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専門コラム「指揮官の決断」 

No.089 ドキュメント 激闘! 日本の漁師たち

ドキュメンタリー番組を観ていると・・・

 私は普段地上波のテレビはニュース以外にあまり観ないのですが、CSのドキュメンタリー番組はよく観ています。ナショナルジオグラフィックやアニマルプラネット、ヒストリーチャンネル、ディスカバリーチャンネルなどは番組表からこれはと思う番組を録画しておいて、時間のある時によく観ています。
 そのようなドキュメンタリー番組で、沿岸漁業の漁師さんたちを取材した番組は視聴率が高いのかよく放送されています。津軽海峡や対馬海峡の本マグロ、あるいは沖縄のカジキマグロ漁など、ほとんどは一人または二人乗りの小さな漁船で、命がけの激闘を繰り広げて大きなマグロを釣り上げています。
 
 これらの番組を観ていて、いろいろなことに気が付きます。
 
 一つは、本当においしいマグロが高い理由です。
 命がけで釣り上げてくるマグロです。しかも一年に何本釣れるか分からないのです。
 そのマグロで彼らが手に入れる金額を聞くと、銀座で寿司などを食べると大変なことになることが理解できます。

 もう一つは、日本の伝統漁の素晴らしさです。魚の探し方、仕掛け、そして仕掛けにかかった魚とのやり取りなど、どれ一つをとっても、長い時間をかけて編み出されてきた工夫がちりばめられています。
 これらの伝統は、一度失われると戻ることはありません。その貴重な伝統が我が国の宝として守られているのではなく、それらの漁師たちによって守られているのです。
 私たちが美味しい魚を食べることができるのは、その伝統が守られているからでもあります。
 しかし、もし一家の息子たちが「俺は漁師なんか嫌だ」と言い始めたら、誰も強制できないのです。水産庁が後継者の確保のため適切な施策を取ってくれていることを期待します。
 
 そして最後に思うのは「やっぱりな。」ということです。
 何がやっぱりなのか、少し説明をしなければなりません。
 

何が「やっぱり」なのだろう?

 番組を観ていると一目瞭然ですが、漁に夢中になっている漁師は、見張りなどしていません。
 文字通り「激闘」を展開しているので、周りの船など見ていないのです。
 一人乗りでも二人乗りでも同じで、魚がかかったとなると船を走らせておいて、その魚とのやり取りに必死になっています。
 
 航海中の船が守らなければならない法律の一つに「海上衝突予防法」という法律があります。
 この法律の第5条には次のように規定されています。

 第五条 船舶は、周囲の状況及び他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができるように、視覚、聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない。

 つまり、常時見張りをしていなければならないのです。
 その上で、海上にある船舶同士に衝突のおそれがある場合には、どの船はどのように対応しなければならないかが規定されています。
 一般的には針路を保持すべき船と相手船を避けるべき船とが規定され、避航すべき船の避航動作だけでは衝突が回避できない場合は、針路を保持すべき船も衝突回避のための最善の協力動作を取らなければならないと規定されています。

 ただし、これは通常の状態であって、特殊な状況にある場合にはこの規定ではなく、別の規定が適用になる場合があります。
 例えば、舵が故障している場合や大きくて喫水の深い船が、特定の針路以外の場所を走れない場合などは他船がそれらを避けなければなりません。
 漁船でも、後ろに網を引いている場合には、思うように針路を変更できないので、他船がその漁船を避けるべきことが規定されています。
 しかし、それはあくまでも「網を引いている場合」であり、一本釣りの漁の場合ではありません。また網を引いている場合にはそのことを旗で表示しなければなりません。
 しかも、その場合でも見張りをしなくていいということにはなっていません。
 しかし、実際にはどうかというと、ドキュメンタリー番組で放送されているとおり、彼らは獲物と激闘中は前などほとんど見ていません。
 

