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専門コラム「指揮官の決断」

第122回 

No.122 図上演習を経営判断に活用する裏技

カテゴリ:コラム

図上演習は防災訓練の道具ではない

 図上演習という言葉はあまり皆様のお耳に馴染みがないかもしれません。
 防災の日などに首相が官邸の危機対策室で防災服に身を包んでコンピュータの前で何かの指示を与えたりしているシーンが報道されたりしますが、あれが図上演習です。
 最近は自治体の防災訓練を図上演習で行うところが増えているようです。DIG(Disaster Imagination Game)などと称して、参加者に地震などの大規模災害発生時にどのように行動すべきか、何に注意すべきかなどを考えさせるために行われています。
 
 図上演習とは「対応すべき事態に関し、想定を付与することにより事態を疑似体験しながら、情報の収集、分析、意思決定、伝達等の対応を机上で行う実動を伴わない演習」ということができます。
 歴史はかなり古いのですが日本に導入されたのは明治時代であり、海軍大学校の戦術の講義に用いられたのが最初といわれています。
 
 軍隊ではこの図上演習が日常的に行われており、海上自衛隊はその創立時に米海軍から図上演習の手法を新たに学び、以後、米海軍との図上演習を繰り返すことにより彼らの戦術思想を理解し、日米の共同運用能力を向上させてきました。また作戦計画の立案などに際し、この図上演習の手法を用いて問題点を把握しながら立案作業を行い、出来上がった計画を図上演習で検証するということを日常的に行っています。

 図上演習は防災訓練において行われることが多いので誤解されがちですが、実は企業経営の根幹の部分で実施することにより大きな成果に繋げることができる手法でもあります。

図上演習の現状と問題:訓練と演習は別物

 最近はビジネスの世界においても防災訓練を図上演習で行う会社が増えてきました。図上演習は実動を伴わないので企業の現業を阻害することなく行うことができるというメリットがあります。特にホテルや公共交通機関、病院などは実際の防災の場面においては多くのお客様の誘導などが必要になり、なかなか実際の訓練は実施しにくいのですが、図上演習であれば問題なく実施できるので、事実上図上演習以外に方法がないかもしれません。

 自治体や企業の防災訓練などで行われる図上演習を拝見することがあるのですが、ほとんどは図上訓練が行われており、図上演習は行われていません。
 
 訓練と演習は異なるのです。
 訓練は参加者の練度の向上を目的として行われます。したがってあらかじめシナリオが作られ、それに基づいて出す想定が準備されており、その想定に対して参加者が行うリアクションもどうでなければならないのかがあらかじめ決められています。つまり、問題に対する正解が準備されています。
 
 一方で演習は練度の評価や計画などの妥当性の検討などを目的として行われます。つまり検証作業です。
 シナリオはあらかじめ準備しますが、想定に対する参加者のリアクションに対して新たな想定を付与していくということが必要になります。つまり、シナリオを準備する企画運営側の想いとは異なる反応を参加者が示した場合に柔軟に対応していくのです。この結果、企画運営サイドにはなかった様々な知見が反映されることになります。
 たとえば、企画運営サイドがある想定に対する「正解」を準備していたとしても、参加者の専門的知見からすると問題があったり、実施困難であったりすることがあります。そのような実施上の問題が発見され、教訓として生かされていくのです。

 この検証作業としての図上演習を運営していくのはそう簡単ではありません。あらかじめ準備されたシナリオに沿って想定を出していけばいいということではないからです。また、参加者の練度を高めるためにも、出していく想定に巧みに伏線を敷いていかなければなりません。
 たとえば、沿岸部にある建物での地震対策の図上演習の場合など、行方が分からない社員が地震の直前に地下の倉庫に行ったらしいという想定を出したりします。同時に津波警報発令という想定を付与します。この場合、地下に捜索隊を送るべきかどうか正解のない問題と戦わなければなりません。このような伏線を様々な想定に忍ばせていくということができなければなりません。それらが真剣に対応を組織として検討しなければならない課題となるからです。そのような問題を発見していくためにも、この伏線を巧みに敷くことが重要なのです。

 残念ながら、図上演習においてこのような伏線を巧みに敷いていくことのできる指導者はわずかしかいません。海上自衛隊では図上演習が日常的に行われていますが、その他の組織やビジネスの世界においては、せいぜい防災訓練において図上訓練が行われている程度なので、図上演習の経験を豊富に積んだインストラクターが育っていないのです。
 また、図上演習を指導するインストラクターはこの想定を出していくノウハウを囲い込んでしまいます。毎年防災訓練に呼んでもらうために、肝の部分は明かさないのです。
 
