TEL:03-6869-4425

東京都港区虎ノ門1-1-21 新虎ノ門実業会館5F

専門コラム「指揮官の決断」

第170回 

危機管理の小さな一歩

カテゴリ:危機管理

元旦に相応しい話題を

令和2年が静かに幕を開けました。例年、私の書斎から見ることのできる初日の出は東の空を覆った雲のために見ることができませんでしたが、朝食を取っている間に雲が無くなり、穏やかな新春の陽光に満たされた元日になりました。

当コラムは危機管理の専門コラムですのでどうしても辛口になりやすく、さらに政治やマスコミに対して厳しい見方をすることが多々ありますが、元旦からそのような話題を取り上げることにも抵抗がありますので、新しい年明けに相応しい話題としたいと思っています。

一年の計は元旦にありと言われますが、多くの皆様は「今年こそは」という思いをお持ちのことと拝察いたします。私くらいの齢になると、その思いは3日も続かないことを重々承知していますので、そのような計を立てたりはしたりはしなくなります。かつて海上自衛隊の連絡官として米国に駐在していた頃、同僚の米海軍の士官連中からお前のNew Year Resolutionは何だとよく聞かれましたが、私の答えは決まって” I don’t make it, because it doesn’t last three days. でした。考えてみるとその頃の私はまだ三十代で、そのような悟りを開くには早すぎたのかもしれません。まだこれから社会において重要な責任を全うしていかなければならない方々には必要なことですし、学生や入社2年目を迎えるというような若い人々にとって、新年という節目に新たな覚悟をし直すということはとても重要なことだと思います。

そこで、令和2年の最初のコラムは、新年に当たり今年危機管理態勢をどのように構築していけばいいのか、失敗しない危機管理をどのように考えればいいのかという話題を取り上げます。

何に気を付けていけばいいのでしょうか 

さて、危機管理について、新年にあたり何を考えればいいのかということですが、これはそもそも危機管理というマネジメントは何をするものなのかという問いに他なりません。この問題については当コラムでは度々考えていますのでバックナンバーをお読みいただければいいかと思いますが、ここではそのような根源的な問題ではなく、この一年、何に気を付けていけば危機管理上の大きな失敗を防ぐことができるのかという極めてプラグマティックな話題を取り上げて参ります。

しかも三日で挫折するような難しいものではなく、日常生活でちょっとだけ気にしていただければいいというレベルに留めておきます。実はそのレベルの気遣いを積み上げていくことが危機管理に関する感性を育て、無敵の態勢を構築する大きな原動力となっていきます。

危機管理の三本柱

弊社では危機管理の重要な柱として「意思決定」「リーダーシップ」「プロトコール」の三項目を挙げています。順番に若干の説明をしていきます。

「意思決定」とは誤らない意思決定をどうやって行っていくのかという問題です。

 危機管理上の事態においては、情報が十分でない中で次々に決断を下していかなければなりません。その決断を誤りなく行っていくにはどうすればいいのかという問題です。

「リーダーシップ」とは危機管理上の事態に際してトップを中心に全組織が一丸となって対応に当たる態勢を速やかに確立できる能力を指しています。

最後の「プロトコール」とは、結論から申し上げると組織がステークホルダーからの信頼をいかに勝ち取るかという問題です。

もともとプロトコールとは「議定書」「外交儀礼」などを表す外交用語でした。近年ではコンピュータ間のデータの受け渡しに必要なフォーマットや諸元を指すこともありますが、弊社では組織と外部の接点に生ずるあらゆる事柄を指しています。意思決定やリーダーシップが組織の内部に関する問題であったのに対してプロトコールは組織と外部との関わりに関する問題を扱います。

具体的には会社を訪れた方に対するお茶の出し方に始まり、株主総会の開催要領、記者会見の応対要領、企業理念の表し方などあらゆる場面において組織が外部からどのように見えているかという問題なのですが、これを意識することはその組織に対する信頼を得るために重要です。

