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専門コラム「指揮官の決断」

第121回 

No.121 三種の神器

カテゴリ:コラム

三種の神器とは

 当コラムで役人には三種の神器があり、それを守らない役人は出世しないが、しかしそれゆえに役人には危機管理ができない、と指摘したことがあります。
専門コラム「指揮官の決断」No.009 役人には危機管理はできない? 役人の三種の神器 https://aegis-cms.co.jp/291 ) 

 役人の三種の神器とは、「前例の踏襲」、「問題の先送り」そして「責任の回避」です。
 
 この三種の神器の意味は当該コラムを読んで頂ければ分かりますが、公務員の業務をしっかりとこなしていくうえで必要なことでもあります。

 担当者が変わるたびに業務のやり方や方針が変わってしまうと行政が混乱します。行政の一貫性を保つためにも問題が無い限り前例を踏んでいくことは間違いではありません。また、限られた予算を優先順位を付けて執行するためにも、先に送ることのできる問題は極力先に送り、目の前にある問題から片付けていくという態度は無理もないのでしょう。さらに、つまらぬ揚げ足取りばかりされ、責任をとって辞めろという問題そのものの解決とは無関係な要求ばかりされ続けると、それを回避せざるを得ないという実情も頷けないわけではありません。次官や局長が何人いても足らなくなるからです。

厚労省で起きた問題

 厚生労働省による毎月勤労統計の調査方法が不適切であった問題について、特別監察委員会が組織的隠ぺいがあったとは言えないものの、担当職員が不適切さを知りながら漫然と従来の手法を踏襲したと結論しました。

 私は行政の効率化を考えた場合、必ずしも全数調査をしなければならないとは思いませんが、サンプリング調査を行うのであれば、そのように規則が定められていなければなりません。

 しかし、今回の特別監察委員会の指摘は、まさに「前例の踏襲」が本来の行政の一貫性を保つために行われたのではないことを指摘したものです。

役人の仕事の流儀

 私は30年間海上自衛隊で勤務しましたが、残念ながら第一線の艦隊勤務にはちょっとしか配置してもらえず、東京の役人暮らしを10年以上させられてきましたので、役人の仕事のやり方は多少なりとも知っているつもりです。

 役人が前例を踏襲するのには理由があります。
 前例を破ると行政の一貫性が崩れ混乱を引き起こすからです。ある業務があるやり方になったのはそれなりの検討の経緯があったからと推定し、それ以後、そのやり方で問題が起きていないのであれば、そのやり方を変える必要はないという考え方です。

 公務員の業務環境は一口に役人仕事と言っても様々であり、私は月曜日に出勤して金曜日に一週間分の洗濯物を持って帰るという配置にいたことがあります。

 海上幕僚監部です。
 この配置では定常的な業務がほとんど無く、前例のない問題ばかり対応していました。

 しかし、地方総監部など地方の陸上配置ではいわゆるお役人仕事があり、私は三種の神器と戦わなければなりませんでした。

 着任するとまず訓示を行います。自分の指導方針などを部下に示す必要があるからです。
 その訓示の中で、私は必ずこの役人の三種の神器に言及し、「我々は役人ではない。この三種の神器をもって仕事をすることは厳に慎んでもらいたい。」と要求しました。

 ところが、その訓示を終えて部屋に戻り、早速決裁を求めてきた部下に、「この件はどうしてこういう処理をするの?」と聞くと「はぁ、前からこのように行っております。」という奴がいるのです。

 これは自衛官ではなく事務官に多いのです。自衛官は次の指揮官がどういう人物なのか事前に情報を得ていますので、その流儀に反するようなことはめったにやらないのですが、地方に根付いて仕事をしている事務官はそんな頓着をしない者が多く、そのような説明を私にして、いきなり「俺に向かって前からそうなってますなどという説明をするな!根拠を示せ!」と怒鳴られるのです。まぁ、考えてみると、自衛官は役人ではないかもしれませんが、防衛省事務官は役人ですからね。

 前例を守るということは行政の一貫性を保つうえで大切なことですが、「漫然と」というのがよくないのです。
 誠実な役人であれば、業務のやり方の根拠を調べ、前例が正しいのかどうかを判断しなければなりません。

地方はもっとひどい

 
 私の地元の市役所に、市が配布しているハザードマップについて質問に行ったことがあります。そこに記載された津波の高さと浸水面積が私の認識と異なっていたからです。

 市役所の担当課に出向き、入口近くのカウンターのところで来訪の意図を伝えてハザードマップ記載のデータの根拠を教えて欲しいと頼みましたが、部屋にいた10人くらいの職員の誰も対応してくれません。そのうち一人がやってきて私の疑問を聞くと、すぐに上司のところに行って何事か相談していましたが、かなり時間をかけてから私のところに戻り、県が発表しているデータが根拠だと教えてくれました。
 
 これでは私の質問の答えになっていないので、県は何を根拠にこの津波の高さと浸水面積を算出したのかと聞きなおしました。
 また上司のところに戻って相談した挙句の回答が、県が算出しているのでここではわからないというのです。私は市が配布したハザードマップのデータについて疑問があって市役所に来ているのだが、市では教えてもらえないのかと問うと、県が出しているデータなので県に聞いてくれというのです。
 
 市のマップに自分たちでも理解できないデータを載せて平気な危機管理担当者というのもびっくりですが、それについて市民が質問に来ても問い合わせてもくれないのです。
 
 漫然と前動続行している証左です。しかも、それを指摘されても恬として恥じず、その勤務態度に疑問すら抱かないのには呆れてしまいます。その上司に向かって、自分で確かめろということかと尋ねると、県の担当課が一番詳しいですから、という答えなのでそれ以上尋ねるのをやめて帰ってきました。
 
 役人がすべてこうだというつもりは全くありません。誠心誠意一生懸命の役人の方が実は多いのです。ただ、この類が目に付くと、公務員全体がそのように思われてしまうのが残念なのです。私も防衛省の限られた役人勤務しか経験していませんので公務員全体の勤務態度に言及するつもりはありません。

 しかし、例外があります。

 年金機構です。

立ち直ることのない組織

 前身の社会保険庁自体が無くなるような大改革が行われた挙句でき上がった年金機構ですが、しかし年金機構になってから立て続けに起こった不祥事を見ると、容器だけ替えても中身が変わっていないことが分かります。

 年金機構に採用されなかった社会保険庁の職員は1万以上いた職員のうち500人だけです。年金の現状について知っていながら何もしなかった1万人がそっくりそのまま移ったのですから、新たなスタートになったはずはないのです。年金機構に移った職員は深く反省したのではなく「採用されて良かった。」と思っただけなのでしょう。
 
 年金に関しては新たな問題がまた起こるでしょう。問題そのものはすでに年金機構の中で静かに大きくなっているのが発覚していないだけかもしれません。

 これを突き止めて世間に明らかにするのは行政には無理です。それはジャーナリズムの役割でしょう。

 私は当コラムでマスコミに対して厳しい態度をとっています。せいぜい芸能人のゴシップを追うのが身の丈だと思っていますが、真のジャーナリズムは、このような問題と対峙すべきです。

 いずれにせよ、年金機構は改革されたのではなく問題の本質が残ったままであり、再度大きな問題が発覚するでしょう。この組織が立ち直る可能性が無いことをコラムで指摘していますが(専門コラム「指揮官の決断」No.081 組織改革の可能性 https://aegis-cms.co.jp/1128 )この組織を信じてはなりません。
 つまり、年金はあてにならないということです。
 これは個人の生活の危機管理の問題です。