 ところが、この肝になる部分、つまり想定を巧みに出していくノウハウというものは、実は現実の問題を解くために必要な考え方なのです。
 私たちが現実の様々な問題を考えるとき、多くの場合、それらには正解がありません。結果だけで評価されるのであって、あらかじめ正解があるわけではないのです。
 そのような問題を解く際に、そこに生じ得る様々な問題を提示できるということは、現実の問題に直面した場合に様々な可能性や落とし穴に対して考慮を巡らせることができるということに他なりません。図上演習を企画運営するスタッフを養成するということは、とりもなおさずそのような人材を育てることになります。このスタッフは現実の会社に起きる様々な問題への対応に際し、社長を強力に支えるスタッフとなります。
 ところが、図上演習の企画・運営をコンサルタントに任せると、そのノウハウが社内に蓄積されず、せっかくの人材を育てることができないのです。弊社ではこの図上演習を企画運営できる人材の養成に主眼を置いたコンサルティングを行っています。毎年図上演習の都度呼んで頂くのではなく、もう来なくていいよと早く言って頂くためのコンサルティングを行っているということになります。

図上演習はビジネスにこそ応用すべき

 さて、この図上演習ですが、ここまで読まれた方は必ずしも危機管理にだけ使うものではないと気が付いておられることと思います。確かに軍隊の作戦計画の立案に用いられるくらいですので危機管理と相性がいいことは間違いないのですが、およそありとあらゆるプロジェクトの計画、実施に用いることができます。というよりも、それらに用いないのがもったいないのです。

 例えば新製品の開発です。
 開発に必要な技術的検討、予算的検討、あるいはそのプロモーションをどうやっていくのか、マーケティングをどうするのかなど課題はたくさんあります。
 必要な技術は自社にあるのか、無ければどこから手に入れるのか、特許はどうなっているのか、開発にどの程度の時間が必要なのか、その間に競合はどう動くのか、経費はどうやって調達するのか、など各専門部門が必死なって検討しなければなりません。
 それを関係者が一堂に会して図上演習でやってみるのです。
 様々な問題が噴出するはずです。そしてそれらにどう対応するのかを一つ一つ検討していかなければなりません。それらの問題に行き当たりばったりに対応していくと、そのうちに対応しきれなくなったり、大きな時間的・金銭的ロスを出したりしますが、あらかじめ検討しておき、それらの問題が生ずる芽を摘んでおき、あるいは実際に生じた際に迅速に対応できる態勢を整えておくことは非常に重要です。

 実は軍隊が図上演習を繰り返しているのはこの作業をやっているからなのです。立案者の視点だけでは予測しにくい様々な問題を現場で実施する立場から検証してもらっているのです。また、現場担当者が考えてもいなかった問題を立案者側から与えて現場として対応を検討させることも重要な課題になっています。

 図上訓練ではなく、図上演習に企業が積極的に取り組み、将来起こり得るであろう問題に対する腹案を持ち、あらゆる事態に毅然と対応する態勢を整えて頂きたいと思っています。

圧倒的な図上演習の経験者のみが指導できる裏技

 この図上演習を企画運営すること、巧みな伏線を敷いた想定を次々に出していくことは豊富な経験がないとなかなかできないので、図上訓練を指導するコンサルタントはいても図上演習を指導できるコンサルタントがあまりいないということは先に申しあげました。
 それでは自社でそのようなスタッフを養成することは困難なことかというとそうではありません。弊社のコンサルティングにおいては、裏技を使ってそのようなスタッフの養成を行っています。
 どういうことかというと、直接図上演習の企画運営法や想定の事例を教えるのではなく、スタッフ要員に対し、図上演習の運営に必要なマインドセットを作ることを指導しているのです。つまり、ものの見方や考え方についてヒントを与えるのです。
 このマインドセットが醸成されたスタッフは、それまで漫然と見ていたニュースや雑誌の記事、あるいは日常の様々な事象の中から重要な情報を無意識に取り出していきます。つまり、アンテナが高くなっていくのです。また、無意識のうちにそれら情報が体系的に整理されて蓄積され、図上演習の様々な局面において取り出すことができるようになっていきます。この結果、図上演習に必要な考え方、知識などが雪だるまのように大きくなっていきます。
 この気付きのポイントを与えられるかどうかがカギを握っています。図上演習の圧倒的な経験を積んだ経験者はその気付きのポイントを教えることができるのですが、自ら図上演習に参加した経験のあまりないコンサルタントは自身がそのポイントを持っていないので教えることができません。弊社は図上演習に関し圧倒的な経験を積んでおりますのでこれが可能なのです。

 一般社会でもいろいろと行われるようになった図上訓練ですが、これが訓練に留まっている限り、先に述べたようなダイナミックな進展を見せることはありません。いつまでたってもあらかじめ準備されたシナリオを淡々とこなしていくだけのものに終始してしまいます。
 
 熟練のインストラクターが僅かしかおらず、ビジネスにおける意思決定への利用がなされていないのが現状ですが、逆に、一歩先んずることのできる絶好の機会でもあります。是非、図上演習の隠れた魅力にお気付き頂き、これを使いこなして頂きたいと思っています。