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専門コラム「指揮官の決断」

第105回 

No.105 言論における責任とは その2

カテゴリ:コラム

原典を読まない専門家?

 ”Aircraft in warfare: The dawn of the fourth arm.” と聞いて何のことかお分かりになる経営コンサルタントの方がどのくらいいらっしゃるでしょうか。
 この件は、後で説明いたします。

 前回のコラムで、ある大学教授のテレビでのコメントを取り上げ、自分が読んでもいない本を引用して自説を展開するのは無責任であると論じました。しかもその引用が正しく解釈されているのであればともかく、誰が読んでも誤った解釈であるのであればなおさらなのです。(専門コラム「指揮官の決断」No.104 言論における責任とは  https://aegis-cms.co.jp/1280 
 しかも学者でありながら原典を読まずに引用するという態度が許しがたいと思っています。

 しかし、評論家たちのこのような態度は特に珍しいものではありません。
 私は職業柄コンサルタントという方々と接することがよくありますが、コンサルタントも自分の専門領域のはずなのにかなりあやふやな論理を振りまわしている方をお見受けします。

ドラッカーくらいは読んでいるのかな?

 私の専門ではないのですが、経営のコンサルタントに多いのがドラッカーというと「イノベーション」だという方です。
 しかし、ドラッカーのイノベーションが何を指しているのか、原典を読んでモノを言っているのか疑わしい方がいらっしゃいます。

 試しに「ドラッカーがイノベーションが最も大切であると断言しているのはどの著作ですか?」と尋ねて、明確に即答されたコンサルタントに会ったことがありません
 ドラッカーの著作をかなり読んでいるコンサルタントの方は『イノベーションと企業家精神』を挙げられるのですが、この本にも「企業にとって最も大切なのはイノーベーション」という表現はなかったはずです。
 ドラッカーがイノベーションの重要性を指摘したのは遥か以前の著作だったからであり、さらに付言すれば、イノベーションの重要性を最初に指摘したのはシュムペーターです。
 
 実はこの質問自体が引っ掛けの意地の悪い質問ではあるのですが、私の知る限り、イノベーションが最も大切などいう言い方をドラッカーはその著作において多分一度もしていないはずです。私が読み落としているのであればご指摘いただければ幸いです。

 ドラッカーにとっては企業家精神をもった経営者であればイノベーションは当然のものであり、その企業家精神そのものも気質でも才能でもなく、行動であり、経営に向かう姿勢であって、天才的なひらめきやインスピレーションとも無関係なものなのです。
 つまり、学習を通じて企業家的に行動することができるようになるというものであり、その過程において実践していくものがイノベーションなのですが、どうもこれを絶えず新製品を世に送り出すことや新しいマーケティング戦術(ブルーオーシャンなど)を採用していくことだと勘違いしているコンサルタントが多いので困ります。
 
 ちなみにドラッカーが最も大切と言い切ったのは「誠実さ」(sincerity)です。

ランチェスター経営はどうかな?

 さらに経営コンサルタントにはランチェスターを振りかざす方もおられますが、ランチェスターの法則とランチェスター経営の関係を知らない人もいて唖然とさせられることがしばしばです。
 
 私は大学及び大学院で組織論を専攻しました。その中でも意思決定の問題に関心を持っていましたので、当然のことならが数学モデルを扱うことがしばしばありました。
 そして海上自衛隊に入隊してしばらくして出くわしたのがランチェスターの法則でした。
 幹部学校の指揮幕僚課程に入校し、学校の図書館をうろついていた時に偶然見つけたのが”Aircraft in warfare: The dawn of the fourth arm.”(戦闘における航空機 – 4番目の兵器の夜明け)という論文でした。たしか200ページくらいの論文だったと思います。
 大学当時からランチェスターが経営戦略としても有名なのを知っていたのですが学生時代に読んだ記憶はありません。
 幹部学校の学生というのは恐ろしくたくさんの論文を書かねばならないので、これも何らかの論文のネタになるだろうと借り出して読んでみました。確かに面白い論文でした。
 
 少数で多数と戦うと負けるのは直感的に正しいのですが、それを数学的に説明されてモヤモヤが晴れたという感じでした。
 これは要するに戦場において航空機がいかに優れた戦果をあげることができるのかを数学的に証明しようとした論文であり、たしかに1914年に航空機の可能性に目を付けていたランチェスターの慧眼には恐れ入りますが、世に言われているランチェスター経営とはほとんど関係がありません。
 
