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専門コラム「指揮官の決断」

第107回 

No.107 『失敗の本質』 再考 その2 意思決定の環境

カテゴリ:コラム

ミッドウェイの戦いとは

 当コラムのNo.103において、名著『失敗の本質』を取り上げ、意思決定の目的は何かという本質的な問題を考えました。(専門コラム「指揮官の決断」 No.103 『失敗の本質』再考:自らの使命は何なのかを問い続けよ。https://aegis-cms.co.jp/1275 
 今回は意思決定が行われる環境について考えます。

 太平洋戦争(ちなみにこの名称は米軍の呼び方であり、ヨーロッパとアジアで戦っていた米軍にとっては日本との戦いはPacific Theaterでの戦いであったというだけで、日本としての公式名称は大東亜戦争となっています。これは昭和16年12月12日の閣議決定です。戦後GHQによってその名称を使うことを禁じられましたが、新たな名称を付与されたわけではありません。)における最初の大きな分岐点となった戦いが海軍の行ったミッドウェイ作戦でした。
 『失敗の本質』では当然この作戦を取り上げています。

 戦史をご存じない方のためにこの作戦がどのような戦いだったのかを概説しておきます。
 開戦劈頭、日本海軍は艦載機によるハワイ真珠湾の米太平洋海軍に奇襲攻撃を行いましたが、この時、真珠湾には米海軍の航空母艦が在泊しておらず、これらを撃ち漏らしていました。
 昭和17年6月、日本海軍は米空母を誘い出して撃滅するためにミッドウェイ島を攻略することを企図し、ミッドウェイ攻略作戦に着手しました。
 これが後々まで作戦目的の二重性として批判される作戦目的です。つまり、ミッドウェイ島攻略という目的と米空母を誘い出して撃滅するという目的が重なっており、曖昧だというものです。
 
 作戦は当時の連合艦隊のほぼ全力をもって行われ、主力空母4隻が参加していました。
 日本海軍の空母機動部隊がミッドウェイ島に接近しても米空母出撃の情報を得られず、偵察機を出しても敵空母群を発見できなかったため、米空母は出撃していないと判断し、同島へ第一陣の爆撃機を攻撃に向かわせました。そして第二陣の艦載機部隊には、万一米空母を発見した場合に備えて、空母攻撃用の魚雷を搭載して待機させていました。
 
 事前に日本側の作戦を暗号解読により察知していた米軍は、ミッドウェイ島から飛行艇を偵察に出して日本の空母を発見し、また、同島を攻撃に向かう日本の艦載機部隊も発見したため、全航空機を空中に退避させ、日本の空母を攻撃できる航空機には攻撃に向かうよう命じました。
 ところが、当時、ハワイ以来の歴戦の日本に比べて米軍の搭乗員はほとんど実践を経験しておらず、また、ミッドウェイから準備ができた順に散発的に出撃して日本艦隊の上空に達して攻撃をしたため、ほとんど全てが艦隊の上空で警戒していたゼロ戦に撃ち落とされてしまいました。
 一方でミッドウェイ島を空襲した日本の攻撃隊も爆撃が大きな戦果をあげることができず、第二次攻撃の必要があるという電報を打ってきています。

 そこで日本の機動部隊では、米空母を発見した場合に備えて魚雷を搭載させていた攻撃隊の魚雷を陸上攻撃用の爆弾に変更する作業を始めました。
 その作業を行っている最中に今度は偵察機から「米空母発見」の報告が入りました。

 ここで機動部隊司令部は大きなジレンマに直面しました。
 再度魚雷に換装するとすれば時間がかかるので、陸上攻撃用の爆弾を積んだまま出撃させるべきだというのが参謀の意見具申でした。
 ところが、ミッドウェイから飛来してきた米軍機の散発的な攻撃が続いていたため、戦闘機が迎撃のため上空に上ってしまっていて、空母を攻撃に向かう部隊に付けてやる護衛の戦闘機が無かったのです。
 さらに、その頃ミッドウェイから戻ってきた攻撃隊が上空に到着しはじめ、着艦の順番を待っていました。攻撃隊を発艦させるために甲板上に並べてしまうと、これらが着艦できずに燃料切れとなるおそれがありました。

