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専門コラム「指揮官の決断」

第154回 

なぜ戦いに敗れるのか 二手先を読むリスクマネジメント

カテゴリ:コラム

バブル崩壊にもリーマンショックにも収益を上げた企業の秘密

当コラムは危機管理の専門コラムです。したがって、企業が生き残るための様々なTipsを語っています。

一方で弊社は危機管理を専門とするコンサルティングファームですので、企業経営一般のコンサルタントのように企業がどうすれば儲かるかという論点に触れることはありません。

しかし、本来の危機管理をしっかりと行えば、絶体絶命に見える事態においても毅然と対応でき、その事態の中に機会を見出して事業を飛躍させることも不可能ではないとは申し上げています。

なぜなら、リーマンショックや通貨危機、あるいは東日本大震災などの社会全体を襲う危機は自らの会社だけを襲うのではなく、言い換えれば経営環境が激変したということに他ならないからで、経営環境が変化した場合、勝利の女神がほほ笑むのは、この変化に素早く対応した企業です。

元々、輸出が好調で景気がいい時に利益を出すのは容易であり、経営者の才覚は必要ありません。バブル全盛期には素人の投資家ですら大きな利益を出していました。

経営者の本当の実力が試されるのは、景気が一挙に後退した時でしょう。私の知り合いの経営者にはリーマンショックの際にしっかりと業績を伸ばした方が何人かいますが、彼らは好景気に浮かれたりしませんでした。

彼らはバブル期にもその崩壊後も同じペースで淡々と事業を続け、着実に利益を育てていました。つまり、バブル期に一挙に利益を上げて、その崩壊後に上げた利益以上のものを失ってしまい、その後の長い不況の時代に苦しむのではなく、この30年間着実に右肩上がりを続けているのです。

彼らが好景気で利益を上げている仕組みはそれぞれです。ただし、彼らがバブル崩壊やリーマンショックや東日本大震災で利益を失わず、むしろ着実に右肩上がりの収益を維持できた理由は共通しています。

彼らは常にリスクを正しく評価しており、そのリスクへの対応を常に忘れていなかったのです。

二手先を読む

そして、彼らに共通するのは常に二手先を考えていることです。

つまり、彼らの経営活動において生ずるであろう二手先の事態を推測できる範囲ですべて考え、それらの事態への対応を準備していたということです。

この態度を維持する限り、バブルで踊って大儲けすることはできませんが、結果的にバブル崩壊により大損をするという事態には陥ることはありません。

軍隊においても同様です。

一手先しか考えない作戦は博打と同じです。常に二手先を考えなければ、読みが外れた場合に立ち直ることができず総崩れになります。

太平洋戦争においても、ミッドウェイ作戦が失敗した場合の対応を考えていなかった日本海軍は、作戦失敗と同時に総崩れとなり、以後、米軍に主導権を奪われたまま消滅してしまいました。

生産力の乏しく貧しい海軍としては、虎の子の機動部隊を運用して、毎回、薄氷を踏む思いで作戦を続けなければならなかったという事情はあるのですが、しかし、作戦が自分たちの想定通りに推移するという前提で立てられている以上、それが失敗したら崩壊の危機を迎えるのは仕方がありません。

いくらそのような事情があったとしても、それは所詮博打でしかなく、国家の命運を左右する意思決定で博打を打つのはいかがなものでしょうか。

私は性格的に「地道にコツコツ」というやり方を必ずしも好きではありませんが、しかし、二手先を読みながら意思決定をしていくと結果的にそのように見える場合が多いことは否めません。

二手先を読むということはどういうことでしょうか。

ある意思決定をするときを思い浮かべてください。

決定する内容は何でも結構です。

株を買うことでも、家を建てることでも、あるいは意中の人に告白することでも結構です。

先日、弊社のメールマガジンで記憶力の低下を防ぐために少額の株取引などが効果的だというある脳科学者のセミナーでの薦めを紹介しましたので、株を買う時のことを考えてみます。(ちなみに私は一度も株を持ったことがありません。商社マンの頃に自社株を買うように言われたのですが、別にその会社の役員になろうとも思っていなかったので結局買いませんでした。)

