専門コラム「指揮官の決断」
第171回海上自衛隊 中東へ
中東情勢に対する反応
イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を米軍が殺害した報復としてイランはイラク国内の米軍基地などへ短距離弾道ミサイルを撃ち込むという行動に出ました。
中東情勢は混迷の度合いを深め、予断を許さない状況になりつつあります。
当コラムは執筆者が国際関係論の専門家ではないため、この問題を国際関係論や政治学の観点から語ることは避けております。
しかし、イランの報復攻撃を受けて我が国の野党の政治家たちが一斉に中東への海上自衛隊の派遣は中止すべきであるとコメントしているのを見て呆れ果てるのを止めることができません。
この事態になったのであるから、より急いで派遣しなければなりません。革命防衛隊が勢いづいたらホルムズ海峡の航行安全は保障されなくなります。迅速に情報収集体制を確立し、早急に現場がどのようになっているのかを把握する必要が生じているのです。
政権が派遣を検討しているころに花見の問題しかとりあげず、この問題に関与してこなかった野党が、この期に及んで、こともあろうに派遣の中止を主張するなどは、ホルムズ海峡が我が国にとってどれだけ重要な地政学的位置にあるのかを全く理解していない証左です。
この海峡を通って我が国のエネルギー源を運んでくる船に乗り組む船乗りたちが、どのような思いでこの海域を航行しているのか、野党議員たちはまったく斟酌しないのでしょう。それらタンカーの船員たちは海賊に怯え、テロリストに怯えながら勤めを果たしているのに、今後は国軍に近い軍隊である革命防衛隊の脅威にも怯えながら原油の輸送に当たらなければならないのです。彼らの思いを少しでも理解するなら、そこに旭日旗をはためかせた艦艇を一刻も早く送る必要があることが理解できるでしょう。
やはり我が国の現野党議員たちには安全保障問題は荷が重すぎるのでしょう。
相変わらずお粗末なマスコミ
しかし、もっとひどいのがマスコミに登場する評論家たちです。
当コラムでは評論家やコメンテーターと呼ばれる人々のレベルの低さについて何度か言及していますが、昨年から今年にかけての中東への海上自衛隊派遣の問題に関する彼らの論評を聞いていて、あまりの酷さに呆れていました。
ここで彼らが当然のように解説している内容に明らかな誤りがありますので、皆様に誤解されないように少し解説をさせて頂きます。
まず、今回の海上自衛隊部隊派遣の目的ですが、これは政府が発表しているとおり、「調査研究」を任務としているようです。「ようです」と言っているのは、私は部隊に出される命令の内容を見ていないので何とも言えないからですが、防衛大臣がそう公表していることからこれは間違いないでしょう。
海上自衛隊は尖閣諸島の海域にも護衛艦を派遣していますが、彼らに与えられた任務も「調査研究」です。
通常の監視活動はすべてこの自衛隊法に定められた自衛隊の任務のうちの「調査研究」という任務の一環として行われています。これは陸・海・空を問いません。したがって、わが国の防空識別圏に侵入してきた軍用機に対しては「対領空侵犯措置」という新たな命令が下されてスクランブル発進が行われるのです。
今回の海上自衛隊の派遣も任務は「調査研究」であり、何らかの事態が生起したならば「海上における警備行動」が下令され、その任務の性格が代わるのです。
ここまでは評論家たちも間違ってはいません。問題はその後です。
正当防衛とは
「海上における警備行動」が下令されれば、不審船舶に停船を求め、応じない場合は必要に応じて武器の使用もできるが、「調査研究」の段階ではその権限がなく、自然権として「正当防衛」及び「緊急避難」しか認められないので、それらの場合にしか武器を使用できない。したがって、護衛艦は自分が攻撃を受けなければ反撃できず、日本のタンカーが攻撃を受けていても手出しをできない。そのため、日本のタンカーが攻撃を受けるような場合には、攻撃をしてくる船舶と日本のタンカーの間に割って入り、自らを撃たせておいて正当防衛の反撃を行うことになるというのがほとんどの評論家やコメンテーターの一致した解説でした。
ちょっと聞くと、極めて論理的でもっともな解説に聞こえます。
しかし、この解説は何重もの過ちを犯しており、このような論評を真に受けてはなりません。
まず、この解説をする評論家たちは「正当防衛」の何たるかを理解しているとは思えません。
法学部出身の方なら常識的にご存じですが、「正当防衛」とは「自己または他人」の権利が急迫不正の侵害により危険な状態になった時に、他に手段がない場合、必要最小限の実力行使が認められるというものであり、自分だけでなく他人の権利を急迫不正の侵害から守る行動も一定の条件の下で法的責任を免除されます。
つまり正当防衛が認められる条件が整っているのであれば、日本の船どころか外国船を守ることだって問題はありません。わざわざ自分の船を撃たせる必要などどこにもないのです。
まずこの点で評論家たちの解説は間違っています。
自衛隊の部隊に正当防衛が認められるのか
次に、それでは海上自衛隊の護衛艦には「正当防衛」が認められるのかという問題です。