 そこで機動部隊指揮官の南雲中将は、正攻法をとることを決断し、第一次攻撃隊を収容し、魚雷に換装した第二次攻撃隊に給油を終えた護衛戦闘機を付けて出撃させることにしたのです。
 そして、第一次攻撃隊を収容し、第二次攻撃隊の準備をしているところに米海軍の空母から出撃してきた艦載機が襲いかかってきたのです。
 その結果、不意を突かれた空母4隻が撃沈されるという結果となり、大敗北を喫してしまったのです。

ミッドウェイの敗北は論理必然なのだろうか

 この作戦について『失敗の本質』は多数のページを使い、様々な分析をしています。
 先に挙げた作戦目的の二重性なども指摘されています。
 また、米軍が適材を適所に配員するという柔軟な人事を行ったのに対して、日本海軍は年功序列の人事制度に固執して、空母機動部隊を率いるのに不適切な大艦巨砲主義者を指揮官としたままこの作戦に臨んだことなどを指摘しています。
 なるほど組織論の研究者がこの作戦を観るとこうなるのかという見事な分析ではあります。

 しかし、その分析は著者たちも認めているように後知恵にすぎず、何故敗北を喫したのかを組織論の枠組みで説明しようとして、その理由を探してきたものとしか思えません。
 
 なぜなら、この作戦の場合、あまりに日本は運が悪く、米軍が幸運に恵まれていたからです。
 
 日本は事前に潜水艦を偵察に出し、米空母部隊の動静を探らせています。また、当日も哨戒計画を立てて、偵察機を飛ばしています。
 ただ、巡洋艦利根から発艦予定の偵察機が故障により発艦が遅れ、たまたまその偵察機がカバーする予定だった海域に米空母部隊がおり、発見が遅れてしまったのです。
 一方、米軍は空母から発艦させた部隊も途中でバラバラになってしまい、急降下爆撃機を率いていた恐ろしくガッツのある少佐が、帰艦する燃料も尽きかけているのにあきらめずに飛び続け、偶然雲の切れ目に日本の駆逐艦の航跡を見つけ、その先に日本の機動部隊がいるに違いないと判断した結果、日本の機動部隊を発見したのでした。
 さらには雷撃機が先に日本艦隊に到達して攻撃を始めたため、上空にいた日本の戦闘機が低空におりてきた後に急降下爆撃機が高高度で戦場に達したので上空がガラ空きだったことも米軍側に幸いしました。
 艦上の見張り員も雷撃機が投下する魚雷の見張りに忙しく、高高度から突っ込んでくる爆撃機の発見が遅れたのが致命傷でした。

 つまり、これらのどれかの要素が無かったら、勝敗は逆転していたかもしれません。
 
 戦場においてはこのような運命のようなものの存在を無視できません。
 そのような運が左右している事例についても、あたかも両軍の体質的な長所、短所から導き出された論理必然的な結果であるがごとき分析をされても、学者の後知恵として立派な論文にはなるのですが、実務家が納得するものにはなりません。
 
 ミッドウェイ作戦は偶然のチャンスを見事に生かした米軍の勝利であり、不運をリカバーできなかった日本軍の敗北です。
 この本はミッドウェイ海戦が戦争のターニングポイントであったことから分析の対象から外すわけにもいかず、といって学者としては日本は運が悪くて負けたという分析をするわけにもいかず、自分たちの仮説で説明しようとしたのでしょうが、こじつけにしか見えないのです。

社会科学の眼で見ると

 一方、組織論の研究者の眼で読んでも気になる記述があります。

 社会科学の研究者であれば、論理の一貫性や事実による検証が重要であることを知っているはずです。
 しかし、それが疑わしいのです。
 
 この『失敗の本質』には、ミッドウェー作戦に関し、「米空母の存在を確認したら、護衛戦闘機なしでもすぐに攻撃隊を発進させるべきであった。航空決戦では先制奇襲が大原則なのである。」という記述があります。
 しかし、ミッドウェー海戦以前に航空決戦は歴史上一度しか生起していません。
 ミッドウェイ作戦の約1か月前に戦われた珊瑚海海戦です。
 ハワイ奇襲やマレー沖海戦においても航空機が水上艦艇を攻撃した例はありますが、海上航空戦力同士が戦ったいわゆる航空決戦は珊瑚海海戦以前にはありませんでした。

