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専門コラム「指揮官の決断」

第106回 

No.106 プロトコールがメッセージを送る

カテゴリ:コラム

韓国政府の国際感覚とは

 韓国が開催する国際観艦式において、韓国政府から参加各国の艦艇は自国国旗と韓国国旗のみを掲揚するようにという要請がありました。
 海上自衛隊に旭日旗を揚げるなという要請があったと報道しているメディアもありますが、厳密にいうと間違いです。事実上海上自衛隊への要請ですが、さすがに日本を名指ししてはいません。

 軍艦は国際法上、国籍を示す旗を掲げなければなりません。
 国際法上の軍艦とは、軍隊に所属する船舶であり、国籍を示す標識を掲げ、士官名簿に正式に名前の記載された士官により指揮され、その規律に従う乗組員が乗っていることが要件となっています。
 この国籍を示す標識が軍艦旗であり、米国をはじめ多くの国は国旗と同じデザインの旗を軍艦旗としています。
 一方で日本や英国は国旗とは別のデザインの旗を軍艦の国籍を示す旗として掲げています。
 したがって今回の韓国の要請は米国などには問題はないのですが、国旗と異なる旗を掲げる海上自衛隊にとっては困った問題になるのです。

 海上自衛隊が旭日旗を自衛艦旗として掲げるようになったいきさつはかつて当コラムでお伝えしたことがありますので、そちらをご覧ください。
(専門コラム「指揮官の決断」 No.014 日本には国旗が2つ? https://aegis-cms.co.jp/413 )

 要するに韓国は戦前の日本の統治を思い出させる旭日旗を掲げて入ってくるなと言っているのですが、これには日本は従うことができません。

 何故なら、国際法上、海上自衛隊の艦艇が掲げる旗は登録されており、自衛艦が日章旗を掲げたとすれば、国際法上の軍艦なのに商船を装っている仮装軍艦であるということになってしまうからです。

 韓国の言い分をまったく理解できないわけではありません。
 例えば、ドイツの軍艦がナチスのハーケンクロスの旗を掲げて航海したとすれば私たち日本人の感覚でも何か異様な感じがします。
 多分、韓国の方々にとっても同じなのでしょう。

 しかし、海上自衛隊の旭日旗は、創設以来掲げてきたものであり、創設時に世界から非難を浴びたわけでもなく、韓国もここ数年になって初めて言いがかりをつけてきているものです。
 一国の軍隊に向かってその象徴たる旗を降ろせと要求するということは降伏せよと言っているに等しく、これほど侮辱的な要求はなく、到底受け入れるわけにはいきません。

 国際法に従った旗を掲げるなという韓国政府の要請は、国際社会では非常識な要請と受け取られるでしょう。
 
 元々、韓国を見ていると、法の支配が及んでいるのかどうか疑わしいことがあります。
 対馬の仏像盗難事件でも韓国の裁判所は、当該仏像は倭寇によって朝鮮半島から略奪されたものであるので、日本側が正当に取得したということを訴訟で確認するまで返還してはならないという判決を下しています。
 まともな法感覚であれば、倭寇が略奪したこと自体を証明しなければこのような判決は下せないはずです。
 法的な事実として厳密にそれが証明できなくとも歴史的に明らかであれば略奪品であると言っても政治的には間違いではないかもしれませんが、法廷ではそうはいきません。
 例え証明できたとしても時効取得を認めざるを得ないはずです。
 
 こんな判決がまかり通ったら、大英博物館の収蔵品の半分以上は返還請求が出されても文句が言えないということになってしまいます。
 
 今回の自衛艦旗拒否問題は韓国の法的非常識を世界に曝け出す以外の効果を持たないかもしれません。

 私は「意思決定」「リーダーシップ」及び「プロトコール」の問題についてこのコラムで論じているのですが、これはプロトコールの問題そのものです。

 今回の論点は、プロトコールがメッセージを送ることがあるということです。
 韓国から送られたメッセージは、日本の歴史認識に対する韓国の強い思いでしょう。
 しかし、韓国は国際的に非常識な国という評価を受けるリスクを背負ってしまっています。

ロシア海軍がプロトコールに託したメッセージとは

 私がプロトコールがメッセージを送ることがあるということに強い印象を持ったのは1996年のことでした。
 この年、海上自衛隊は帝国海軍から数えて73年ぶりに艦艇をロシアへ派遣しました。
 ウラジオストクで開催されたロシア海軍300周年記念国際観艦式に参加したのです。
 
