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専門コラム「指揮官の決断」

第219回 

第3波襲来? その2 自衛隊に派遣要請だぁ?

カテゴリ:危機管理

自衛隊に災害派遣要請だぁ?

もうコロナの話題には触れたくないと思っていたのですが、大阪府知事と北海道知事が自衛隊に看護官の派遣を要請するという事態に及んで、さすがにコメントせざるを得なくなりました。

この事態を受けて、大阪府の医師会長があちらこちらのテレビのインタビューに答えて、いかに医療現場が酷いことになっているかを訴える場面が散見されました。

正直な感想を申し上げるなら、よく恥ずかしくなくテレビなんぞに出てこれたなというところでしょうか。前回申し上げたとおり、医師会会長という地位には学問的な業績や医師としての腕でなるのではなく政治的手腕によってなるのでしょうから、恬として恥ずることを知らない人物でなければなれないのでしょう。

本当に自衛隊が出なければならない事態なのか?

コロナ対応の病棟で苦闘を続けている医療関係者のご苦労は並みのものではないでしょう。

しかし、それは全国の医療従事者の5%程度です。残り95%は患者がいなくて逆に大変な思いをしています。

知事や医師会長はこの事態になるまで何をしていたのでしょうか。

もともと冬になれば感染者が増えるとメディアは騒ぎ続けてきたはずです。しかもインフルエンザと一緒になったら地獄になると大騒ぎをしていたはずです。

前回ご紹介した通り、歴史的には二つの感染症が同時並行で流行した事例は極めて少ないのですが、そのような歴史を調べずとも、この冬にインフルエンザなど流行るはずがないと当オフィスでは考えていました。これだけ皆さんがマスクをして歩いてあちらこちらで手の消毒をしていてインフルエンザなどどうすれば流行るんだと思っていたのですが、メディアに登場した評論家や専門家と称する人々が冬には大変なことになると繰り返していたので、何を根拠にしているのか理解できませんでした。

実際に先月のインフルエンザ患者は全国で報告されているのが50人です。昨年の11月は1万5千人でした。

当オフィスは感染症は専門外ですが、統計的な処理はできますし、多少なりともグラフは読むことができます。そこで当コラムでは数字から分かることについてのみ言及してきましたが、世の専門家たちはそのグラフの基本的な読み方すら知らないらしいのです。

冬になればコロナが威力を持つのは分かっていただろう

12月になれば寒くなるのは分かっていたはずです。1億人を超す人口を抱える先進国がなぜ500人の重症患者で医療がひっ迫するのでしょうか。しかも医療従事者の90%以上が仕事が減ってしまっているにもかかわらずです。欧米では一桁や二桁異なる数の患者が発生していますが、医療崩壊したと宣言した国はありません。どの国も必死で頑張っています。

しかも日本では多くの専門家の悲観的な予測に反してインフルエンザとの複合脅威にはなっていません。つまり予想よりも楽な事態のはずです。

大阪府知事はそれでも大阪コロナ重症センターを駐車場に開設して冬の急増に対応しようと頑張りました。しかし「ハコ」は作ったもののそれに対して「ヒト」の手当てが間に合っていなかったようです。

そこで「ヒト」は自衛隊からということになったのでしょう。

自衛隊に頼めば何とかしてくれると思っていないか?

一方の自衛隊はどうなっているのでしょうか。

自衛隊には独自の病院があります。強靭な肉体を必要とする仕事であるため当然のことであり、医師・看護師も自衛官として採用されています。現在では歯科医官を除く多くの医療関係官は防衛医科大学校出身者となっています。

また自衛隊病院でもコロナ患者の受け入れを行っているところがあります。これは自衛隊病院が隊員のためだけではなく、地域医療においても大きな役割を果たすことが求められ、また、自衛隊病院側も自衛官だけを相手にしていると医官が豊富な臨床経験を積むことができないという事情があり、病院側と地元側の双方にメリットがあるからです。しかし、その地元への自衛隊病院のオープン化ということそのものも地元住民の医療水準の向上や自衛隊医療関係者の能力向上のために望ましいにもかかわらず地元医師会の反対で必ずしもスムーズに行うことはできません。地元の医療機関にとってみれば、最新の医療機器を備えた自衛隊病院が地元住民に対する診療など始めれば強敵となるからです。医師会などはせいぜいその程度の利益代表団体に過ぎません。農薬を使わない農家を虐める農協のようなものです。

