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専門コラム「指揮官の決断」 

No.110 陰謀説は何故語られ続けるのか

戦史マニアとのお話

 先日、地元のある会合で、私の前の席に座った方と親しくお話をする機会がありました。
 東京大学ご出身で大手商社の役員を経験された方ですが、私の前歴が海上自衛官だと知るや急に活き活きと話しかけてこられたのです。
 かなり戦史に詳しい方で、ミッドウェイで何故日本が負けたのか、レイテ沖海戦での栗田艦隊の謎の反転の理由などを延々と語られるのです。
 多分、この手の話は家で奥様にはまともに取り合ってもらえず、会社で若い人に喋っても反応が無いので、少しは知っているであろう元海上自衛官などがいるといいカモなのかもしれません

 しかし私は正直なところ、この手の話を伺うのが好きではありません。
 
 私は海上自衛隊で30年を過ごしましたので戦史を少しは勉強しています。
 マニアックな勉強はしていませんが、要所要所における指揮官の判断や覚悟などは勉強しておかなければなりません。
 つまり、私たちはプロとして必要な勉強をしていたのです。
 なので、ミッドウェイやレイテ海戦などについて、いまさら素人のマニアックな講釈など聞きたくもないのです。
 
 何故か。
 
 受け売りだからです。その方が当事者ではないからです。
 当事者のお話しであれば何を差し置いても真剣に伺います。
 しかし大抵は自らが海上で勤務したことの無い者が書いた机上の空論の受け売りなので、余計にうんざりなのです。
 特にお酒の席ではこのような話をされる方が多いので困ります。
 
 私はビジネスの方にはビジネスの話を伺いたいと考えます。
 月に一度、母校の経済人倶楽部の会合で、様々なバックグランドを持った超一流のビジネスマンの方々にお目にかかり、いろいろなお話しを伺うのを楽しみにしています。
 逆に、それらの方々が普段接することの無い安全保障の現場に関する話を私からお話をすることもやぶさかではありません。正しく日本の安全保障を理解して頂くことは私たちOBの責務であるとも思っています。
 
 しかし、素人の戦史に関する講釈を延々と聞かされるのは苦痛以外の何物でもありません。
 私は専門技術商社の営業部長を少しだけ経験していますが、このコラムをお読みのビジネスの現場におられた方々も、私から安全保障の話は聞きたくとも営業のノウハウなど聞きたくないでしょう? 同じことです。 

陰謀説は様々

 ところで今回のテーマは、陰謀説についてです。
 私に滾々と戦史を語ってくれた方が最後に持ち出したのは真珠湾攻撃の陰謀説です。
 彼は真珠湾陰謀説がいかに正しいかを延々と語ってくれるのです。
 これは、大統領選挙で欧州の戦争に加わらないとしたルーズベルト大統領が英国等に参戦を迫られジレンマに陥り、日本のハワイ奇襲を知っていたにもかかわらず、現地の司令官に知らせず日本に奇襲させ、米国の世論を厭戦から参戦へ劇的に変えたという説です。
 
 この類の国家陰謀説というのは数限りなくあります。
 例えば米国の同時多発テロもブッシュ政権がイスラム勢力と戦うための口実を作るための画策だったという説、NASAは月面に人間を送り込んでおらず、月面で撮られたという映像はスタジオで撮影されたものだという説、さらにはロズウェルという町にUFOが墜落し、生き残った宇宙人が米国政府の手によって保護され、米国の宇宙開発に協力しているという説など様々です。エリア51というネバダ州にある特別に管理された地区でUFOの秘密の開発が行われているという説は有名で、よくテレビを賑わせます。
 
 日本にはこの手のダイナミックな陰謀論はあまりないようですが、全く無いわけでもありません。かつて金融機関の役員の方に伺った話ですが、日銀の株は政府が55%を保有し、45%を政府以外が保有しているが、その政府以外の保有額面の30%以上をロスチャイルドが保有しており、日銀にはロスチャイルドを象徴する5本の矢が描かれた扉のある部屋があると信じている金融関係の方が多いということでした。つまり、日本経済は実はロスチャイルド家に支配されているのだということなのです。
 都市伝説の一種です。
 ちなみに日本銀行法を読むと分かりますが、日銀の株を例え過半数持っていても日銀の経営に関与することはできません。配当を受ける権利があるだけです。