私も経験済み

 私も船で操船している時に漁船とすれ違ったことは数知れずあります。
 学生時代、ヨットの外洋レース中、こちらは帆船であるにもかかわらず、漁船に針路を譲られた記憶はほとんどありません。
 避けてくれないのが普通なので、危うきに近寄らないために事前にこちらが針路を変えてしまうということもありますが、大島を回るレース中に漁船を回避するのに戸惑っているうちに後ろから来たヨットに抜かされ、必死になって挽回しようとしたにもかかわらず鼻の差で負けた悔しい思い出もあります。
 大抵の漁船は、レジャーボートであるヨットに意地悪をしているのではなく、デッキ上で作業をしているのでヨットのことなど気にしていないのです。相手が大きなタンカーや貨物船だとさすがに避けるのですが、ヨットくらいなら平気で突っ込んでくる漁船は枚挙にいとまがありませんでした。

 護衛艦の艦橋で操艦していても漁船が近づいてくるときは本当に緊張します。彼らがろくに見張りをしていないことを知っているからです。
 
 若い頃、ある護衛艦の当直の航海指揮官として東京湾に入港する前に当直に立っていたとき、危うく衝突事故を起こしそうになったことがありました。
 その護衛艦はヘリコプター搭載の護衛艦でしたが、ヘリコプターは、普段は最寄りの航空基地で整備や訓練を行っており、船が出港すると飛んできて搭載することになっていました。
 その時は長い訓練航海の終わりで、横須賀に戻るために浦賀水道に入る前に搭載していたヘリコプターを搭載解除し、千葉県の館山にある航空隊に帰すところでした。
 
 ヘリコプターを発艦させるためには、風上に向かって走る必要があり、確実に発艦するまでは針路を変えることができません。そこで周りの状況を確認し、操縦性能制限船であることを示す旗を掲げ、発艦準備作業に入りました。
 
 準備を始めて間もなく、前方から100トンくらいの漁船が走ってくるのが見えました。浦賀水道を出てきた船です。
 私は自分で艦橋のレーダーでその船の位置をプロットするとともに、戦闘指揮所にその船との最近接距離を計算するように指示しました。戦闘指揮所は事前にプロットをしていたらしくすぐに左正横800メートルと答えてきました。つまりお互いに相手を左800メートルに見てすれ違うということです。微妙な距離です。
 
 私は注意してプロット続けるように伝え、左側にいる見張りに、先方のブリッジにいる乗組員がこちらを見ているかどうか確認するよう指示を出しました。
 見張りからは、先方の船のブリッジに人影を視認できないという報告があり、私は嫌な予感を感じたため、艦長に報告すると同時に飛行甲板に発艦を少し待てと指示しました。
 
 艦長が士官室から艦橋に上ってくるのに気が付いた当直員が「艦長上がられます。」と声を掛けたのと左の見張りが「前方の漁船、取り舵変針!」と声を上げたのが同時でした。
 私の斜め左前にいたその漁船がいきなり針路を左にとり、私の船の針路をふさいできたのです。
 私は直ちに両舷のエンジンを停止、次いで後進一杯をかけ、大きく右へ舵を取る指示を矢継ぎ早に出していきました。
 艦橋に上って来た艦長が私のそばに来て、私の処置を確認すると、間髪を入れずに「短5声を鳴らせ」と指示しました。これは「貴船の動向に疑義あり」という汽笛による疑問信号です。
 私は船を停止させるだけでは衝突回避ができないと判断したので、二つあるスクリューを右側を後進、左側を前進させることにより船をその場で回頭させようとそのタイミングを計るために前方の漁船と速力計を交互に睨んでいました。
 この方法は後進の勢いを弱めるので、そのタイミングを誤ると大変なことになります。
 相手船との水空きと自船の速力を見ながら慎重な判断が必要です。
 私が左エンジンを前進させるタイミングを計っていると看破した艦長はさすがに見極めが早く、「大丈夫だ、ギリギリでかわせる、よくやった。左前進は少し待て。」と言ってくれました。
 その時、相手の漁船のブリッジから船員が一人飛び出して来て、こちらを見てびっくりしていました。
 両船はなんとか50メートルくらいの間を残して同じ方向を向き、私はさらに用心して針路を右にとって距離を離しました。洋上の護衛艦にとっては、間一髪の距離です。
 
