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専門コラム「指揮官の決断」

第185回 

言っちゃダメなこと、やっちゃいけないこと その2

カテゴリ:危機管理

トップはぶれてはいけない

数週間前に「言っちゃダメなこと、やっちゃいけないこと」についていくつか言及しました。今回はその第2弾です。

どのような事態においても同様なのですが、危機管理上の事態においてはトップがぶれないことが特に重要になります。ほとんど情報がない中で次々に決断を下していかなければならないトップにはパーフェクトゲームを期待することはできません。やってみて間違いであったことが分かったら次の一手をすかさずに打っていかなければなりません。ただし、それはぶれるということとは違った次元の話です。

トップに求められるのは、様々な可能性を考慮し、それぞれの可能性に備えた策を準備し、それをやってみて事情が異なっていることが分かったら、すかさず用意してある別の手を打つということであり、行き当たりばったりに施策を打っていくということではありません。

いずれにせよ、トップにはぶれない信念が必要です。

その観点から最近気になっている様々な事象を観察してみたいと思います。

国がやっちゃダメなこと

私は当コラムにおいて、現政権の危機管理能力について再三疑問を呈してきました。辞任した防衛大臣の後任を内閣改造の直前であったことから外務大臣に兼務させるという、政局を国の安全保障に優先させるというそもそもの心構えが許されないからです。

それでは現下の情勢についてどうなのでしょうか。

多分、この国は現政権であって良かったのであろうと思います。

これが東日本大震災の時の政権であったらと思うとゾッとします。

誰も経験したことのない事態においては誰がやってもパーフェクトゲームはできません。当コラムで再三申し上げているとおり、危機管理はまともな情報なしに決断を繰り返していかなければなりません。今回の騒ぎは始まってからすでに2か月半以上経つにもかかわらず、まだ敵の正体が分からず、一方的な防戦を強いられており、攻勢に出る機会をまったく得ることができずにいます。

自ら責任を取る必要のない評論家たちは好き勝手なことを言いますが、国の政策決定の内情を少しでも知っている者であれば、各省庁が何を考え、どのような手を尽くしており、政権がそれをどうまとめているかの見当はつきます。政治主導を掲げ、官僚をないがしろにしていた東日本大震災当時の政権であれば、この国はすでにオーバーシュートを生じ、ヨーロッパ各国のように10万人の感染者数を競っていたでしょう。

特に感染症対策と経済対策という相反する決断をしなければならないこの問題には正解はありません。神のみぞ知る正解はあるかもしれませんし、事後的にいろいろなことが分かってきたら、どうすることが正解だったのかが判明するかもしれませんが、現時点での正解はないのではないでしょうか。サイコロの丁半を占うようなものです。

個人的には持久戦では国土が焦土となってから経済対策をすることになるので、経済的基盤が生き残っているうちに短期決戦を挑む方がいいかと考えています。1か月は耐えられても2か月耐えられないという企業は山ほどあるはずです。ただし、私は経済評論家ではなく、素人の直感でしかありません。考慮すべき事項も多々あるかもしれません。

今回の緊急事態宣言により休業を要請する業種について、国と東京都の間で擦り合わせが取られていないことが問題となりました。

東京都がより徹底的な休業要請を求めているにも関わらず、国の方針では2週間ほどで効果を見極め、更なる対応をするということなのだそうですが、これは言い換えれば兵力の逐次投入であり、戦いの原則に反します。

見えない敵との戦いなので戦い方に正解はないかもしれませんが、しかし、共に戦う友軍との連携は取れるはずです。それをしなかった政府は責められても仕方がありません。

この時期、政治が信頼を得ていくことが何よりも重要です。経済界も含めた各方面から緊急事態宣言を早く出すことを望まれてもなかなか出さずにいた政府が、時間をかけてその程度の調整もせずに発出したのかと思うと、信頼が崩れるのも無理もありません。

そこへ出たのが「うちで踊ろう」という首相のインスタグラムです。自宅の居間でくつろぐ首相の姿を見て、これまでにない多くの「いいいね」ボタンが押されたとのことでしたが、休業を要請されて今月の家賃をどう払おうと悩んでいる店の主人や派遣の仕事がなくなって来週の食べ物をどうやって買おうかと必死になっている人々がどう思うのかを官邸は少しでも考えたのでしょうか。

自分の女房の外出も自粛させられない首相が国民に自粛を求め、自宅でくつろぐシーンを自ら演ずる必要があるのかどうか分かりません。自分が自宅で優雅にくつろいでいる姿を国民に見せつけることに何の意義があるのか不明ですが、しかし、これを是とするとするなら、もう一本のインスタグラムを出すべきでしょう。

