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専門コラム「指揮官の決断」 

No.123 覚悟の問題と不吉な予言

役人の三種の神器はある意味で重要

 先般、当コラムにおいて役人の三種の神器を話題にあげました。これは「問題の先送り」「前例の踏襲」そして「責任の回避」であり、これができない者は役人としては出世しない処世術だとしています。(専門コラム「指揮官の決断」 No.121 三種の神器 https://aegis-cms.co.jp/1414

 当然のことながらこの三種の神器をしっかりと保持している役人に危機管理はできません。私は海上自衛隊在職中、指揮官としての着任の際や年頭の訓示などで、「我々は役人ではない。役人の三種の神器を守るような業務をしてはならない。」と主張し続けてきました。
 しかし、役人がこの三種の神器を完全に忘れると大変なことになるのも事実です。
 問題に優先順位を付けて、先送りできる問題を先に送ることができないと予算がいくらあってもたらず、かつ、貴重な予算がどうでもいいことに注ぎ込まれてしまいかねません。
 また、前例がどうであったのかという慎重な考慮がない行政は、その時の担当者の思い付きで進められるおそれがあります。さらに、ちょっと騒がれただけでいちいち責任を取って辞任などと言うことをやっていたら役人は何人いても足らず、優秀な人材を集めることができなくなります。
 つまり、役人の三種の神器は裏側から見ると、行政機関が機能していくためには重要なことなのかもしれないのです。

絶対に失ってはならないものもある

 
 しかし、例えどのような役人であっても、絶対に欠かしてはならないものがあります。

 覚悟です。

 何があっても、自分の職責を完遂するという覚悟を欠いた役人は、それだけで失格です。

 千葉県野田市の小学校4年の女子児童が自宅で死亡し、その父親が傷害容疑で逮捕されるという事件がありました。調査の結果、この女子児童が学校において「父親からいじめられている」と回答したアンケートのコピーを市教育委員会が容疑者の父親に渡していたことが分かりました。
 この女子児童が家庭での虐待のおそれから児童相談所に保護された際、父親が小学校に抗議に訪れ「暴力は振るっていない」と主張したのに対し、学校側がアンケート内容を伝え、実物を見せろと言われて市教育委員会に指示を仰いだ結果、教育委員会の職員がコピーを渡したのだそうです。
 市教育委員会は「一時保護に対する怒りを抑えるために、やむなくコピーを渡した。」とし、「今となれば、配慮を著しく欠いており、申し訳なく思っている。」のだそうです。
 
 呆れてコメントする気力も失せかけるのですが、学校で自分が父親にいじめられているとアンケートに書かざるを得なかった女の子の胸の内を考えると、それだけで胸が痛くなりますが、まして、その自分が書いたアンケートのコピーを父親から見せられた時の彼女の心中は察するに余りあります。
 コピーを父親に渡すという行為が何をもたらすのかをこの教育委員会は全く考えることができなかったのでしょう。守秘義務などという以前の話です。

 役人がやってはならないのは「後悔」です。
 ビジネスの世界では「後悔」はできません。「倒産」が来てしまうからです。経営者は経営者として後悔することはできないのです。後悔しなければならない事態に追い込まれた時、経営者はすでに経営者でなくなっているからです。

 ところが役人の世界は倒産がないので「後悔」してお終いなのです。過ちが繰り返されるはずです。

経営者VS軍人VS役人

 
 私は海上自衛隊で30年を過ごしてきましたが、部隊勤務で尊敬する指揮官にはある共通点がありました。
 
 彼らは後悔をしないのです。
 
 決断を下すまでは徹底的に悩みます。そして心血を絞るようにして導き出した自らの決心を下令すると、その後、後悔することをしないのです。
 
 そのことに私はある部隊の司令部幕僚として勤務していた時に気が付きました。そして、どうすればそのような透徹した心境になれるのかを考え続けました。
 そして自分が指揮官として部隊に出ることになった時に答えを見つけました。
 それが「覚悟」です。

 もし、自分の判断が誤って作戦が失敗した時、振り返って「あれは軽率だった。私のミスでした。」などと指揮官に言われたら、指揮官を信じて犠牲になった部下は浮かばれません。したがって、決断を下すまでは真剣に悩みます。しかも血を吐くような思いで悩んでいることを部下に見せることはできません。部下が不安になるからです。「指揮官の孤独」とはこのことです。しかし、一度決断したら、後は悩まない、それだけの決断をしていくという覚悟を私の尊敬する指揮官たちは持っていたのだということに気が付いたのです。

 指揮官の決断が誤っていた場合、大勢の部下の命を失います。まともな指揮官なら部下と運命を共にするでしょう。

 ビジネスの世界では後悔するような決断をした場合には「倒産」というペナルティが待っています。経営者はその責任を問われて会社から追放されるか、あるいはオーナー社長であれば全財産を失います。
 
 しかし、役人の世界では「今考えると軽率な判断でした。」で終わりです。何らかの部内の行政処分があるかもしれません。しかし、その程度のことでは停職にも減給にもならないはずです。この甘やかされた境遇が、地方自治体の役人業務が無責任極まるものになっていく最大の理由です。

不吉な予言

 このコラムでは何回か私の地元の市役所で、ハザードマップに記載された数値の根拠を尋ねて「県の想定だから県に聞いてくれ。」と言われて呆気に取られた経験について言及してきました。(専門コラム「指揮官の決断」No.083 地方自治体の責任能力 https://aegis-cms.co.jp/1143 )多くの一生懸命に勤務している地方自治体職員の方々には申し訳ありませんが、地方自治体にはその程度の役人が溢れています。

 何故か。

 ハザードマップに記載されている内容を危機管理の担当者が理解しておらず、大規模災害が実際に起こって多くの人命が失われても、彼らが責任を問われることはないからです。役人は賄賂を取ったりすると罰せられ、その身分を失いますが、不作為によって身分を失うことはありません。彼らは経営者や軍人のように失うものがないのです。
 
 南海トラフに起因する大規模自然災害の発生確率が年々高くなっています。私たちは東日本大震災で犠牲になった方々が残した貴重な教訓を120%活かして備えなければならないはずですが、しかし、これは活かされないでしょう。これが不吉な予言です。
 
 役人にとっては。過ちは繰り返されるものなのです。
 
 大勢の人々から長年集めたお金を自分たちのために使って本来の使い方をするためのデータの5000万件が納付者を特定できないという出鱈目な業務をしていた社会保険庁の役人たちのほとんどは新たな年金機構にそのまま移籍されました。本来貰えるはずの年金をもらえずに貧困のうちに亡くなった人々がどれくらい多数であったのかを把握することすらできていないにもかかわらずです。年金機構に現在所属している旧社会保険庁から移ってきた職員は、自分たちの業務がそのような出鱈目な業務であることを知っていたにもかかわらず処分されなかった人たちです。年金機構になって時効特例給付10億円以上を指摘があったにもかかわらず隠匿して放置していたことが分かりましたが、私は驚きませんでした。彼らの業務はその程度ですし、この組織は近い将来にまた何かとんでもない不祥事が明らかになるでしょう。これも不吉な予言です。

 生体の一部が壊死すると、その部分を切り取らない限り組織は次々に冒され、最後には生命そのものが危うくなります。腐った部分をほとんど切り取られずに出発した年金機構が壊死しないという間の抜けた楽観論を私は持つことができません。

 経営者や軍人と異なり、「覚悟」を持たなくてもいい役人たちに私たちの将来を預けることは危険なことであることを私たちは常に心の片隅に留めておく必要があります。

 彼らに過大な期待をしてはなりません。