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専門コラム「指揮官の決断」 

No.139 5W1Hなんかどうでもいい!

新入社員教育

 長かったGWが終わり、令和元年が本格的に始動して間もなく1か月がたちます。毎年、この時期、大きな企業では4月に入社した新入社員たちが新入社員研修を終わり、配属先が決まり、そろそろ会社の雰囲気に慣れてきたころでしょう。慣れることができなかった新入社員たちはいわゆる五月病で潰れていきます。

 私が勤務していた専門技術商社では新入社員教育期間中に各部長がそれぞれの部の業務の紹介などを行う時間があり、私もそのころ自分の営業部が所掌していた業務について30分程度の時間を割り当てられて説明をしていました。

 私はその営業部の部長を足掛け三年務めたのですが、何故か毎回、圧倒的多数の新入社員が配属を希望したのだそうです。人事を所掌する総務部長が私のところに来て曰く、「林さんの話はほかの部長と何か違うんですよね。」 何がどうちがうのかを尋ねても、とにかく「何か違う」としか言ってくれないので、自分でも何がどうちがうのかよくわかりませんでした。他の部長がどういう話をしているのか聞いたこともありませんのでなおさらです。

 当時私が率いていた営業部は、それまでその会社で扱ったことの無いモノを売るために新編された部でした。つまり、会社にその製品のノウハウがなく、クライアントもいない、まったく何をとってもゼロベースで始めなければならない営業部で、そこに海上自衛隊を退職したばかりで商売など何の経験も知識もない私が初代部長として補職されたのです。
 
 当然初年度は大赤字で、私は説明会でもその点を隠しませんでした。大赤字の営業部なのでウチに来てもボーナスは見込めないよ、と言い渡しておいたのです。にもかかわらず男子総合職の新入社員の7割が配属を希望したのだそうです。
 
 新入社員たちは社内での噂に極めて敏感なようです。どこの部にいくと仕事がきついとか、どこの部長は部下にはやたら厳しく、しかし役員にはゴマすりだとか、その類の情報収集をしっかりと行い、自分がどの部門への配属を希望するのかを決定する資としています。
 
 したがって、私の営業部の雰囲気と言うのも概ね分かっていたのかもしれません。
 
 私の部の営業部員たちは本当に苦労していました。それまで会社が扱ったことの無いジャンルの商品を売らねばならないので、売る商品そのものも自分たちで見つけてきて、それらを徹底的に勉強し、そして全くの新規開拓だけの営業を強いられていたからです。さらに指揮官として着任してきたのが商売のド素人の元自衛官です。彼らの苦労は今考えても壮絶なものだったはずです。
 
 その営業部は新入社員4名、2年目が3名、3年目が1名、そして10年目のベテランが2名で新編され、私が初代の営業部長でした。

 私は自分自身に商売のノウハウがないことを知っていましたし、セールストークができないこともわかっていました。他の営業部の部長たちはベテランですので、重要案件は部下に任せずに自分で担当していたらしく、外勤している部長は少なくありませんでした。

 私はと言えば、重要案件ほど新人に任せ、それが危うくなりかけたり、あるいは逆に話がまとまりそうになって先方も役員クラスが出てくるような段階になった場合に乗り出すという姿勢をとっていました。したがって普段は外に出ず、オフィスにいることが他の営業部長たちよりも多かったと思います。

 ただ、私は着任時に一つ決めていたことがありました。それは自分で営業を指導できない以上、営業の指導は私の補佐として補職された10年選手のベテランに任せるしかない、しかし、自分は外に出ている営業マンが直帰せずに会社へ戻ってくるとボードに書いてある場合には、その社員が返ってくるまで退社しないということでした。外で歩き回って疲れ切って帰ってくる社員、あるいは遠隔地に会社の車で出かけて、その車を戻しに帰ってくる社員が、営業部に戻ってきた時に部長がもう帰宅しているということが絶対ないように、彼らを迎えて無事を確認するまでは帰宅しないと決めたのです。

 結局、夕食も取らずに戻ってきた彼らの慰労を兼ねて飲みに出ることが多かったのですが、そのため私の営業部はどこの部よりも遅くまで人が残っているにも関わらず、いつもガヤガヤと賑やかで何となく楽しそうだと新入社員たちは思ったようです。

 実際、会社の産業医が行ったメンタルヘルスのチェックでは圧倒的に士気の高い部だと認定されていたのですが、大赤字で碌なボーナスも望めない部への配属の希望が多かった理由が何だったのか未だによくわかりません。

 ただ、私が部の紹介の際に強調し、それは多分他の部長とは違うんだろうなと思っていた点が一つあります。それは「俺はサッカーはやらない。我が部に来たらラグビーをやってもらう。一人が何点取ろうと関心はない。重視するのはチームとしてどう動いたかだけだ。」と言い切ったことです。

 私がその部を新編し、最初の社員を迎え入れた際に皆に申し渡したのがそのことでした。徹底的なチームワークを要求したのです。そのお陰で、新入社員の三分の一が夏休みまでに退職し、一年後には半分がいなくなっているというおそろしく歩留まりの悪い会社にあって私の部だけが2年間で寿退社1名だけという結果を出しました。新入社員たちはそのような事情も噂で聞いていたのでしょう。

 私が私の部に配属されてきた新入社員たちに言い放ったのは、新入社員教育で習ったことは名刺の渡し方以外は忘れていいということでした。

 いまだに「ホウ・レン・ソウ」などというのを教えている新入社員教育専門のセミナー講師がいたことにもびっくりでしたが、報告は何より「5W1H」が重要、などと教える奴がいるので本当に困るのです。

 もっと困るのが、「ただの5W1Hではいけない。そこに自分なりの所見を付け、さらには自分なりの対処方針などを合わせて報告するようにすると上司からは積極的であるという評価を得られる。」などと教えるとんでもない講師がいるのです。

 私は「5W1Hなどどうでもいい。」と言い放ち、皆を唖然とさせました。
 
 むしろその弊害を教えたのです。

5W1Hなんか忘れてしまえ!