何故陰謀説が語られるのか

 これらの陰謀説がどうして流布するのかということに私は以前から多大な関心を持っており、社会心理学の文献をかなり勉強してきました。
 危機管理において的確な意思決定は何よりも重要です。そして、この陰謀説を信じてしまう心理学的要因が意思決定のプロセスに与える影響を無視することはできません。
 そこで私は何故人は陰謀説を信じるのかという問題に関心を持ってきたのです。

 何故陰謀説が語り続けられるのかという理由について、多くの社会心理学者が様々に論じていますが、最近読んだ本になるほどと思わせるものがありました。
 ロブ・ブラザートンという心理学者が著した”Suspicious minds” という本の中で、彼は陰謀説を唱えることに人は快感を覚えるのだとしています。特に、自分の政治的な理解について過大な評価を持っている人に多いのだそうで、いわゆるインテリに陰謀説を支持する方が多いのも頷けます。
 強大な権力に対して楯突くことに一種の快さがあるのでしょう。また、一般の人が気が付かないような観点から政府の行為を見ることができているということもインテリの自尊心をくすぶるのかもしれません。
 

ちょっと考えれば分かるのに

 ちなみに陰謀説のすべてが嘘だと申し上げているわけではありません。柳条湖事件などは本当に陰謀だったことが後で分かった例です。
 しかし、先に取り上げた現代の陰謀説は事実と異なることが証明されているにもかかわらず、いまだに強く信じられている例です。
 
 例えば、NASAは実際には月面着陸に成功していないとする説の有力な証拠は、月面で飛行士が立てた星条旗が空気が無いはずの月面ではためいているというものです。空気が無いのに旗がはためくはずがないということなのでしょうが、これはちょっと考えれば高校生レベルの知識で説明ができます。
 この陰謀説を初めて聞いたとき、月面で旗がはためいたとしても何の不思議もないだろう、旗がはためくのは風だけではない、と素朴に思いました。
 月面には空気はないのかもしれませんが、重力はあります。したがって慣性の法則は月面でも働きます。つまり、まくれ上がった旗が下がってきて揺れるのは不思議でも何でもないはずです。
 私は宇宙工学の専門家でも何でもないですが、高校の物理の知識でも分かることです。
 それをテレビで様々な方々が真面目な顔で陰謀だと説明するのが不思議で仕方ありませんでした。その程度の知識もない人たちがテレビで解説なんかするんだ、と学生だった私はマスコミに対する不信感を芽生えさせたものでした。

 ロズウェル事件については、やはりこの類の話に関心をもって研究している米海軍の士官の家に遊びに行った時に面白いことを説明してくれました。
 このロズウェル事件など一連のUFOや宇宙人について記載されたマジェスティック12という文書が米国の国立公文書館で発見され、公開されたというのが有力な根拠とされているのですが、そのような文書は国立公文書館には所蔵されていないのだそうです。公開されている文書はPCで検索でき、私の目の前で検索してくれましたが、確かにヒットしませんでした。
 彼はそのMJ12という文書のコピーを持っていて見せてくれましたが、彼に言わせると公文書の体をなしていない文書で、誰かがいたずらに作ったにしても出来が悪すぎるのだそうです。大統領のサインも別の文書のサインをコピーして貼り付けたものであることが分かっています。
 
 私は自衛官であったころ、多くの公文書を起案し、指揮官として自分の名前で発簡した公文書も多数ありますし、また部隊司令部の幕僚として部隊が命令などの公文書を発簡する際に文書審査官として審査を行っていたこともありますので、いい加減な公文書を見せられれば看破することはできますが、彼も同様なのでしょう。
 これも都市伝説の一種で、公文書館で公開されてその秘密が暴露されたというのであれば公文書館を調べればいいのに、その説を信じて誰も自分では調べないのです。
 
