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専門コラム「指揮官の決断」

第112回 

No.112 この国の行方は・・・・

カテゴリ:コラム

五輪担当大臣は“いい人”なのです

 私の大学の先輩が配信して下さるメールマガジンがあります。
 御自分で書かれることもありますが、あるシンクタンクのエコノミストのメルマガを転載されることがあり、これが結構読み応えのあり、経済の専門家が見るとこうなるのかという勉強になるので楽しみにしています。
 
 最近配信された記事に面白いものがありました。
 桜田義孝大臣(五輪担当)がこのエコノミストの方の地元から選出された政治家なのだそうです。
 曰く、大臣としての答弁能力には問題はあるものの、この桜田大臣という方はとても人のいい方なのだそうです。

 何故この政治家が五輪担当大臣に登用されたのかについて、このエコノミストは派閥の推薦などもあったではあろうが、千葉県内におけるバランス感覚が働いたのだろうと推測されています。つまり、同じ千葉県選出の斎藤健氏が当選3回で農水大臣になってしまったので、バランスをとる必要があったのだというのです。

 確かに桜田大臣は当選7回だそうですから、こちらを大臣にしないと問題があるのかもしれません。

 さらに分析では、自民党は究極の日本型組織なので、バランスを考えるというのも一概に悪いこととは言えないとして、この手の情実人事を排除すると日本共産党みたいな人事になってしまうと指摘しています。

 共産党みたいな人事というのがどういうものなのかよく分からないのですが、何となく日本的な政治感覚が浮き彫りになるようなコメントです。

 このエコノミストの主張に頷けないわけではありません。情実による閣僚人選などはもってのほかなどというきれいごとを申し上げるつもりがないからです。
 政治というものは私たちには理解不能な力学によって支配されており、情実やカネなどが複雑に絡み合い摩訶不思議な世界を創り出しているのでしょう。私のような政治の素人がコメントすべき問題ではないと割り切っています。

閣僚としての適格性は?

 しかし、当コラムは危機管理の専門コラムであり、政治に関わる内容は執筆している私が個人的に政治や政治家が嫌いなので危機管理に関わるもの以外に取り上げることはほとんどありませんが、これが危機管理に関わるとなると黙っている訳にもいきませんので、嫌々ながらも取り上げざるを得ません。

 桜田大臣は当選7回のベテラン政治家です。その前は柏市議会議員、千葉県会議員などの経験もあり、政治経験は豊富な方であると拝察します。
 だとすれば、桜田大臣はお人柄はいい方なのかもしれませんが、およそ閣僚としての適格性を欠いた政治家だと言わざるを得ません。

 自民党が当選7回になるまでこの人に閣僚の椅子を渡さなかった理由がここにあるのでしょう。

 ベテラン議員であれば、国会の答弁がどのようなものか熟知しているはずです。
 自分が質問する側ではなく答弁する側になった場合、何をしなければならないのか当選7回の議員が知らなかったとすれば驚くべきことです。

 もちろん、すべての閣僚が自らのポストについて熟知しているとは限りません。専門外のポストを引き受けざるを得ないこともあるはずです。そのために優秀な官僚が補佐に当たるのであって、政治家はその官僚をいかに使いこなすことができるかで実力を問われるのかもしれません。

 しかし、一度閣僚の椅子に座ったのであれば、必死で勉強して官僚を指導できるくらいの実力を身に付けるべく努力をしなければなりません。少なくとも最初の国会までは大臣室に寝泊まりしてでも勉強する姿勢が必要で、お国入りして提灯行列などやっている暇はないはずなのです。

 私もかつて行政官として国の業務の末端を汚していたことがあります。何回の異動を経験したか覚えてもおりませんが、いつも新しい配置に就くとしばらくは帰宅せずに泊まり込みで自分の新しい業務について勉強をしていました。
 これは自慢しているのではなく、私たちの先輩たちがそうやってきたし、後輩たちにもそうするよう指導してきたことなのです。

 しかし、この政治家は五輪担当でありながら基本コンセプトすら知りませんでした。
 しかも知らなかったことの言い訳として「国会での質問の通告が無かった。」というお粗末な理由をあげていました。
 五輪担当大臣が就任1か月も経つのに基本コンセプトすら知らないというのも驚くべきことですが、通告がなかったということを知らなかったことの理由にするというのは、そもそも基本コンセプトすら勉強する意思が全く無かったということの証左です。さらには通告があったこと自体理解していないというのは言語道断です。

