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専門コラム「指揮官の決断」

第155回 

官僚制

カテゴリ:コラム

言葉が通じない!

当コラムは危機管理の専門コラムですが、注意深く読んでいただいている方は、当コラムが一定の傾向を持っていることにお気づきかと存じます。

執筆者が海上自衛隊出身であることによって、警察官や消防官出身のコンサルタントが書くコラムとは取り上げる話題がかなり違うことはもちろんです。

したがって防災のノウハウなどは私の専門外ですので、あまり触れることはありません。

自然災害などをテーマとしても、あくまでも防災という各論ではなく、危機管理という大きな括りの中で議論を展開しています。

このコラムが組織論、意思決定論に立脚して書かれているというのが大きな特徴となっていることにお気付きの方が多いかと存じます。

これは執筆者が大学で経営学を学び、大学院で組織論を専攻し、その後自衛隊で意思決定の問題を考え続けたこと、そして組織学会会員として先端の研究に触れてきたことによるものであって、どうしてもその影響から逃れられることができないでいることによります。

自衛隊に在職中、防衛産業の会社員の方々といろいろな調整をすることがありました。また、シンクタンクの研究員の方々と話をすることもありました。

私は彼らの教養の深さ、カバーする常識の広さ、そして巧みな語学力にいつも圧倒され、私たち自衛官も必死で勉強しなければならないといつも痛感させられ、そのことを後輩たちにも伝え続けてきました。

街の書店に行くとビジネス書、教養書がうず高く積まれ、様々な著名人・知識人が登壇するセミナーはかなり高額なものであってもあっという間に満席御礼が出てしまうので、ビジネスの方々は本当に必死になって勉強をされているのだと信じ込んでいました。

そして東日本大震災の年の8月、勧奨により退官した私はある専門商社に再就職しました。この専門商社は、その後当時の流行に従って上場を廃止し、親会社の100%子会社となりましたが、私が入社した頃は上場企業でした。

入社当初、私は企画本部長付きということで専務取締役であった企画本部長直属のスタッフとなりました。

特命担当ということで、しばらく会社の業務の様々な側面を見ていてくれということで、本社だけでなく、支店や営業所などを見て回っていました。海上自衛隊で監査官として勤務した経験を活かすことができ、かつ、初めてビジネスの世界を見ることができて、毎日興味津々の日々でした。

監査官出身ですので、問題点を百ほど見つけ出すのは造作もなく、何が原因なのか分析を始めました。

ある日、専務とともに社長に呼ばれ、私の観察結果について中間報告するように言われたので、その場でいくつかの論点について報告をしました。

社長はそれを聞いて、1週間以内にまとめて次回の役員会議において発表するように指示を出しました。

私は、いろいろな論点に触れても焦点がボケるだけと考え、問題点を中間管理層のリーダーシップの不在、社内教育の不備、硬直した組織運営の3点に絞ってプレゼンテーションを準備しました。

役員会議ではリーダーシップの問題や社内教育の問題については理解が得られ、自衛隊ではどのような方策を取っているのかなどの質問が活発に出されましたが、どうも議論がかみ合わなかったのが第3のポイントでした。

私は各営業所等での注文の受け方、接客要領などを見ていて規則やマニュアルにとらわれ過ぎているのではないかと思い、その点を細かく見ていました。

現場で私が見たのは、マニュアルや規則に縛られて臨機応変の対応ができていない営業所員であり、さらにはマニュアルや規則がなぜそのようになっているのかを理解せずに前例の踏襲だけで仕事をする営業所の管理職の仕事でした。

つまり、私はこの官僚制の逆機能を問題点として取り上げたのですが、役員会議での議論で空回りしたのは、この「官僚制」という言葉でした。

本社の各営業本部のもとに支店が置かれ、その指揮監督のもとに営業所が置かれるという典型的な官僚制組織の下では、よほど注意して観察しないと、この逆機能が作用して予期しない結果を生みやすいと指摘したのですが、「うちは林さんがいた防衛省と違う民間企業だから・・・」という反応なのです。

何度かこのやり取りを続けているうちに役員たちが「官僚制組織」を「お役所」と勘違いしていることに気が付きました。

この会社は専門技術商社だったので役員の半数近くは技術系出身でしたが、しかし経営学を学ぶ大学生なら1年生でも知っている「官僚制」という言葉が通じないのは驚きでした。

私はこの時、自分の常識が世の中の常識であると考えてはならないと思い知らされたのです。

当コラムは必ずしもビジネスマンだけではなく、現役の若い陸上自衛隊幹部や法学部学生、あるいはFacebookページから入ってきて登録をされた高校生なども読んでおられることに最近気が付きました。

それらの方々が経営学や社会学で常識的に使われている用語を勘違いされたりすることがあっても、それは無理もないことです。

しかし、せっかく当専門コラムを読んで頂いているのですから危機管理について少しでも理解を深めて頂きたいとも思っています。

そこで、当コラムが寄って立つところの組織論や意思決定論でよく使われる言葉や理解に必要な概念的枠組みについて、必要な範囲で説明を加えながら、危機管理についての理解が深まるようなコラムにしていきたいと考えました。

