TEL:03-6869-4425

東京都港区虎ノ門1-1-21 新虎ノ門実業会館5F

専門コラム「指揮官の決断」

第140回 

被災域外の事前避難

カテゴリ:コラム

中央防災会議の計画改定

このコラムの表題は若干の解説が必要かもしれません。

5月31日、政府の中央防災会議が南海トラフ地震対策特別措置法の基本計画を改定しました。

その骨子は、東西に広がる南海トラフのどちらか片方で大地震が起きた際、反対側でも地震が連鎖する可能性が高いとして、当該地域の住民に事前避難を求めることを盛り込むというものです。

南海トラフは駿河湾の富士川河口付近を基点として御前崎沖に至る東海、御前崎から潮岬に至る東南海、さらに九州沖に至る南海の三つのプレートの繋がりからなっていますが、例えば東海沖でこのプレートが大きくずれて地震が発生した場合、歴史的には東南海、南海の各プレートが連鎖的にずれているという事実があり、それを根拠として、現在地震が起きていない地域の住民に避難を求めるという前例のないものです。

ただ、ここ数百年を観察すると、一つのプレートがずれて他のプレートに波及するのは32時間後であったり2年後であったりと、その連鎖的な地震の発生の切迫度はまちまちです。

理論的には東端でプレートがずれ、それが次々に連鎖した場合、最短で15分後には西端までそのずれが波及すると見積もられており、つまり、一方の端で地震が起きて反対側で地震が起きるまで、最短で15分、ひょっとすると2年後かもしれないという予測なのです。

今回の改定では、震源域内でマグニチュード6.8以上の地震が起き、詳細な解析によりトラフ周辺でマグニチュード8.0以上の地震であったことが判明した場合に、臨時情報として巨大地震警戒に関する情報を出すことになっています。

避難の対象となるのは津波からの避難が間に合わない区域の住民、避難しきれない可能性がある高齢者などで、市町村が対象地域に避難勧告を発令するということです。

この臨時情報から地震が起きずに1週間が過ぎた場合、避難勧告は解除され、地震への備えを強化しつつ日常生活を送ってもらうということになっているようです。

一方、企業や交通機関は経済活動への影響を最小限に抑えるために従業員の安全を確保した上で、できる限り事業を継続することとされています。

この南海トラフに起因する最悪の被害想定は、死者32万人、建物の全壊、全勝頭数は238万6000棟とされていましたが、その想定が行われてから7年間の防災の努力の結果、死者・行方不明者数の想定は最大23万1000人、全壊・全勝頭数の想定は209万4000棟へ減少しています。

政府はこの基本計画の改定にともない、自治体に防災計画の速やかな策定を求めています。

素朴な疑問

私は地震の専門家ではないので中央防災会議の資料を読んでもよく分からないところがあるのですが、その結果としての基本計画の改定についてもとても分かりにくいという感想を持っています。

なぜなら、先にも申し上げたとおり、東海、東南海、南海の各プレートが連動してずれるということは歴史的には度々起きていたことで、その間隔は32時間だったり2年だったりしています。

つまり、東端または西端がずれて大地震が起き、反対側の住民に対して避難勧告が出されても、1週間地震が起きなければその勧告が解除されるというのが理解できないのです。

1週間たったということは、より切迫してきているかもしれないということであり、1週間何もなかったから今回は連動してないので危険はないということを意味するものではないと思うのですが、いかがでしょうか。

ただ、何も起きないまま避難生活をさせるとイライラが募って責任問題になりかねないのもいかがなものかという単純な理由でしか無いように思われます。

またしても市町村に任せるのか・・・

さらにこの基本計画の改定において問題なのは、相変わらず避難勧告を出す責任を市町村に負わせていることです。

市役所の役人の責任能力については当コラムで度々指摘していますが、彼らに危機管理を担当させること自体が危険です。少なくとも私の地元の市役所にこれを期待するというのはほぼ自殺行為だと思っています。

市役所に行って市の出しているハザードマップに掲載されている数字についての質問を担当部門で訊いたところ、それは県のマップに載っているものを使っており、県の方が詳しいので県に聞いてくれなどと平気で答える市役所です。今お答えできないので県に確認してお伝えします、ではないのです。

このような責任感の欠如した役所に避難勧告を出す任務を与えてもそれが満足に実施されるとは到底思えません。

1週間避難させて何も起こらず、勧告を解除した場合に、その間の損害をどう補うのか、その間にペットが死んだりしたらどうするのか、空き巣が入ったら誰が責任をとるのか、要するに自治体が責任を取りたくないばかりに勧告など出すはずがないと思われます。

平成25年10月16日に伊豆大島で起きた土砂災害を覚えておられる方も多いかと思います。台風26号が接近し、伊豆大島を直撃することが数日前から分かっていたにもかかわらず町長、副町長ともに島外へ出張してしまい、残った教育長以下の職員が対応に当たっていたはずなのですが、地元警察署の再三の避難勧告を出して欲しいという要請にもかかわらず、夜間に避難させると老人たちには危険が伴うとして勧告を出さずにいたところ土砂災害に見舞われ36人が死亡、3人が行方不明になるという被害を出した事件です。

また、平成27年9月に起きた台風18号豪雨により鬼怒川の堤防が決壊した事故でも、地元自治体は避難が夜になるのを恐れて避難勧告を出すタイミングを逸しています。

このように、市町村は自分が出した勧告に従ったために事故に合う人が出ることを恐れるのですが、出さなかった結果、大きな自然災害によって犠牲者が出るのは行政の責任ではないと思っているようなのです。つまり、彼らが基本計画に則って済々と避難勧告など出すはずはなく、その結果、多くの住民は逃げ遅れてしまうことになります。

もちろん、市町村の役場には誠心誠意地元住民のために一生懸命働いている数多くの職員がいることは知っています。しかし、私の知る限りあまりの責任感の無さ、誠意の無さにびっくりするような職員がおそろしく多数いることも間違いのない事実であり、私の地元の市役所ではそのような職員が危機管理を担当しているので、間違っても市の指導などに従って命を落とすわけにはいかないと思っているところです。

このコラムで繰り返し繰り返し申し上げていますが、ご自分の地元自治体をよく確認し、安心して暮らせる地域なのか、それとも自分の命は自分で守らなければならない地域なのかを見極めておくことが大切です。

普段それをせずに、何か起きてから行政の責任を追及しても手遅れであり、そもそも我が国の法律では、能力の無い者に責任は追及できないのであって、自治体に責任を取ってもらうことはできません。

何せ役人が一番恐れているのがその責任を追及されることだからです。

行政を誠実に執行することについては全く無能な役人であっても自らの責任を回避するという点においては天才的な巧みさを発揮します。

命が惜しかったら、彼らを信じてはいけません。