正当防衛は自然権と考えられていますが、自然権とは人間が法律や政府ができるはるか以前から当然に持っているとされる生命・自由・財産・健康に関する不可譲の権利であり、したがって、個々の自衛官に自然権としての正当防衛や緊急避難が認められることは当然ですが、それは自衛官についての議論であり、自衛艦とは議論が異なることを理解しなければなりません。自衛隊の部隊がそのような自然権を当然に持つと言うことはできません。自然権としての正当防衛が認められるのは自衛官であって自衛艦ではないのです。
武器の使用ができるようになるという「海上における警備行動」や航空自衛隊の「対領空侵犯措置」などで武器の使用を認めているのは「自衛隊の部隊」に対して認めていますが、これは根拠法規や下令される命令にそのように記述されているから武器の使用ができるのです。
つまり、調査研究においても、急迫不正の事態が生ずれば個々の自衛官は正当防衛のための武器使用ができるのですが、護衛艦が搭載している機関砲やミサイルは個々の自衛官が自分の身を守るために操作するのではありませんから、その範囲を逸脱しており、正当防衛を認める要件を満たしません。
評論家たちは人にしか認められない自然権的人権を軍隊にも当然認められるものと勘違いしているのです。
それでは派遣される護衛艦は正当防衛はできないのでしょうか。
もちろんできます。
自然権的権利としてできるのではなく、交戦規程(ROE:Rules of Engagement )によって認められるからです。
つまり、調査研究においても、そこに適用されるROEに正当防衛の場合の武器の使用について記述すれば正当防衛射撃が可能となり、その保護対象も日本船舶、日本向け貨物を輸送する船舶などと書いておけばいいということになります。外国船も記載しておけば、あらゆる船舶の海上航行を保護してやることが可能となります。
私は今回の派遣に関する命令にどこまで書いてあるのかを承知しておりませんが、おそらくROEのリストが渡され、事態の推移を見ながら段階的に武器の使用基準を変更していくものと思われます。
論点を外した議論ばかり
要するに、評論家たちが解説するように調査研究だから武器は使えないとか、海上における警備行動なら武器が使えるという問題ではないということです。すべては発出される命令にどのように書いてあるのか、ROEはどう扱うのかという問題なのです。
したがって、その点を真剣に議論しなければならなかったはずなのに、野党は桜の問題しか追及せず、中東の情勢が緊迫の度を増し、現状把握の必要性が著しく高まった情勢になって調査研究を中止すべきという現実を無視した議論を起こしているのです。
当コラムでは稲田防衛大臣の辞任により岸田外務大臣を防衛大臣兼務にした現政権の無神経さを指摘し、またその点に全く触れることのなかったマスコミは芸能人のゴシップを追いかける程度が身の丈であって国際政治など語る資格はないと烙印を押しましたが(専門コラム「指揮官の決断」 第44回 呆れてものが言えない https://aegis-cms.co.jp/654 )、野党議員も政治家のスキャンダルを追いかける程度が身の丈であって安全保障を語る資質があるとは到底思えません。
また、中東での事態の緊迫化を受けて、このような事態において海上自衛隊の部隊を派遣することは憲法違反となるとコメントしている議員や評論家がいるのにも呆れます。
憲法が禁じているのは、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使を国際紛争を解決する手段として行うことであり、武器の使用と武力の行使の違いが分からぬ者がマスコミでいい加減な解説をするなと申し上げたいと思っています。
派遣された護衛艦はどのように対応するのか
それでは調査研究の任務で派遣された護衛艦が実際に襲撃を受けつつある船舶を発見したならばどう行動するのでしょうか。
彼らに下されている命令ではおそらく「海上における警備行動」下令以前の武器の使用にはかなりの制限が課せられているものと思われます。
したがって艦長の決断としては、やはり相手船と攻撃を受けつつある船舶の間に割って入るという行動をとるかと考えます。
これは自らを撃たせて正当防衛の口実を作るためではありません。
海上自衛隊の護衛艦が接近した場合に、攻撃を続行する不審船舶など世界に存在しないでしょう。装備品の整備、乗員の練度・規律ともに世界トップにある軍艦に下手に手を出したらどうなるかを知らぬ者はいません。一方でまともな海軍艦艇が自国の商船すら守る権限を与えられていないなどいう間抜けな扱いを受けていることなどは誰も信じませんので、旭日旗が近づいてきたら木っ端微塵にされると思い込んでいるはずなので、自らを撃たせる必要などありません。
多分、まともな艦長であれば襲われつつある商船の国籍などに頓着しないはずです。なぜなら船乗りには「船員の常務」があり、困難に直面している船舶の存在を知ったならば救助に行かなければならないことが国際法に規定されているからです。国際法に関するウィーン条約により、国際法は国内法の上位に位置づけられることを知らぬ護衛艦艦長はおりませんので、彼は国際法の規定により遭難船舶の救援に向かうはずです。
武器の使用などを考慮する必要はありません。旭日旗をはためかせて近づいていくだけでいいのです。
つまり、「海上における警備行動」などが発令されずとも、現場に赴いた護衛艦艦長は「調査研究」の任務付与だけでしっかりと海上交通の安全確保の成果を挙げて帰ってくることができるので、私は何も心配していません。