今回はその手始めに、私が再就職した会社の役員たちが理解しなかった「官僚制」という言葉について考えてみたいと思います。

これは弊社が危機管理を考えるうえで重要視しているリーダーシップに大きく関わる問題ですので、これを「お役所」と理解されてしまうと話がしづらくなってしまうからです。

官僚制とは

組織は個人ではできない仕事をやり遂げるための人と人の協働体です。

そこにはその組織の目的があり、その目的を達成しようとする各人の貢献意欲があります。また、目的を達成するために必要な調整を行うためのコミュニケーションの体系があります。

これがチェスター・バーナードが掲げた組織の三要素です。

そして、組織はある一定の大きさになると階層構造を作らなければ機能しなくなります。

この階層構造が組織として通常イメージされるピラミッド型の構造です。

これとは別にフラットな組織もあります。IT関連企業などベンチャー企業によく見られる組織ですが、メンバーがそれぞれ社長に直接つながって仕事をする組織です。

しかし、一人が見ることのできる部下の数には限界があり、組織の性格やどの程度の密度で部下とかかわりあう必要があるかにもよりますが、この限界は最大で30名程度と言われています。(スパン・オブ・コントロールの原則と言われます。)

それを超える大きな組織になるためには、どうしても階層を作らなければなりません。

その階層構造は、職務の専門性によって体系化され、組織の構成員が交代しても 対応が変わらないように実施要領や規則を作り、それを文書に記録するという特徴を持ち、それを社会学者でもあり経済学者でもあったマックス・ウェーバーが「官僚制 Bureaukratie」と名付けたのです。英語ではBureauracy と呼ばれます。

これは組織目的に対して極めて合理的な組織であるとされています。

付言すればウェーバーは「権限の原則」「階層の原則」「専門性の原則」「文書主義」などの特徴をあげ、極めて合理的な組織であるとしているのですが、日本ではこれらの原則が見事に当てはまるのが行政組織であるので、どうも官僚制組織=行政組織と勘違いしている方が多いようです。

逆機能とは

ウェーバーは官僚制のマイナス面については詳しくは言及していないのですが、その後、マートンやセルズニックなどのアメリカの社会学者がこの官僚制組織を詳細に研究し、そのマイナス面が指摘されています。

特にマートンの「官僚制の逆機能」の指摘が有名です。

規則や前例を重視することの行き過ぎが柔軟性を奪い、硬直化した組織運営を生み、組織が持つ本来の合理性を損なうという問題です。

私がよく「役人の三種の神器」として指摘する「前例の踏襲」「問題の先送り」「責任の回避」などは実は官僚制の逆機能について述べているにすぎません。

『第三の波』で有名なアルビン・トフラーはこの官僚制の逆機能を排除する組織概念として「ビューロクラシー」の反対概念としての「アドホクラシー」という組織概念を提唱しました。

それはその時々の状況に応じて柔軟に対応するというものなのですが、実は米海軍や海上自衛隊はこの組織の作り方をかなり前から採用しています。

つまり、通常の編成において人事管理や訓練を行いつつ、作戦遂行においてはその作戦ごとに必要なコンポーネントを組み替えた任務部隊(Task Force:機動部隊)を編成して使命を達成するというやり方です。

官僚制の起源

文書に記述された最古の官僚制組織は『出エジプト記』(旧約聖書)に現れています。

モーゼが迫害を受けたユダヤ民族を連れてエジプトを脱出して神の住む山にたどり着いたところ、モーゼの妻の父であるエテロが現れ、「何事も一人で行うのは無理があるので、民の中から、神を畏れ、信頼できる有能な、個人の利益を顧みないものを選び、その者たちを千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として民の上に置くように。民の大きな争いごとの場合にのみお前の前に連れて来させるように。」とアドバイスを与えました。

モーゼはその忠告を聞き入れ、世界最初の官僚制組織を作ったとされています。

現存する官僚制組織の最大かつ最古のものはローマカトリック教会でしょう。

ただ、面白いことに、先に述べた官僚制の逆機能を克服するための任務部隊という概念を最初に実行したのもローマカトリック教会であり、西暦900年代にすでに布教のための任部部隊を世界中に派遣していたことが分かっています。

質の高い、分かりやすい専門コラムを目指して

組織論や意思決定論の議論では様々なテクニカルタームが出てきます。当コラムは学術的な専門コラムではなく、経営者を対象とする危機管理の専門コラムですので、極力それらの専門用語は使わないようにしておりますが、今後、それらの用語を使わざるを得ない場合にはこのように解説をしながら記述しています。

ビジネスマンとして「官僚制」を理解していなかった私のかつての勤務先の役員たちのレベルには問題がありますが、もし当コラム上の議論で腑に落ちない、あるいは妙な表現だと思われる記述があれば、どうかご遠慮なくお問い合わせください。

私自身が誤解している場合もあり、また、専門家が使う言葉が一般に使われる言葉と異なった意味で使われる場合もありますので、その都度、説明や訂正をさせて頂き、質の高い分かりやすいコラムを目指したいと思っています。