 東京オリンピックには基本コンセプトや大会ビジョン、さらには閣議決定された基本方針など担当大臣が熟知していなければ何もできないであろう基本的な指針がいくつもあります。細かく見れば開会式や閉会式の基本コンセプトなどもあります。
 五輪の3つの基本コンセプトは私ですらノートにメモしてあるくらいです。とてもよくできたコンセプトだと感心したからです。

 担当大臣はそれらに基づいて所掌業務をしっかりと監督し、再来年に迫ったオリンピックを成功させなければなりません。

 この度の東京オリンピックは、東日本大震災の痛手を乗り越えて復興した日本を見てくれと世界にアピールし、異例なことに皇族まで持ち出して来て開催を獲得した大会です。

 その世界が注目する重要なイベントの詰めの時期に、このようなお粗末な政治家を担当大臣にするという政権の感覚を疑います。

 五輪担当大臣は開会式と閉会式をつつがなく開催できればいいというものではありません。

危機管理の問題なのです

 東京オリンピックが開催されるのは真夏です。

 今年の猛暑をご記憶の方は、だんだんひどくなる夏の暑さが再来年にはどのような暑さになるのか想像をして頂きたいと思います。さらにはかつてない威力を衰えさせずに来襲してくる台風のシーズンでもあります。

 五輪の期間内は南海トラフに起因する地震が起きないという保証があるわけではありませんし、富士山だって例外ではありません。

 五輪担当大臣はこれらの危機管理上の事態にも大きく関与しなければならないのです。外国人観光客が急増することによる犯罪やこの期間を狙い撃ちにするかもしれないテロや北朝鮮の動向にも無関係ではありません。

 誰がどう見てもこの大臣がこの時期の五輪担当大臣として適格であると思えないでしょう。というよりもこの時期のこのポストに限らず、この政治家に閣僚ポストを与えるのは過ちでしょう。私はテレビの国会中継を観ていて、挙国一致内閣を作って蓮舫議員に担当大臣になってもらった方がまだいいのではないかと思ったくらいです。
 
 コメントをされたエコノミストはこの日本的な情実人事は致し方のないものとあきらめているようなのです。
 たしかに閣僚ポストはその人の知識・経験・専門性とは無関係に派閥の思惑や情実で決められることの方が多いのかもしれません。
 しかし、先に述べたように全ての閣僚にそのポストに関して高い専門性を持つということを期待することはしょせん無理なことで、閣僚は政治家として優秀であればよく、専門性に関しては官僚が補佐をすることにより対応できるのです。

 にもかかわらず私がこの政治家を不適格と断定するのは、この政治家に、専門的なことはよく分からないが政治家として自分の職務に誠心誠意取り組む、全身全霊を賭して自らの責任を全うするという覚悟が微塵も見られないからです。

問題は一人の閣僚ではない

 さらに申し上げるならば、政権にも大きな問題があります。この内閣は単に派閥の思惑や情実以前に、やってはならない閣僚人事を平気で行うのが問題なのです。

 当コラムではすでに何回か指摘していますが、第3次安倍内閣の第2次改造内閣において防衛大臣に就任した稲田朋美議員が南スーダンPKOの日報隠蔽問題により辞任に追い込まれた際、翌週に予定されていた内閣改造まで1週間とはいえ当時の岸田外務大臣に防衛大臣を兼務させたことです。

 何度も申し上げておりますが、外務大臣は国際紛争を何としても外交交渉により解決すべく死力を尽くさねばならず、一方の防衛大臣は外交交渉が成功しなかった場合に速やかに軍事力を行使することの準備に心血を注がなければなりません。
 この180度反対の行為を一人の大臣に背負わせるなどと言うことがあっていいはずがないのにこの政権は平気で行ったのです。
 これはある意味で、現憲法下における最大の危機だったかもしれません。

 このことを指摘しなかった野党、評論家を私は評価せず、このことに触れなかったマスコミは芸能人のゴシップを追いかけるのが身の丈だと考えていますが、それよりもなによりも、これは危機管理上の重大な問題なのです。

 ミュンヘンオリンピックではパレスチナ武装組織「黒い9月」により選手村で人質となった11名が殺害されるという悲劇が起きました。
 現五輪担当大臣は基本コンセプトすら「通告がなかった」ので知らないという程度の職責に関する認識しか持っていません。ミュンヘン五輪のような事件が生起した場合、先頭に立って解決して見せるという覚悟など到底期待できません。

 そして肝心の政権自体が国際紛争における外交当局と防衛当局の果たさねばならぬ役割について全く理解していないという恐るべき政権なのです。

 この国の行方を思うと暗澹たる気持ちになります。