 エリア51というのは確かにグラマンやロッキードなどの開発部門が置かれており、かなり高度の秘密の装備品の開発試験を行っているようですが、ここだけが特別に厳しく接近が制限されているわけではありません。米国の軍事施設などではその任務に応じて日本では考えられないほど高いセキュリティ対策が施されているところは別に珍しくありません。
 
 米国で私が操縦訓練を受けていた空域の近くにはキャンプデービットがあり、ここには大統領の別荘があったため、ここに近づくと、航空無線はどの周波数に合わせていても警告が入ってきます。それ以上近づくとそれなりの措置をとるという警告で、インストラクターがどんな警告なのか聞かせてやると言ってその空域をかすめて飛んで、その警告を聞いたことがありますが、それ以上近づくとどうなるのかは彼も知りませんでした。
 馴染みの管制官に聞いたら待機している戦闘ヘリが2機上って来て進路をふさぐのだそうです。
 
 この施設は国防省が長らくその存在自体について一切のコメントをしないという施設でした。エリア51というネーミングも原子力委員会の一連番号であり、当初、原子力関連施設という位置付けで説明しようとしていたことが窺われます。
 2002年に国防省はこの施設の存在を認めているのですが、いまだにドキュメンタリー番組などでは、一切の秘密が明かされない特別な秘密基地であるという説明がなされています。
 
 この施設では開設当初、超音速偵察機の開発が行われました。それまでの航空機とはまったく概念を異にする形状の超音速偵察機のテスト飛行が頻繁に行われ、それを目撃した人々がUFOの開発を行っていると信じたのも無理はありません。
 湾岸戦争で活躍したF117ステルス戦闘機やB-1、B-2というステルス爆撃機の開発もこの施設で行われました。もちろんそれまでの航空機とはまったく異なる形状なので、これらもUFOだと思われたのでしょう。
 エリア51は確かに高度の秘密を扱っていますが、だからといって宇宙人と一緒にUFOの開発を行っているという国家陰謀説の論拠はほとんど破られています。

日本の真珠湾奇襲は米国の陰謀だったのか

 さて、ここで真珠湾奇襲の陰謀説に戻って申し上げるならば、これも正しくはありません。
 日本の外交暗号は一部解読されていたことは分かっていますが、日本海軍が使っていた作戦用の暗号が開戦前に解読されていたという証拠はありません。
 それよりも何よりも、そもそも米国に参戦の口実を与えるためであれば、あれほど大きな犠牲を出させる必要はなく、適当な商船なり小型の海軍艦艇を撃沈させれば済むことです。
 西部劇を観れば分かりますが、米国では先に銃を抜いた方が悪いのです。
 
 もし事前に真珠湾の奇襲を知っていたのであったとしても、日本海軍の艦載機部隊があれほど完璧な奇襲を行っておきながら燃料施設やドックに手を触れずに帰ってしまうなどということまで知っていたはずはありません。それは連合艦隊司令部の期待にすら反した行動であり、機動部隊指揮官が現場の情勢判断で決定したことだからです。
 
 もし事前に知っていたのであるとすれば、真珠湾のロジスティック施設まで犠牲にする覚悟をしなければなりませんが、真珠湾の基地無しの太平洋戦域での作戦は不可能なことは明らかであり、そこまでの危険を冒すはずもないのです。
 