 これはその直前に日露の政治レベルでの話し合いがあり、将来の平和条約締結に向けて関係の改善を図る必要があるとのことで、まず、信頼醸成措置の第一歩として相互に海軍艦艇の訪問を行うということが決まったことを受けたものでした。
 軍艦はこのように外交の道具として昔から使われてきました。
 両国の関係が良好であることをお互いに確認し、また国際社会にアピールするために艦艇を相互に派遣し合うのです。
 陸軍がこのように使われることはありません。お互いの戦車が首都を走り回るなどと言う外交はないのです。
 
 その時指定された部隊は佐世保を母港とする第2護衛隊群であり、第2護衛隊群は旗艦「くらま」でウラジオストクに入港し、ロシア海軍300周年行事に参加したのです。
 私はその時、第2護衛隊群司令部の幕僚として勤務しており、唐突に決まったウラジオストク派遣の準備に忙殺される日々を送りました。
 
 さて、7月末、北朝鮮の警戒する海域をかすめながらウラジオストクに入港し、5日間の滞在期間中に凄まじい数の行事をこなさねばならず、群司令以下スケジュールに追い回される日々でしたが、この時、私はロシア海軍のメッセージを彼らのプロトコールから読み取ることができました。

 この国際観艦式に参加したのはロシア海軍、米国海軍、中国海軍、韓国海軍、そして海上自衛隊でした。
 
 ウラジオストクの軍港に入港して私が何か妙だと気付いたのは、岸壁に立っている国旗掲揚搭に掲げられている各国の国旗を見た時でした。
 5か国の国旗が掲揚されているのですが、掲揚されている順番が国際的な慣例と異なるのです。
 
 多数の国の艦艇が入港している場合、その指揮官の先任順に旗が掲げられるのが普通です。
 ロシア海軍はホストでもあり、ロシア太平洋艦隊司令官はクロエドフ大将であったので先任順も文句なく最先任でした。
 次は米国です。海軍中将の第7艦隊司令官が旗艦ブルーリッジに乗って来ていましたので次席になります。
 さて、中国、韓国の指揮官は海軍少将でした。海上自衛隊の第二護衛隊群司令も海将補であり、同じ階級です。
 しかし、その階級に昇任した先任順では韓国、中国、日本となり、第2護衛隊群司令は参加各国の指揮官の中で最も若く、最後任の指揮官だったのです。
 当然、国旗はロシア、米国、韓国、中国、日本の順に揚げられなければなりません。
 ところが私が見ると、ロシア、米国、日本、中国、韓国の順に揚げられています。

 私はその第2護衛隊群の監理幕僚という配置にあり、プロトコールは私の責任でしたので、入港して群司令と共に太平洋艦隊司令部に表敬に行ったついでに、先方の監理担当幕僚に国旗を掲揚する順番が違うことを指摘しました。
 すぐにロシア海軍の兵隊たちがやってきて旗の順番を入れ替えてくれたので、後から入ってきた中国や韓国が気が付くことなくすんでホッとしました。
 
 しかし、次の日の朝、起きて甲板上を歩いていて愕然としたのは、昨日の入港時と同じ順番で掲げられていたことです。
 私はすぐに連絡要員として来ていたロシア海軍の士官に同じ指摘をして順番を入れ替えるようリコメンドしました。
 ところがこの日は揚げ直しに来ないのです。
 次の朝も同様でした。
 となりに入港している韓国海軍もそれに気づいており、ロシア側に抗議をしているようでした。

 私は困ってしまい、米海軍の「ブルーリッジ」に行って第7艦隊司令部の幕僚長に会い、ロシアと調整してくれるように頼みました。
 第7艦隊幕僚長はお前さんそりゃ無理だよとニヤニヤしています。
 あれは指揮官の先任順に掲揚しているのではなく、ロシア側が重要だと思っている国順に揚げているんだから、ということなのです。
 私は呆気に取られて帰ってきました。

 5日間の行事の最終日、そのことを思い知らされました。
 
 最終日の前日から招かれた各国艦艇による返礼の艦上レセプションが始まりました。
 まず、前日に米第7艦隊旗艦「ブルーリッジ」と中国海軍巡洋艦「ハルピン」上での艦上レセプションが行われ、各国士官はそれぞれの艦艇を訪問して歓談しました。
 クロエドフ大将も現れ、まず「ブルーリッジ」を訪問し、きっかり30分滞在すると中国の「ハルピン」に移り、こちらもちょうど30分だけ滞在して帰っていきました。
 接遇は私の担当でもありましたので、クロエドフ大将がどのように行動するかを観察していました。翌日の対応策を練るためです。
 
