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専門コラム「指揮官の決断」

第173回 

大丈夫なんだろうか?

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何を憂いているのでしょうか

何が大丈夫なんだろうと憂いているのかと疑問に思っておられる諸兄・諸姉が多くおられるものと拝察いたします。

最後までお読みいただければ、私が何を憂いているのかをご理解いただけます。

私はこのコラムを通じて、嫌になるほど、しつこいほど、繰り返し繰り返し、何度も何度も政治と政治家が嫌いだと申し上げてきています。しかし、私は彼らを馬鹿にしたり軽んじたりしているわけではありません。生理的に嫌いだと言っているだけです。

特に国政レベルの政治家には、品性など微塵も期待していませんが、頭の良さだけは期待しています。

ある政治家についての想い出

かつて日本社会党の党首を勤められ、その後衆議院議長も経験された土井たかこさんという政治家がおられました。女性初の三権の長となった彼女は俗にいう「マドンナ旋風」とか「おたかさんブーム」などでもてはやされましたが、はっきとした発言を躊躇なく行ういかにも政治家らしい政治家でした。

私は必ずしも彼女の政治的信念に同調していたわけではありませんが、しかし信念をもった政治家だという印象を持っていました。

湾岸戦争後の海上自衛隊の掃海部隊のペルシャ湾派遣に次ぐ2度目の自衛隊の海外派遣となったカンボジアPKOについて、国会で牛歩戦術までやって反対したのが社会党をはじめとする野党でしたが、それなりの信念や考え方があって反対しているのだろうと考えていました。つまり、カンボジアを復興させるために、自衛隊を派遣せずとも他にいくらでも手段があるはずという思いが彼らを突き動かしているものと思っていました。

カンボジアPKOとは

このPKOが任務を終了して帰国する際、私は海上自衛隊から防衛省の内部部局に出向していて、その帰還作業にかかわって大変な思いをしていました。

施設部隊が現地に持っていったブルドーザーやロードローラーなど現地に置いてくればさらに現地の復興に役立つだろうと思っていたのですが、実はこれらの機械は「武器」と認定されていました。別に戦車や装甲車のように武器を搭載しているわけではなく、一般の土木作業に使うものと同じなのですが、自衛隊が使うために隊員のライフルを立てかける銃架が取り付けてあるのです。しかしそれは民間で使う際には必要のない自衛隊独自の仕様なので「武器」と認定され、武器輸出三原則のために現地置いてくることができないのです。これが当時の経済産業省の見解でした。

一方、日本に持って帰ってくるのであれば、検疫をパスさせるために砂粒一つ付いていてはならぬというのが検疫を担当する農林水産省の見解でした。

各省庁のいじめのような仕打ちに耐えながらの帰還準備作業だったのです。

その作業が一段落した頃、出張で地方都市を訪れる機会がありました。前日の夕方に目的の街に着いてブラブラしていたところ、公民館のような建物で土井たかこさんの講演があることを知り、その日は特に用事もなかったことから暇つぶしのつもりで入ってみました。

そして土井たかこさんの話を聞いてびっくりして帰ってきたのを覚えています。

土井さんがカンボジアPKOが行われた現地を視察に行った時の話でした。

カンボジアPKOが終わってちょうど1年たった頃、カンボジアの復興状況を見極めるために同地を訪れたのだそうです。

そしてそこで見た自衛隊の活動の跡を見て、驚きに堪えなかったとのことでした。

土井さんによれば、PKOが終わって1年もたたないのに、自衛隊が整備したとされる道路などはすべてボロボロだったのだそうです。何のためにあれだけ大騒ぎをして自衛隊を送ったのか、日本の貢献とは何だったのか、今後自衛隊の派遣などやはり二度とやってはならないということでした。

土井さんが驚いたというこの話を聞いて私の方も同様に驚愕しました。

社会党が国会の決議に当たり牛歩までして反対したPKO法案の目的が何であったのか、土井さんはまったく理解していなかったのかと。

自衛隊のカンボジアPKOの目的はカンボジアに民主的な政権を樹立するために総選挙を行う必要があり、雨期になると道路がぬかって車が走れなくなるため、円滑に選挙ができるように道路を整備するというものでした。他にもいろいろと解決しなければならない問題は山積みでしたが、PKOに初めて部隊を派遣する日本にとっては経済支援以外にできるギリギリの内容がそれだったのです。