 大切な航空母艦だけを逃がしていたということは素人の発想です。航空母艦は単独では行動できません。自分自身を防御する能力が極めて低いのです。護衛の艦隊無しの空母は極めて脆弱です。
 また、航空母艦は航空機を発艦させる必要上、高速を出すことのできる機関を搭載しています。これは燃費が良いとは到底言えないエンジンであり、凄まじい量の燃料を必要とします。現在米国の航空母艦が全て原子力機関を搭載しているのはそのためです。
 つまり、ハワイの燃料タンクが爆撃されてしまえば空母は身動き出来なくなってしまうのです。
 また整備を行う造修施設が破壊されると、艦船は行動が大きく制約されます。軍艦というのは商船とは異なり、メンテナンスが大変なのです。
 ハワイの造修施設が破壊されれば、米太平洋艦隊は張り子の虎になってしまします。
 それらの後方施設をほとんど手つかずに残した日本側指揮官の能力の低さにもビックリですが、米国がそのような危険を冒すはずはありません。

陰謀説が語られ続ける理由

 真珠湾奇襲陰謀論の論拠となっている証拠の一つ一つは、先の月面での星条旗のはためきのように簡単に論破することができますが、陰謀論者は次々にそれらしく見える証拠を出してきます。
 
 一般に陰謀があったとすることを説明する証拠を出すことは、無かったということを証明するよりも簡単です。後者は「悪魔の証明」と呼ばれる困難性をもっています。
 一方、あったという論拠は数限りなく出され、それが極めてもっともらしく聞こえるので簡単に信じられてしまい、あたかもそれが事実のようにされてしまうことがあります。
 
 有名な例がフリーメイソンです。これは秘密結社と言われ、誰がメンバーなのかもわからず、どのような儀式が行われているのかもわからない組織であるが、世界情勢にただならぬ影響を及ぼしていると信じられています。
 実態はどうでしょうか。
 フリーメイソンはネットで組織とその活動を紹介しており、私の知人にもメンバーがおりますが、単に世界的な社会貢献を行おうとする人々が集まっている組織に過ぎません。
 ボーイスカウトとフリーメイソンは密接な関係があり、フリーメイソンの恒例行事である「メソニック子供祭り」にはボーイスカウトが参加しています。
 にもかかわらず、これが秘密結社だといまだに信じられているのです。

 つまり、陰謀説というのは一度提唱されるとそれがあたかも真実であるかのようにどんどんパワーアップされ、逆に陰謀説を否定する側は悪魔の証明を強いられるため苦戦せざるを得ないのが実情なのです。
 NASAはUFOに関する様々な情報を隠蔽しているという疑惑に昔から晒され続け、説明責任を果たせと要求されてレポートを出していましたが、2001年を最後にUFO疑惑に反論することを止めてしまいました。理由は公表されていませんが、クレーマーのような陰謀論者と戦うことの無意味さを悟ったのかもしれません。

 話を戻すと、陰謀説を説く方々の胸の内にあるのは、やはり自らの政治的理解に関する優越した意識でしょう。他の人々の知らないことを自分は知っているというという快感に酔っているのかもしれません。
 そして一度その快感を味わうと確証性のバイアスが働き始めます。自分が信ずる説を援護する情報のみを受け付け、反証を無視あるいは否定せずにはいられなくなってしまうのです。
 私に真珠湾奇襲はルーズベルトの陰謀であったという説を滾々と語った方は、そのほとんどがすでに論破されている証拠であるにもかかわらず、それらをもとに陰謀であったと断言されるのです。
 とても熱心に研究されていることは分かるのですが、彼が寄って立つ証拠がことごとく論破されていることを知らないのは、それらの反証を彼が受け付けていないからです。

 論理的で的確な意思決定の手続きを開発するためには、その過程に影響を及ぼす様々な要因に関する研究が必要不可欠です。
 行動経済学という分野において、その研究が著しく進んでいますが、それらも脳科学や社会心理学などの学際的な研究のもとに行われています。
 この分野の研究はこれからも目を瞠る勢いで進んでいくものと期待され、一方ではコンピュータ技術と結びつきAIの分野を発展させ、一方では危機管理上の事態において十分な情報なしに次々に行わなければならない意思決定の合理性を高めるためことに寄与していくものと考えています。
 
 陰謀論に関してもさらに考察を進めていかなければならない問題が内包されています。これからも折に触れて、それらの問題を紹介して参りますので一緒に考えて頂ければ幸いです。