 つまりミッドウェイ作戦当時、航空決戦に関して何らかの原則が確立していたということはできないのです。
 とにかく急いで護衛の戦闘機無しで爆撃機や雷撃機のみを出撃させることが原則なのか、多少時間がかかってもしっかりとした護衛機を随伴させるべきなのか、どちらが原則なのか確立したものがあったとは言えません。
 たった1回の前例で原則を打ち立てる態度はまともな研究者のそれではありません。

 部下を送り出す指揮官として、護衛なしで出撃させるという判断をすべきかどうかは難しいところです。これは典型的な正解のない問題です。
 実際に日本の機動部隊を攻撃に来ていたミッドウェイの航空部隊は戦闘機の護衛なしにやってきたので、艦隊の上空で警戒していた日本の戦闘機に次々に撃墜されてろくな戦果をあげていませんでした。
 日本側が同じことを米艦隊に行えば、米艦隊上空で撃墜されてしまうのは目に見えています。

 さらに付言すれば、先制奇襲は航空決戦の原則ではなく、戦いの一般原則です。
 しかし、常にその原則どおりに戦えば勝てるというものではありません。
 原則どおりに戦えば勝てるのであれば、幕僚学校で一生懸命勉強して過去の例をたくさん知っている優秀な幕僚がいればそれで済んでしまい、指揮官は不要です。
 
 ミッドウェイ作戦の翌々年、昭和19年2月、海軍航空戦力を再建すべく第一航空艦隊がテニアン島へ進出したのですが、その翌日に米機動部隊発見との情報を得ました。
 第一航空艦隊司令長官の角田中将は勇猛をもって知られる指揮官であり、「見敵必戦」を掲げ、直ちに出撃命令を出しました。
 参謀はまだ態勢が整っていないことを理由に航空機の消耗を避けるために避退するよう意見具申をしたのですが、第一航空艦隊司令長官はそれを退けて出撃させました。
 先制奇襲を企図したのです。
 しかしこれがやはり準備不足のため、全く戦果をあげることができず、貴重な航空機と搭乗員を失ったばかりか、攻撃を終えて帰投する際に米軍機に後をつけられて基地の位置を暴露してしまい、翌日空襲を受けて93機のうち90機を失って全滅してしまいました。
 「先制奇襲が原則」とする『失敗の本質』の著者たちはこの事例には全く触れていません。

 要するに、勝った方には「作戦に柔軟性があった」、負けた方には「場当たり的で一貫性がない作戦であった。」、という評価をし、逆の場合には、勝った方に「作戦が終始一貫した戦略に基づいて遂行された。」、そして負けた方には「硬直した作戦を頑固に戦ったために負けた。」という評価を与えているにすぎません。
 ミッドウェーでは正攻法を取ったために発艦前に米軍機に襲われてしまいました。だから護衛なしでも出撃させるべきであったと評しているのですが、護衛なしで出撃させて、敵艦隊上空で迎撃機によって大打撃を受けていたら、護衛をつけずに出撃させるなど航空戦の原則に反すると主張したのではないでしょうか。
 

意思決定の環境を考える

 ここで日米両軍の指揮官の行った意思決定の環境について考えてみます。

 意思決定というものは、決定者の主観的環境の中で行われるのですが、決定そのものはその客観的環境の中で行われます。
 つまり、客観的環境の中には日本海軍の機動部隊を攻撃しようと接近してくる米海軍の艦載機部隊がいるのですが、日本海軍の機動部隊指揮官の主観的環境の中にいたのは機動部隊目指して戻ってくる第一次攻撃隊であり、米海軍艦載機ではなかったのです。
 
 同じことは真珠湾を奇襲された米太平洋艦隊司令官についても言うことができます。
 彼の客観的環境の中には真珠湾に襲いかかろうとしている日本海軍の艦載機部隊がいたにも関わらず、彼の主観的環境の中にいたのは米本土から移駐してくるB-17爆撃機部隊だけだったのです。
 
 ミッドウェイ海戦において、米軍指揮官の主観的環境の中にはミッドウェイ島に襲いかかろうとする日本海軍の機動部隊が存在していましたが、日本側指揮官の主観的環境には出撃してくる米機動部隊が存在していません。
 