まずどの会社の株を扱うのかを決めますが、その際、「買い」から入っていくのか「売り」から入るのかを考えなければなりません。

株価が上がると予想するのか下がると予想するのかによって入り方が異なるからです。

これが一手先の読みです。これは誰でもやることです。

しかし、この際、上がると思って「買い」から入った場合に、思惑が外れて下がったらどうするのかを考えておかなければなりません。さらに期待通り上がった場合にもどこまで上がったらどうするのかを考えなければなりません。これが二手先の読みです。

本来はその際にさらに次の一手をどうするのかまで読むことができればいいのですが、少なくともこの例のように二手先を読んでおかなければ読みが外れた場合の対応ができなくなります。

これがリスクの評価とその対応です。

つまり、二手先を読むということは、二手先がどのようになっているのかを推測するということではなく、二手先まで推測が外れた場合にどのように対応するかを準備しておくということに他なりません。

二手先を読むのがリスクマネジメント

戦いに敗れ、あるいは企業が倒産する理由の多くは、リスクを読まずに想定外の事態に対応できないところにあります。

リスクマネジメントの役割は、この意思決定に伴うリスクを的確に評価し、その対応を検討することです。

経営を取り巻く環境に内在するリスクは無数にあり、様々な分野にまたがっています。

それは財務的なリスクであったり、法的なリスクであったり、あるいはより社会的なリスクであったりします。

そしてそのリスクの性格によって対応は様々であり、それぞれに専門的な知見を必要とします。

したがって、リスクマネジメントは一人の専門家で完結させることはできません。様々な分野の専門家がそれぞれの専門領域からリスクを的確に評価し、その周到な対応を準備しなければなりません。

しかもそれは極めて重要な作業であり、先にも申し上げた通り、戦いに敗れる原因のほとんどはそのリスク評価と対応策の検討に関する問題にあります。

私はリスクマネジメントとクライシスマネジメントは全く別物であり、リスクマネジメントは危機管理ではないと常々申し上げていますが、リスクマネジメントの重要性を否定したことは一度もありません。

ただ、リスクマネジメントはあくまでも「危険性」の評価とその対応であり、的確に評価し対応策を立案することが任務であるので、「危機」に対応するものではないと言っているにすぎません。

実は企業や軍隊が失敗する原因のほとんどはこのリスクマネジメントの失敗であり、事前にしっかりとした評価さえなされていれば残念な思いをしなくて済んだはずのものです

一方、弊社が専門とするクライシスマネジメントは「危険性」ではなく「危機」を対象としています。

「危険性」と異なるのは、危険性はすべて回避していると何もできないため、「取る」のか「取らない」のかを判断する必要があるのに対して、「危機」にはそのような判断はなく、すべて回避しなければならないという点です。

リスクマネジメントとクライシスマネジメントの違いはここにあります。

どちらが大切かという問題ではありません。

どちらもしっかりとやっておかなければ戦いには勝てないのです。

それは、車を買う際に保険に入っておかなければ事故を起こしたときに大変なことになりますが、しかし、保険に入ったからと言って事故を起こさないかというと別問題であり、運転に際しての心構えや教育などが重要であるのと同じことです。

先に揚げたバブル崩壊やリーマンショック時にも収益を上げ続けた経営者たちは、しっかりとリスクを評価していただけではなく、自分たちが評価し得るリスクに限界があることを謙虚に認め、想定外の状況に陥った際にいかに対応するかというクライシスマネジメントを実践していました。

私がイージスクライシスマネジメントとして体系化した危機管理システムは彼らの経営を観察した結果体系化できたと言っても過言ではありません。