つまり陸上自衛隊の施設部隊はカンボジアに恒久的なインフラを整備に行ったのではありませんでした。選挙が円滑にできるように道路が整備されれば良かったのです。

陸上自衛隊の施設部隊は、戦場において川に橋がなくて戦車や装甲車が渡れない時に素早く橋をかけて部隊の円滑な進出を支援するなどの任務を帯びています。つまりその作戦に必要な兵力の移動ができればそれでよく、問題は迅速性であり、速やかに所要の作業を終えたならば直ちに引き上げて別の場所に移ることができなければならないのです。

恒久的なインフラを作るのが彼らの使命ではありません。すばやくとりあえずの作業を行うことと、恒久的なインフラを作ることは基本的なノウハウが異なるのです。つまり、陸上自衛隊に東名高速道路を作れと言ってもできないし、逆に専門の土木建築会社に陸上自衛隊のような迅速性をもって仮設の橋を作れと言っても無理なのです。

恒久的なインフラはカンボジアに平和と安定が訪れた後でなければ着手できないので、民主的な政権を樹立することが急がれたのです。

だからこその陸上自衛隊施設部隊の派遣だったのですが、それを1年後に訪れて道路がデコボコだったのに驚いたというのはどういうことなのでしょうか。

カンボジアPKOの目的をまったく理解せずに反対していたということなのです。

今度は中東派遣ですよ

海上自衛隊の中東派遣については昨年の国会では「桜」の問題でろくな議論もなされず、年明けになってイラン情勢に変化が生じたとして閉会中審査が行われましたが、各議員は果たして状況をしっかりと理解しているのでしょうか。

中東情勢が緊迫化したから自衛隊の派遣は中止すべきという議論は何を主張したいのか意味が不明です。

ホルムズ海峡は毎年500から600隻の日本船籍の船が通峡しており、日本の事業者の船に至っては3000隻弱が通峽しています。

事態が緊迫してきたのであればなおさらこれらの船舶の安全航行を確保する必要も高まっているということです。

これらの船舶に乗り組んでいる船乗りたちがどれほど心細い思いをしながらこの海峡を通っているのか国会議員には思いやることができないようなのです。

有志連合に参加していない日本の船舶を有志連合の海軍が守ってくるはずはありません。

湾岸戦争の頃であれば日本の憲法の制約などを説明して理解してくれた国もありますが令和のこの時代にそのような国家はもう存在しません。有志連合には参加しないが通峽する日本船を守ってくれなどと要求すれば、なんと自分勝手な国だろうと思われるのが関の山というところです。

今回もそうでしたが、最近の自衛隊派遣の国会論争でよくあげられるのは「自衛官の安全をどう確保するのか」という議論です。

これは単なる欺瞞に過ぎません。自衛官の生命の安全を野党議員が真剣に心配しているはずはありません。現にカンボジアPKO当時社会党にいた某女性議員がPKOの部隊を視察に行き、現地の隊員の戦闘服の胸ポケットを指さして「あんたら、そこにコンドーム入れとるやろ」と言ったことを何人もの関係者が証言しています。

ところが自衛隊に対する支持率が著しく向上している中にあって自衛隊派遣に反対するためのロジックとして「隊員の安全確保が愁眉の急」という言い方をしているだけに過ぎません。自衛隊やその隊員を否定せずに政権を批判するためのロジックです。

しかしこれほど自衛官を貶め、馬鹿にした発言もないことに政治家は気付いていません。

自衛官は入隊時に、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓うと宣誓して入隊したプロです。

海峡で船舶を襲うテロリスト集団ごときに屈するような集団ではありません。

そもそもそのような事態に対応するために創設され、訓練をしてきた組織なのです。

たとえば、大時化の海で遭難している船舶を救助に行く海上保安官や、コンビナートなどの大規模な火災に立ち向かおうとする消防官の身の安全が確保できないから出動させるべきではないという議論が成り立つのでしょうか。

政治家のいかにも自衛官の安全を心配しているように見せかけた欺瞞に満ちた発言にはうんざりさせられます。

派遣される隊員の安全が心配なら、自分が撃たれなければ撃ち返すこともできないような規則にしなければいいのです。

国際法上、軍艦には同齢貿易に従事している船舶、海賊行為を働いている船舶、麻薬取引に従事している船舶には停船を命じて臨検し、これに従わない船舶には実力行使を行うことが認められています。国際法上当たり前の権限を行使できるようにすれば身の安全など心配する必要がないのです

ちゃんとした議論ができるんでしょうね

政治家の中には軍隊に対するアレルギー体質を持ち、軍事や安全保障問題の勉強をしないという人が数多くいるようです。勉強をしないので安全保障問題については高校生レベルの知識しかないのに国会となるとやたら反対の論陣を張るのでまともな政策論争にならないことが多々あります。

私が憂慮しているのはそのような状況下にある国会です。