これを絶えず意識している組織はわずかな変化の兆候も見落とさない周到さを身に付けていきます。玄関先のちょっとした汚れや経営幹部の言葉の使い方、広告の打ち方などあらゆる点について気を使い、本来あるべき姿にしていく執念を持っていると僅かな変化も見逃さなくなっていきます。それは危機を事前に察知する能力に他なりません。

つまりプロトコールは危機管理において二つの側面から重要です。

あらゆる変化の兆候を見逃さないという能力はもちろん危機を察知する能力ですが、さらに危機管理上の事態において組織がしっかりとした信頼感を示すことができれば事態を悪化させずに済みます。このことができずに事態を悪化させる事例は枚挙にいとまがありません。

いい例がJR西日本の福知山線において発生した脱線転覆事故におけるJR西日本の最初の記者会見です。あたかも置石によって生じた事故で自分たちも被害者であるかのような記者会見であったことが後の大きな批判の元となったかもしれません。

その逆がアルジェリアのプラントがテロリストに襲撃されて不幸にも犠牲者を出した「日揮」ですが、テロリストに襲われるという問題はあったものの、その後の社長はじめ広報に当たった部長をはじめとするこの企業の対応の見事さは「日揮」という会社が只ものではないという印象を与えるのに十分でした。

これらをまとめると、危機管理上の事態に際して組織が一丸となり、次々に下す決断が的確であれば危機は乗り切ることができるはずです。そして組織が危機に陥りそうになる予兆を的確につかみ、事前に手を打っていく能力がプロトコールです。

さて、それでは上で述べた各項目について、今年何に気を付けていけばいいのかというちょっとしたチップスに触れていきます。

意思決定に際して気を付けることは?

まず「意思決定」です。

危機管理上の事態においてはまず情報の収集にあたることが重要だと言われますが、それは多くの場合正解とは言えません。

危機管理にあたる指揮官は情報を待ってはなりません。現場は混乱の極致にあり、的確な報告を上げる余裕などないことを知らねばなりません。状況がひっ迫し、重大な事態になっていればいるほど情報は流れてきません。

上がってくる情報も前後の脈絡なく、かつバイアスがかかったものになっているおそれもあります。

指揮官はその中で的確な意思決定をしていかなければなりません。最初の一手を誤って打つと取り返しがつきません。ボタンの掛け違いが起きると、そのボタンを掛け直しながら次の決断をしていかなければなりません。当然決断が後手に回り始めます。つまり指揮官のボタンの掛け違いが状況をスパイラルに悪化させるのです。

これは東日本大震災における福島第一原発の状況を思い起こして頂ければお分かりになるかと思います。現場にいたのが吉田所長であったことが日本を救ったのですが、当時の政権と東京電力本店幹部の言いなりであったなら現在の日本はなかったかもしれません。

逆に最初の一手が的確であればボタンを掛け直すことなく決断を行っていくことができ、より細かい配慮をしつつ先手を打っていくこともできます。つまりスパイラルに状況が良くなっていくのです。

ではそのために私たちは日常何に気を付けていけばいいのでしょうか。

危機管理上の事態において正確な情報をタイムリーに得ていくことは当初からあきらめる必要があります。

そこで私たちが日常的にできる意思決定のための心がけがあります。

それは意思決定の目的を常に考えることです。何のためにその意思決定を行うのかということを常に意識することが重要です。

意外ですが人は目的を達成するために意思決定を行っているとは限りません。特に組織において行われる意思決定に関しては私心や保身という邪念が入ることが多々あります。これを明らかにしたのはグレアム・アリソンでした。名著『決定の本質』においてアリソンは外交政策に意思決定過程を「合理的行為者モデル」「組織過程モデル」「部内政治モデル」の三つのモデルを用いて分析して見せましたが、彼の研究でも明らかなように必ずしも合目的的に意思決定が行われるとは限らないのです。