 緊急の報告を要する事態においては、情報は断片的にしか入ってこない。現場に行っても全体が見えることはほとんどなく、断片的な情勢を組みたてながら全体像に迫るしかない。しかもその断片的な情報も時系列に順番に入ってくるわけではなく、かつ、その情報事態に情報を伝える者の主観によるバイアスがかかってくる。

 つまり、5W1Hなどの形にきれいにまとめようとしてもまとまるものではなく、まとまって報告できるように整理される頃にはその情報は古くて使い物にならなくなっており、現実ははるか先を進んでいるはずだ。

 まして報告に所見や彼らが考える方針などが付いていても上司には何の参考にもならない。それらを参考にするような奴には部長は勤まらないからだ、と厳しく指摘してやりました。

 5W1Hの形を取らずとも、その情報を理解できるものは理解するし、それが理解できないものは5W1Hが揃っていても理解できないはずだということも教えました。

歴史的に有名な報告はどうだったろうか

 太平洋戦争の開戦時、ハワイの米海軍太平洋艦隊が日本海軍の艦載機により空襲を受けていた際、米太平洋艦隊が最初に発した有名な電報があります。
 
 太平洋艦隊隷下の第2哨戒航空隊から発信されたものであり、本文は“ Air raid, Pearl Harbor this is no drill “ となっています。「真珠湾空襲、演習にあらず」です。
 
 この報告は5W1Hとなっていません。5W1Hにしようとすると 「12月7日午前7時55分(現地時間)、真珠湾に在泊中の太平洋艦隊の艦艇及び陸上基地施設に対し日本海軍艦載機による航空攻撃が行われている。敵機数は約○○機、我が方の損害は△×□。我が方は全力をもって反撃中であり・・・・云々。なお、本電は訓練電にあらず。」とならなければならないでしょう。
 しかし、第2哨戒航空隊司令官パトリック・ベリンジャー少将から発せられた電報は上記のごとく簡潔でした。しかし、それで必要にして十分な情報をすべて含んでいるのです。
 
 真珠湾が空襲されているというということだけで、ワシントンや全世界に展開している米海軍は、日本によって対米戦の火ぶたが切られたことを理解したのです。
 
 この当時、真珠湾を爆撃して帰投することのできる長距離爆撃機は世界中のどの国も持っていませんでした。

 したがって、真珠湾を爆撃している航空機とは空母から発艦した艦載機であり、太平洋で航空母艦を運用していたのは米国と日本だけですので、敵が日本だということがすぐ分かります。

 航空母艦から発艦してきたということは近くに空母機動部隊がいるということであり、だとすれば攻撃を終えた飛行機は空母に戻って燃料と弾薬を再搭載して再度攻撃してくることが考えられます。つまり第2次攻撃に備えなければならないのです。

 また、空母機動部隊には陸軍部隊を乗せた輸送船団が随伴しているかもしれないのです。

 日本は空母を複数持っていましたので、攻撃対象はハワイだけではないかもしれないということも考慮に入れる必要があります。

 つまり、環太平洋のあらゆる米・英の基地が狙われているかもしれないのです。

 全世界の米軍に日本に対する戦闘態勢を急いで取らせるためには、この歴史的に短い電報で十分なのです。

 このように説明してやると(居酒屋で飲みながらですが。)、彼らはびっくりし、他の部の新入社員たちが毎日の日報で苦しんでいるのを尻目に(私の部では日報には余計なことを書かなくていいからです。特に、目標との差異を埋めるための精神論などは書くことを禁じていました。)、指導した私ですらビックリするくらい簡潔な報告を書いて、部長が「飲みに行くか?!」と言いだすのを待っているという日常となっていました。

5W1Hなんて誰が言い出したんだ?

 報告において5W1Hが重要というのは誰が言いだしたのか分かりませんが、多分、研修講師でしょう。現場を知らないのです。

 5W1Hが揃っていないと報告を理解できない管理職というのは、多分、5W1Hが揃っていても情勢を正しく判断できません。情報というものは所詮そういうものです。

 完璧な情報などあり得ないので、自分が得た情報のバイアスを考慮し、そこに足りないものは何かを見抜き、その足りないものを自分の知識・経験から補い、総合的に判断するのが管理職の仕事です。

 まして担当者の方針や所見などを参考にするなどというのは、よほど間抜けな管理者でなければあり得ないでしょう。 
 部下を育てるためにそのような所見などを付けさせるというのは一つの方法かもしれませんが、それは部下を委縮させ、情報の適時性が失われる恐れがあります。
 
 私自身は営業上の判断の経験がほとんどなかったので、ベテラン部員の上げてくる報告に関し、本人に彼の判断を聞くことがよくありました。しかし、それを報告に付けてくることを命じたことはありません。極力彼の文章からそれを読み取ろうとしていました。
 
 報告文を見ていると、所見などなくともその雰囲気が伝わってきます。
 
 先に挙げた「真珠湾空襲、訓練にあらず。」という短い電報が、かえって現場の切迫感を伝えていることに皆さまも同意して頂けるかと思っています。