国があなたに何をするかを問うのではなく、あなたが国に何ができるかを自問してください。」

 とても残念なことですが、私たちは市立の学校の先生方に危機管理能力など期待してはならないのです。危機管理部門にすら期待できないのですから。