この国家的危機への対応に際し、陣頭に立って獅子奮迅している姿も併せて見せなければ政治への信頼は得られないのではないでしょうか。

第2次大戦時、英国を指揮したウィンストン・チャーチルは、ダンケルク海岸で海に追い落とされる寸前であった35万名の英国派遣軍と降伏せずにダンケルクまで撤退してきたフランス軍将兵を救うため、ラジオでヨットやボートを持っている国民はダンケルク海岸まで船を走らせ一人でも多くの兵士を救って欲しいと要請しました。これに応じて多くのヨットのオーナーが自分の船でダンケルク海岸へ赴き、救助を待つ兵士たちを乗せてきました。敵前で行う危険を伴うこの作業のため、オーナーが命を落とし、救助された兵士が操って帰って来た船も多数ありました。

この時の犠牲と貢献が評価され、英国最古のヨットクラブであるロイヤルヨットスコードロンは、クラブ旗として英国海軍と同じホワイトエンスンを掲げる名誉を与えられています。

チャーチルは命がけの航海に出ることを要請したのですが、安倍首相が要請しているのは、家にいてくださいというだけのことです。宰相としてのスケールの違いをまざまざと見る思いです。

知事がやっちゃダメなこと

4月2日、政府の新型コロナウイルス対策の専門家会議の尾身副会長が医療提供体制が逼迫しつつある自治体として東京、神奈川、埼玉、千葉などとともに愛知県を挙げたところ、愛知県知事は「名古屋市内がいっぱいになりつつあるのは事実であるが、県全体では十分に対応できる。事実を踏まえない発言は大変迷惑であり、遺憾だ。」と猛反発しました。

ところが、7日に政府が緊急事態宣言を発出した際に愛知県が対象地域に含まれなかったことを受け、9日に政府に対して愛知県を含めるように要請し、政府が慎重に検討するという態度を取ると県知事の権限によって宣言を出すという狼狽ぶりを示しました。

この知事は愛知トリエンナーレにおいても終始一貫しない狼狽ぶりを見せており、そもそもがトップに立つ資質に問題があるかもしれません。(専門コラム「指揮官の決断」第150回 「表現の不自由展・その後」を危機管理の視点から見ると  https://aegis-cms.co.jp/1620 )

組織はトップが数センチ揺れると、末端では数メートルの揺れに増幅します。この知事のもと、愛知県民が付いて行くのは難しいでしょう。

専門家が言っちゃダメなこと

日曜日にある番組を観ていたら、さる高名な経済評論が、緊急事態宣言を出すのが遅いこと、休業要請の範囲も狭いことを批判し、これは休業補償に関わる経費を財務省が渋っているためであるとして、財源はトランプから押し付けられている武器を買わなければすぐに出るとコメントしていました。別の番組ではイージス艦一隻が1300億円することに言及し、国民の命を守るために、いつ使うか分からない船に投資するのではなく、目の前の中小企業の援助に使うべきであり、その結果経済の最悪な事態を回避することが将来の税収を確保するので、またイージス艦を造る予算に繋がるというもっともらしいコメントをしていた経済評論家もいました。

社会保障予算と防衛予算に関してはいつも議論となりなかなか結論が出ません。

大学の経済学部でもこの問題は大砲とパンの問題にモデル化されて議論されます。

確かに、将来的な国防予算よりも目の前で次々に倒産するであろう中小企業を何とかすることの方が現在では優先度が高いかもしれません。ここで経済が崩壊すれば将来の安全保障予算も確保できなくなるという指摘はもっともです。

ただ、このコロナ騒ぎでこれらの評論家は何を教訓としているのでしょうか。

備えが無かったことが問題を大きくしたことを理解できないのでしょうか。

この国の感染症対策が極めて貧弱であったことが分かったのはこの騒ぎが起きたからです。検査態勢も十分ではなく、感染症専門医も十分な防護服等の準備をしていなかったことがやっとわかったのです。このような危機に際して、あらかじめ準備しておくことがいかに重要かということを私たちは思い知ったはずです。しかし、私たちの社会はそれをしてこなかった。SARSやMERSに見舞われず、それらを対岸の火事としていたからです。

国の防衛についても同様です。この国が直接の侵略を受けるなどということを私たちは危機としてとらえていません。一昨年、北朝鮮が我が国を標的とするかもしれないというメッセージを出したときだけ騒然となりましたが、もう忘れています。

感染症の防御服は数か月で増産体制が整うかもしれません。しかし、護衛艦は建造に5年かかります。5年後に就役してもすぐに実戦に投入できるわけではありません。

就役までに集められた乗員を訓練してチームとして戦う態勢を取ることができるようになるまで約1年間の猛訓練が必要です。つまり、安全保障上の脅威が顕在化して、急きょ準備に入っても護衛艦の戦力化には少なくとも6年の年月が必要なのです。経済評論家はそれを知らないかもしれません。