 その結果、日米の情勢判断の仕方に差が生じてしまいました。
 米軍は日本艦隊の出撃を知っているので、必死になってその位置を探ろうとしていました。米軍の急降下爆撃隊指揮官も燃料不足を厭わずに探し続けた理由はここにあります。日本艦隊を発見できなければ確実に敗北するからです。
 一方で日本側は、いるかいないか分からない敵を探しており、見つからない時間が長引けば長引くほど、敵はいないのではないかという確信が強まっていくのです。
 
 意思決定の的確性を高くするためには主観的環境と客観的環境のギャップを可能な限り小さくする必要があるのですが、レーダーの技術、暗号解読の技術など科学技術力の差、天候、偵察機の故障など運としか言いようのない事情など現場指揮官にはどうしようもない条件が重なってそのギャップが大きくなることがあります。
 戦場においては、それらの状況がこちら側に発生するか相手側に発生するかによって勝敗が決まってしまうこともあります。
 そのような要素を無視して、あたかも論理必然のように説明されると、確かに整然と説明されているようには見えるのですが、教訓を導き出すことはできません。

私たちが導き出すべき教訓とは

 
 それでは私たちはどのような教訓を導き出すべきなのでしょうか。
 各論としては山ほどの教訓があります。
 しかし一般社会に生きる私たちがこの事例から学ぶ最大のものは、意思決定は主観的環境の中で行われるということを常に意識せよということでしょう。
 つまり、客観的環境と自分が認識している主観的環境にはギャップがあるということを常に念頭において意思決定を行えということです。
 
 その上で二手先を読まなければならないのです。

 選択肢が常に二つに一つの場合、二手先の読みが当たる確率は25%しかありません。75%の確率でその読みは外れるのです。
 
 理由は簡単です。
 一手先の選択肢がAとBだとします。
 Aの次の選択肢がA1とA2の二つだとします。
 Bについても同様B1とB2の選択肢があると仮定します。

 一手先のAかBかという読みが当たる確率が50%で、その次のA1からB2の各選択肢が当たる確率それぞれの50%ですから、二手先の読みが当たる確率は25%しかありません。

 選択肢が二つしかなくとも二手先は25%の確率しかないのですから、選択肢が5つもあったら二手先はほとんど当たらないのです。

 つまり、二手先の読みは当たらないという前提で意思決定を行うことが必要なのです。
 ミッドウェイではまず敵空母はいないという判断を行い、その前提で第2次攻撃の準備を始めました。
 しかし、その準備中に一手目の読みが外れたことが判明します。敵空母部隊発見の報が届いたのです。
 そこで、判断をし直すのですが、今度は敵がすでに自分たちを発見しているかどうかについて、自分たちはまだ発見されておらず、敵の攻撃はまだないという判断をします。
 その前提で、正攻法で護衛の戦闘機を付けて魚雷で攻撃すべきか、護衛の戦闘機無しで出撃させ、陸上用爆弾で攻撃させるかを判断します。
 この判断が成功する確率は25%です。
 
 そもそも敵がすでに自分たちを発見してはいないという判断自体が誤っているのですが、それでもその可能性をわずかながらも認めて、攻撃隊を陸上用爆弾を装備したまま直ちに出撃させていれば完敗は免れたかもしれません。
 先制奇襲が原則だから陸上用爆弾のままで出撃させるべきだったということではないのです。
 
 自らの主観的環境が極めて狭いことを認識していれば、敵空母から攻撃を受けることは無いという前提で作業を始めるということは無かったはずです。
 いつ敵空母部隊と交戦することになっても耐えられるだけの態勢を作っていたはずです。
 そのために空母4隻の2個航空戦隊を伴って作戦していたのです。
 
 選択肢が二つしかない場合でも二手先は外れる確率が当たる確率の3倍もあることを知らなければならないのです。
 そしてその外れる確率が大きいことを無視して立てる計画は作戦ではなく、単なる博打でしかありません。
 
 意思決定はギャンブルではありません。
 
 特に危機管理上の意思決定は常に限られた情報をもとに行わなければならないという悲劇的な特徴を持ちます。
 危機管理の修羅場においては、私たちはギャンブルではなく、的確な意思決定を行わなければならないのです。

 常に最悪な事態を想定しながら。