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専門コラム「指揮官の決断」

第166回 

リーダーシップ論は難しい その2

カテゴリ:リーダーシップ

良きリーダーとは

前回、リーダーシップ論の変遷についてご紹介し、それが学問的には何ら成果を上げられず停滞していることに言及しました。

私は大学院の研究室以来組織学会の会員として学会の動向を見てきましたが、組織論全体としては様々な成果を上げており、特に意思決定論の分野では行動経済学の成果を取り入れて大きく進歩してきたにもかかわらず、リーダーシップ論についてはあちらこちらの矛先を向けているだけで一つの学問体系としての成果は一向に捗々しくありません。

その理由について私はリーダーの在り方と組織の生産性の関係を追及すること自体が過ちではないのかという仮説を提示しました。

私は学者でもプロの研究者でもありませんので自らの仮説を検証して公表するなどということはできませんが、リーダーシップ論が研究対象とする「リーダーシップ」の役割については海上自衛官として30年間常に考えてきました。つまり「良き指揮官」とは何かという命題です。

軍隊においては戦いに勝つことが至上命令であり、戦いに勝てない指揮官は「良き指揮官」と呼ぶことはできません。

しかし戦いに勝つか負けるかは指揮官の良し悪しだけで決まるものではありません。つまり、単なるリーダーシップの問題だけではなく、意思決定の適否、兵力の質と量、天候など様々な要因が複雑に絡み合って勝敗が決まるのであって、戦いに勝った指揮官が「良き指揮官」であったかどうかは分からないのです。

つまり何をもって「良き指揮官」と考えるのかをはっきりさせないと議論が始まらないということでもあります。

私見ですが、優れたトップとはメンバーの組織目的達成のための貢献意欲を最大化するようなトップではないかと考えています。軍隊であれば、その指揮官のためなら命を惜しまないと覚悟させるような指揮官が「良き指揮官」であり、会社であれば嫌々仕事をするのではなく、嬉々として社員が出勤してくるような会社を作る社長や管理職が優れたリーダーではないかと考えています。

その結果軍隊が戦いに勝つのか、会社の業績が上がるのかは別問題であり、それはリーダーシップの問題以外の様々な要因の影響を考慮しなければならないはずです。

つまり、リーダーシップの組織の業績や生産に与える影響は小さくはないかと考えますが、必ずしも正の相関関係を持つかどうかは微妙なところであると言わざるを得ないのではないかと考えているところです。

通説を疑え

さらにリーダーシップ論を複雑かつ面倒なものにしているは、通説と考えられるもの、あるいは俗説が必ずしも正しいとは限らないという事実です。

経営学を少しでも齧ったことのある方ならマズローの欲求段階説はご存じですが、人間の欲求は最も低次元の生理的欲求から始まって最高の次元である自己実現欲求までの5段階があり、各段階の欲求が満たされると次の高次の欲求を満たそうとするというこのマズローの仮説は一見するとそのとおりのように思えます。しかし、1970年代にはすでに人間は必ずしもこのような欲求階層を持たないことが実証的に明らかになっています。

つまり欲求5段階説は有名になっているのですが、その仮説が否定された研究がいくつもあるのにそちらが知られていないので、いまだにこれが大学の講義で公理のように教えられているのが現実です。

どう考えてもそうかなと思う説も実は・・・

また、管理職の指導スタイルの組み合わせについても俗説がまかり通っています。

昔からよく言われるのは厳しい部長と優しい次長の組み合わせ人事です。あるいは逆であってもいいのですが、上司が二人とも厳しいと組織は委縮し、両方とも優しいと組織は緊張感を失うので、上司は反対の性格を持つ組み合わせが良いというものです。

これも一見するとそのように思えるのは確かです。これは多分、上司が厳しい父親と優しい母親のような役割をお互いに果たし合うことにより組織は委縮もせず堕落もせずに成果を上げることができるのではという生理的にはもっともな思いから作られた俗説なのだと思われますが、1960年代にフォードにおいて行われた実証研究によってその仮説に疑問が提示され、続いてベトナム戦争における米陸軍の研究においても否定されています。

このことは人事において重要な問題を含みますので、その後も実証研究が様々に行われましたが、厳しい上司と優しい上司の組み合わせにより組織が活性化するということを証明できた研究を見たことがありません。

ユナイテッド航空における実証研究においても明確な因果関係は見出されなかったそうです。

私自身は自分が指揮官の場合には次席指揮官の性格を見て、それが厳しく部隊を監督しているときには自分では細かいことは言わず、次席がそうでない場合には若干細かく見るようにしていましたが、それはある意味で次席指揮官の教育であって、そのような組み合わせが組織の業績にとって重要だという認識からではありませんでした。

個人の経験は検証が必要

さらにリーダーシップ論を複雑にしているのが個人の経験です。

セミナーなどでよく会社の経営者が自らの経験を語っていることがありますが、これはあくまでも個人の経験をその経営者の主観で語っているにすぎません。優れた経営者は確かな実績を残しているのですが、しかし、自らを客観的に分析できる経営者は少ないので、その経験談が論点を突いているのかどうかとなると別問題です。つまり、その経営者が自分が成功した理由はこれだと思っていることが必ずしも正解ではなく、実は本質は別のところにあるという場合も少なくないのです。

あるいはその経営者の考えていること自体は誤りではないものの、それが他の場合においても正解となるかどうかは別問題であることも珍しくありません。ある一定の条件の下での成功体験であるかもしれないのです。

普段自分が経験できないような世界で活躍してきた経営者などの話を聞くのは大変興味深いので、セミナーなどでは人気があるようですが、それは一種の知的エンターテイメントなので、現実に役に立つかどうかという話になると別問題です。

セミナーを企画する側からすると参加者が極めて興味を持って聞くのでいい講演だと考えるようですが、聞いている方は面白いとは思っていても自分がそこから何かを参考にしようと思っているかどうかは疑問であると考える必要があります。

セミナー講師は知的エンターテイメントを提供するのが仕事ですので自分の経験から語っても何ら問題はありませんが、私たちのようなコンサルタントはそうはいきません。

しっかりと実証研究がなされた根拠のある理論に根拠を求めなければならず、ある意味で研究者の姿勢が必要です。

私は研究室を離れた後も組織学会などいくつかの学会に籍を置いて、常に学会の状況を見るようにしてきましたが、それでもコンサルティングに際しては、こんなことを言いきって大丈夫なのかと考えながら話をしています。

そういう意味で一番語りにくいのがリーダーシップ論に関する話題です。

しかし、危機管理において優れたリーダーシップが大切だという私の主張は変わらないので、このリーダーシップ論についてはこれからも時々触れてまいります。

このコラムをお読みの皆様からもご意見、ご指摘などを頂きながら研鑽を積んでいきたいと考えておりますので、お気づきの点があればどうかご意見をお寄せください。