それを知っていても反論はあるでしょう。それは分かったけど、やはり将来の安全保障上のリスクよりも、今年の経済崩壊を防ぐ方が緊急度が高いと。

私も実はそう思います。大恐慌以来最大の経済危機と言われる事態を乗りきらねばならないとき、どのように重要な施策であろうと優先順位を付けて切り捨てなければなりません。もし可能であるのなら、イージス艦1隻の建造を取りやめて目の前の経済対策に注入し、イージス艦の不足は必死になって何らかの工夫をして凌ぐのが正しいかと思います。

軍縮条約で軍艦の建造に制限をくわえられた日本は「訓練に制限はない」としてその劣勢を訓練で補おうとしました。そして始まったのが「月月火水木金金」と言われた猛訓練です。いろいろな工夫があるはずです。

しかし、私は「もし可能であるなら」と述べました。

残念ながらイージス艦の建造を取りやめても1300億円を当面の経済対策に回すことはできません。経済評論家ならその程度は知らねばなりません。

護衛艦の建造予算は継続費と呼ばれる予算で認められます。

国の予算には大きく分けると歳出、国庫債務負担行為、継続費があり、歳出は当年度に現金で支払う予算です。給料や電気代などに使われます。国庫債務負担行為は1年で終わらない事業などの予算であり、毎年審議を受けます。

継続費はやはり1年で終わらない事業などに使われるのですが、一度認められるとその事業そのものの可否を問う審議は行われません。この予算が認められるのは国のあらゆる事業の中で現在のところ護衛艦と潜水艦の建造のみです。

イージス艦は5年の継続費で建造され、支払いは引き渡しを確認した後の5年後となります。もちろん、途中でも造船所は鉄鋼などの原材料を買わねばならず、武器を製造する企業も同様なので、毎年いくらかの支払いは行われます。これを歳出化と呼びますが、それほど大きな金額ではありません。

つまり、今年認められた予算で造る船の建造を取りやめたところで今年の経済対策に充当できる現金は何もないのです。

確かに今年歳出化する予算はあります。しかしそれは数年前から始まっている何隻かの船の建造に必要な資金の歳出化であり、すでに履行された分についての支払なので、これを止めてしまうと造船所や下請けの会社が潰れることになります。

米国から購入予定の武器体系にしても同様です。こちらは契約上一部先払いのものもありますが、大した金額ではありません。

将来の大砲に回す金があるのなら今日のパンとバターに回せという経済評論家の主張には頷けないこともありませんが、残念ながら出来上がった大砲を引き取って払うために5年後までに準備するお金を今日パンやバターを買うのに使うことはやりたくともできない相談なのです。経済評論家なら、その程度の予算制度の知識をもつべきです。

尤も評論家と専門家は違いますから、評論家は知らないのかもしれませんが。

とにかく絶対ダメなこと

呆れてモノが言えないのは警察です。

神戸西警察署の署長、副署長等10人が新型コロナウイルスに感染していることが分かり、現在この署の120名が自宅待機となっています。

3月27日に署長の歓迎会を居酒屋で開き幹部署員7名が参加したのだそうです。県警本部の事情調査に対し、副署長は歓迎会はしていないという嘘の報告をしていたことも分かりました。

私が現役の海上自衛官で部隊指揮官の配置にあれば、2月末の時点で歓送迎会は禁止したはずです。コロナウイルスへの感染者が国内で確認されたのは1月中であり、2月初旬にはすでに横浜港のクルーズ船の話題が連日ニュースを賑わせていました。

2月下旬にはすでにホテルのレストランなどはビュッフェを取りやめており、いつもは予約なしに行くとスタンバイになるスカイラウンジに3組しかいないなどという状況でした。

それを3月末になって居酒屋で宴会を行うというのは言語道断です。警察官の社会的使命の自覚が全くないのでしょう。

兵庫県警は二人を異動させ、後任の署長・副署長を発令するそうですが、監察は行わないのでしょうか。

自粛要請が長引くと人々の心がすさんできます。生活が苦しくなる人々も大勢出てきます。治安の維持も問題となってくるでしょう。諸外国のように暴動が起こるとは思いませんが、しかし、強盗事件などは起こってくるかもしれません。そのような時に120名が自宅待機になるという事態を招いた署長及び副署長の責任は計り知れません。

さらに、副署長は「歓迎会はしていない。」と虚偽の報告をしたそうですが、それで感染源が特定されずに感染拡大が困難になるということを理解していないのでしょうか。

この情勢下、その程度の理解が出来ない警察官が副署長を勤めているということは恐るべきことです。

現在120名が自宅待機の神戸西署ですが、そんなことができるなら、これを機に定員を120名減じるべきかもしれません。

その程度の警察官なら、いない方がましですから。