 翌日、海上自衛隊と韓国海軍が同様に艦上レセプションを開催しました。
 ロシア太平洋艦隊司令部からはクロエドフ大将が開始後30分くらいにまず海上自衛隊の「くらま」を訪問するという通知がありました。
 私はその予定に合わせて乾杯を行う段取りなどをして、横にいる韓国海軍の担当幕僚と打ち合わせもして待ち受けました。
 
 さて、艦上レセプションを開始して30分ほど経ち、各国指揮官や主要な士官達も「くらま」に集まったころ、クロエドフ大将が幕僚を連れて現れました。
 それを機に、各国指揮官に法被などを着てもらって日本酒の樽の鏡割りを行い、升酒で乾杯する艦上レセプションを開始しました。
 
 私はクロエドフ大将が30分後には退艦して韓国艦へ行くものと思っていたので25分経ったところで群司令にセンディングラインに付いてもらい、ロシア側の幕僚に退艦準備OKを伝えたのですが、クロエドフ司令官は動こうとしません。
 
 45分経ってもクロエドフ大将は周りにいる各国の指揮官たちと話を続けているだけで一向に韓国側へ行こうとしないのです。それどころか料理のテーブルを回って、各料理の説明を聞いたりしています。
 隣の韓国海軍では艦上で指揮官以下が待ち受けており、海上自衛隊が引き留めているのではないかと疑っているので、韓国側の担当幕僚を呼び寄せ、事情をその目で見てもらい、韓国の指揮官に迎えに来るようにアドバイスをしました。
 韓国海軍からは司令部幕僚長がやってきて、ロシア太平洋艦隊司令部の幕僚長と何かを話していましたが、あきらめて帰ってしまいました。
 
 1時間半たってもクロエドフ大将は升酒が気に入ったのか楽しそうに歓談を続けており、一向に動きません。
 韓国側の苛立ちがピークになっているのを感じた私は韓国艦に出向き、韓国の指揮官や幕僚、乗組み士官たちも「くらま」に来て、一緒に飲みましょうと誘いました。
 その頃にはロシア側の担当幕僚が何度も韓国艦艇へ事情を説明に行き、海上自衛隊が引き留めているのではないということを理解していた韓国側でしたが、プライドがあったのかこちらに移って来なかったのですが、私が誘いに行くと「そう言われては仕方がない」と移ってきました。
 結局クロエドフ大将は2時間余りを「くらま」艦上で過ごして、名残惜しそうに退艦していきました。
 
 結局、ロシア太平洋艦隊は米国と中国にはしっかりと同じ時間を割き、日本には2時間滞在し、韓国側には行かないという暴挙に出たのです。
 
 これが彼らの日本あるいは海上自衛隊に対する評価だったということです。
 日本を信頼醸成措置の第一歩を踏み出した国として評価したのか、あるいは戦う相手としての海上自衛隊の実力に対する評価なのかは不明でしたが、明らかに韓国と海上自衛隊に対する対応が異なっていたのです。
 
 これは滞在中、あらゆる場面で示されました。私はプロトコールを担当する幕僚でしたので、それを直接肌で感じていました。
 例えば、各国が連れてきている音楽隊がウラジオストク市内のあちらこちらで演奏をするのですが、割り当てられた場所などがあきらかに違うのです。
 海上自衛隊の音楽隊は市内の大きな公園でお昼と夕方の時間を割り当てられ、韓国の軍楽隊は海岸近くの工場の跡地のようなところで、好きな時間に演奏せよ、という具合です。

 そしてそのような評価をロシアという国は露骨に行うのだということを米海軍第7艦隊の幕僚長から教えられたのです。

 つまり、プロトコールはメッセージを伝えるのです。

プロトコールを軽視すると恐ろしいことに・・・

 プロトコールがメッセージを送ることがあるということを角度を変えて見ると恐ろしいことに気が付きます。
 
 プロトコールをいい加減に行っていると、自分が気が付かないうちにとんでもないメッセージを相手に送ってしまっていることがあるということです。
 自分の意図していないメッセージが自分のプロトコールから発信されてしまうおそれがあるのです。
 例えば、お茶の出し方一つでも、お客様が賓客として扱われているのか迷惑な客と思われているのかを感じ取ってしまうことがあるということです。
 
 つまり、プロトコールとは、いくら重要視しても過ぎることの無い重要な意味を持つものであるということを私たちは知らなければならないのです。