 経営コンサルタントの方々が指導されているランチェスター経営の基礎は地域戦略と呼ばれるいわゆるニッチ戦略にあるようです。つまり、10隊5で戦うと負けるので、10を3つくらいに分けて3対5で戦えば勝機があるというものですが、ランチェスターの論文にはそのような記述はまったくありません。
 ランチェスター自身は10対5では負ける戦いも航空機を投入すれば勝てると書いているだけです。
 
 これが何故小が大を制するための戦略となるのか理解に苦しむのですが、田岡信夫という経営コンサルタントがランチェスターの法則の分かりやすさに目を付け、そこに孫子の兵法などを持ち込んで独自の解釈を付け加えたのがランチェスター経営というもののようです。
 
 ランチェスターが主張したのは、武器の性能に大きな差があれば数に差があっても勝てるということなのですが、ランチェスター経営ではそこがぼやかされています。
 
 現実の市場競争で、小企業が大企業に対して優位に立てるほど良い商品を開発するのは大変で、そのために投入される経営資源を考えた場合、長期的にどちらが体力を維持できるかという問題が生じます。
 要するに、ランチェスター経営は小企業が大企業に勝つためには、画期的な圧倒的な競争力を手に入れなければならないという当たり前のことを言っているにすぎないのですが、そのためにどうすればいいのかという肝心な点については明確には語られていません。
 
 ランチェスターの法則がそのようなことにまったく言及していないので、法則と経営戦略の間に乖離を生じているのです。
 
 孫子もその点については言及していません。
 
 そこで出てくるのがドラッカーのイノベーションなのです。
 小さな企業が大企業に勝つための圧倒的な競争力を手に入れるのには「イノベーション」が必要だという論理を作るので、イノベーションが単なる新製品の開発や新たなマーケティング手法の導入などの話になってしまうのです。

解説本とは?

 私は学生時代からあまり解説本を読んだことがありません。大学のゼミの先生の影響なのですが、解説本を読んでいる暇があったら原典を読めということです。
 
 解説本の問題点は二つあります。
 
 一つは、解説本がそれほど平易に読めるわけではないということです。 
 難解な書物をやさしく解説するのはそれほど楽な作業ではありません。
 つまりどうせ難しいなら原典を読んだ方が早いということです。

 もう一つの理由は、解説本が必ずしも正しくはないからです。
 解説本の著者の読み解き方が誤っている場合が多々あります。
 誤っているとは言えないまでも、表面的な問題にとらわれて真意を伝えていないことは珍しくありません。
 
 私が当コラムで時々取り上げる『失敗の本質』という名著は、特に難解な本ではありませんが、何故か解説書が出版されています。タイトルも『超入門 失敗の本質』となっており、全編が『失敗の本質』礼賛の記述で埋め尽くされているかのような本ですが、著者が原典を本当に読んだのかと思うほど誤読をしています。かつ、原典にはまったく記述の無い内容が延々と綴られていて、原典の価値を大幅に損なっています。
 このような解説本は珍しくありません。
 したがって私は解説本をあまり読んだことがありません。

 難解な専門書にいきなり立ち向かうのではなく、適切な入門書から入っていくというのは間違った方法ではなく、その過程で解説本を利用するのは結構なことなのですが、専門家である評論家やコンサルタントが原典を確認せず解説本だけで自説を展開するという態度はどう考えても無責任です。

危機管理に臨む者に必要な基本的な習慣

 

 私は冒頭に掲げたランチェスターの論文を読まずにランチェスター経営を語る評論家を信じていませんし、ドラッカーが最も大切としているのがイノベーションだと思い込んでいるコンサルタントにも疑問を持っています。
 プロとしての責任感が欠如しているとしか思えないからです。

 このコラムをお読み頂いている皆様は危機管理に関心をお持ちのことと拝察いたします。
 私が今回のコラムで何を気にしているのかといえば、原典を確認しておくという態度なのです。
 この態度、あるいは習慣は危機管理において非常に重要です。

 2次情報には1次情報を加工して作った際のバイアスが含まれています。
 危機管理においてはそれらのバイアスを排除して元はどうだったのかということを常に考え続けなければなりません。2次情報を丸のみにして情勢を判断することは危険なのです。 
 
 バイアスの大きい2次情報や風評に惑わされることなく、コトの本質に切り込む習慣や態度を日常から身に付けておかなければ、安易な情報に踊らされることになります。
 そのためには常に本来はどうなのかを見つめ続ける態度が必要なのです。

 ましてマスコミにおいて発信するのであれば、原典を確認しておくのは最低限の責任です。
 聖書を読んだことの無い神父さんがいたら、びっくりですよね。
 
 私が原典にこだわるのはそのためです。