意思決定の目的を誤ると決定そのものを誤ってしまい、それが組織を危機に陥れることになります。いい例が三菱自動車の排ガスに関するデータ偽装です。

三菱自動車は確かな技術力により健全なモータリゼーションの構築に貢献することを社是としていたはずですが、目先の利益を上げるために排気ガスのデータを偽造して優遇税制の枠に入り込もうとしました。この意思決定は会社の目的を完全に忘れ去って行われたものです。

意思決定に際して何のための決定なのか、自分たちの使命は何かということを常に考える習慣を付けることにより、このような危機を自ら招くということを避けることができます。

人がついてくるリーダーになるには

次に「リーダーシップ」です。

リーダーシップ論という分野は組織に関する研究の中でもっとも遅れている分野ですが、しかし確かな黄金律が存在します。

難しくはありません。部下に関心を持つだけです。

近年はプライバシー保護の観点から社員の個人情報がその直属の上司にももたらされないことがあり、さらに上司も部下の身上把握がしにくいという状況があることは事実です。しかし、それは部下の行動に関心を持たない、あるいは部下の行動に責任を取りたくない中間管理者の言い訳に過ぎません。

本当に部下が可愛く、しっかりと育ててやろうと思うなら部下の情報は自然に集まってきます。こちらから訊かなくても部下の方からプライベートな内容について話をしてくれます。そしてそのような上司の下に部下は結束して動いてくれます。

関心を持つだけでいいのです。小賢しい技は必要ありません。

局限すればコーチングなど学ぶ必要もありません。ただ、関心を持つだけです。

私に言わせれば従業員500人以下の企業で社員の名前と顔が一致しない社長などはアルバイトの社長に過ぎず、到底私たちが「指揮官」と呼ぶ器ではありません。このような社長に危機管理を語る資格はなく、さらに彼らに危機管理の指揮を執れるとは思えません。

信頼される組織を作るには

最後に「プロトコール」です。

時々、自分自身あるいは自分の会社を自分が鳥になったつもりで上から見るとどんなにみえるだろうと想像してみるということを時々行ってみてください。

街を歩いている時、自分が歩いている姿をカラスはどう見ているのかという視点を時々持ってみるということです。

これができるようになると、後ろからはどう見えるか、前からはどう見えるかという視点も持つことができるようなります。さらにはお客様の視点で自分の会社を訪問してみるとどう映るかということも見ることができるようになります。

私も時々これを思い出して、自分がどのような格好で歩いているかを想像することがあります。そして気が付いたのは、かなり猫背になっているということでした。

この姿勢は健康にも良くないので、意識して背筋を伸ばすようになりました。

社長はそのような視点で自分の会社がクライアントからはどう見えるのだろうかということを時々考えることが大切です。売上が落ちている時など、何故そうなのかを競合と比べて見て分かることも多いかと思います。

ねっ!簡単でしょ?

以上、危機管理の三本柱について簡単なチェックポイントを掲げました。時々これらを思い出して、気にかけて頂ければ危機管理能力を大きく育てることに繋がることは間違いありません。

難しくなく、お金がかかることでもありません。時間もほとんど必要ありません。

危機管理とは学者や評論家がもったいぶるほど難しい問題ではなく、このようなごく日常的なちょっとしたことの積み上げによってなされていくものなのです。 コンサルタントがいろいろと調査しなければならないほど面倒なものでもありません。危機管理のコンサルタントが大袈裟に騒ぎ立てるのは、そうしないと商売にならないからなので、そのコンサルタントが本物か偽物かはそこで見極めることができます。難しい資料を出して、面倒な数字を挙げて難解な説明をするコンサルタントは偽物です。

本物であれば、呆気ないほど簡単な説明を提示するはずです。その呆気ないほど簡単な説明を自信をもって提示できない偽物のコンサルタントは数字やカタカナの英語でいかにも面倒な話をせざるを得ないのです。

実は呆気ないほど単純なものの積み上げであることを気付かせるのがプロの技というものでしょう。

卵を立てて見せるのが実は簡単であることを見せるのはコロンブスにしかできなかったのです。