 何が起こったのか、その漁船の船籍港の表示を見て分かりました。
 気仙沼の船だったのです。多分、築地あたりで水揚げをして母港へ戻る途中だったのでしょう。浦賀水道を抜けてすぐに自動操舵装置を起動させ、ブリッジの当直員はろくに見張りもせずにいたのだと思われます。
 そしてあらかじめ定められた地点において自動操舵装置が針路を北へ変針させてしまったのです。当時の自動操舵装置には衝突防止の機能がありませんでした。見張りがなされていることが前提だからです。
 そして当方の警笛の吹鳴を聞いて慌てて飛び出して来て、衝突寸前なのを見てなすすべもなく硬直してしまったのでしょう。
 私の対応が少しでも遅れ、あるいは艦長の指示がなかったら衝突していたかもしれません。
 護衛艦と漁船が衝突すれば、原因がどうであれ護衛艦が袋叩き似合うのは眼に見えています。私は運が良かったのです。
 

危機を避けるためには

 以前に海上自衛隊の護衛艦と漁船が衝突して漁船の2名が亡くなった事故がありました。
 海難審判が行われ、いろいろな事故原因が指摘されましたが、私に言わせれば、漁船が法律に従った運航をしているという前提で判断した護衛艦の航海指揮官の経験不足です。
 私の場合は、嫌な予感がしたのでヘリコプターの発艦を見合わせさせていました。艦長も報告を聞いて艦橋に上って来ていたのです。
 私の嫌な予感の原因は、相手が漁船だったからです。

 沿岸で漁船との衝突事故を防ぐためには、漁船は海上法規を守らないという前提で判断する必要があります。彼らに遵法精神を期待してはなりません。

 日本初のスキューバダイビング専用ヨットを建造した、往年のヨット乗りならその名を知らぬ者はない田邊英蔵氏は、そのエッセイの中で「私は法律を守って走っている漁船を見たことがない。」と書いておられますが、残念ながらそれは達見と言わざるを得ません。私たちヨット乗りがどれだけの漁船に泣かされてきたか知れないのです。
 漁船に言わせれば、遊びで船に乗っている連中に何で遠慮しなければならないのかというところでしょうが、遊びだからといって命を奪われていいというものではありません。
 この論理がまかり通るなら、大型トラックはどんな横暴な運転をして自家用車を潰してもいいということになります。
 さらには自分の利益のために漁をしている漁船は国防のために海上を航行している護衛艦を避けねばならぬという論理に飛躍していくことになります。そんなことがあっていいはずがありません。

 海上衝突予防法の基本的な立法趣旨は、衝突を回避することではなく、衝突のおそれを回避することにあります。
 つまり、衝突に至る事態に陥るおそれがあるという状態をそもそも作らないということがこの法律が目的とするところです。
 
 危機管理を考えるとき、この考え方は非常に重要な根本的な哲学となります。
 そもそも危機に陥らない態勢を構築すること、それが最も大切となります。
 弊社の危機管理の体系をご覧いただければ分かりますが、危機が起きた後どのように対処するかという論点よりも、いかに危機を回避するか、危機に陥らない態勢はどのように構築するかという論点に力点が置かれています。
 
 『春秋』の解説書と言われる『春秋公羊伝』という本に「君子危うきに近寄らず」と書いてあるそうですが、これは危機管理においては至言ともいうべきものです。
 この場合の「危うき」は「危機」のことであり、「危険」のことではありません。
 危険性はある程度覚悟しなければ、何も売ることができません。ハイ・リターンを取ろうと思えばハイ・リスクを許容しなければなりませんし、ロー・リスクを選択すればロー・リターンで我慢することになります。危険は許容しなければならない場合が多いのですが、危機は徹底的に避けなければなりません。
 私が常々「リスクマネジメント」と「危機管理」は別物であり、根本的な考え方が異なると主張しているのはこのためです。

 海上における漁船との関係同様、どちらが正しいという議論ではなく、危ういものには近づかないのが基本です。