しかしながら、自衛隊の医療関係官がすべて感染症対応ができるのかと言えばそうではないことも事実です。また、人数的にも定員を充足しているものでもなく、どの自衛隊病院も人手不足は深刻です。

また、医官・看護官は病院にのみ配属されているのではなく、各部隊の衛生隊にも配属され、また護衛隊群などの水上部隊にも配員され、隊員の健康管理を担っています。

災害派遣でこれらの医療関係官を動員するとなれば、自衛隊病院のコロナ病棟の看護官などを引き抜くことはできませんので、部隊から引き抜くことになります。つまり、隊員の健康管理が不十分になります。また、感染症を専門としている要員ばかりを派遣することができないので、自衛隊では次から次へと要請されるであろう事態に備えて看護官の訓練が始まっているものと思われます。

自衛隊の看護官はたしかに民間病院の看護師とは違って様々な訓練を受けています。しかし、そこがメディアが理解していない点であって、看護官たちが皆受けている訓練というのは感染症対応の訓練であったり毒ガス対応の訓練であったりするという医療に関する特別なものではありません。

彼らが受けている民間病院の看護師たちと異なる訓練とは、「射撃」であったり「匍匐前進」などの陸戦訓練だったりです。医療関係としてはトリアージなどの訓練を受けている看護官も多いかと考えますが、それ以外の医療関係については民間病院の看護師と大きく変わるものではありません。

何故なら彼らは看護師であると同時に自衛官だからです。

戦時国際法において衛生員は非戦闘員であり攻撃目標としてはならないことになっていますが、患者の生命を守るために自衛のための武器を持つことは認められており、観閲行進において防衛医科大学校学生隊は武器を持たずに行進していますが、射撃の検定は毎年受けています。

自衛官である以上それは当然であり、例えば海上自衛隊の歌姫である三宅由佳莉さんにしても歌っているだけではありません。新入隊員教育では陸戦の訓練を受け、音楽隊員となったのちも、海上自衛隊演習などで自隊警備が下令されると自動小銃を持って歩哨として警戒に当たっており、また、海上自衛官として当然のことながら毎年水泳能力検定を受けています。

自衛隊の看護官が民間病院の看護師とは異なる訓練を受けているというのはそういうことであり、コロナ病棟への派遣を命ぜられれば、それなりの訓練をしてから行動することになります。

つまり、民間病院の看護師であっても、それなりの教育や訓練をすればコロナ病棟を担当できるはずなのです。自衛隊の看護官が民間の看護師に比べて特別に優秀だということではありません。ただ、自分たちが最後の砦だという意識を持っているかいないかだけの違いなのです。

民間病院の多くの看護師が仕事が減って減給に苦しんでいる中、コロナ病棟の担当者が必死になっても間に合わないからという理由で自衛隊に派遣を求めるというのは、どう考えても筋違いでしょう。

自衛隊だって要請に応えるべく訓練し、後を同僚たちに託して出動してくるのです。

医師会は必死に知恵を出したのか?

各医師会は、民間病院の看護師の訓練による配置転換を可能とする方策をまったく取ってこなかったと見えます。

自衛隊は国の危難の際には出動が要請されます。それがどのような危難であっても応ずる覚悟はしています。

したがって横浜港でクルーズ船内でコロナが蔓延して厚労省の検疫官だけではどうにもならなくなった際、延べ2700名の隊員が動員されましたが、彼らのうち「対特殊武器衛生隊」の隊員約50名及び各隊から選抜された衛生員以外は医療関係者ではなく、ごく普通の隊員です。

彼らは防護服の着脱の訓練を行った後に現場に出動し、検疫活動を無事終わらせました、この間、関係した厚労省の担当官からは感染者を出しましたが、自衛隊からは一人の感染者も出しませんでした。訓練をしたからです。

実は医師会会長が大騒ぎしてテレビで現場がどれだけ大変か、他の現場の看護師を投入できないのはなぜかを訴えているのは彼らの責任回避以外の何物でもありません。

確かに、人工呼吸器などの特殊な医療器材を取り扱うのは専門的な教育を受けていないと厳しいのかもしれませんが、コロナ専門病棟の看護師たちが疲弊しているのは、それらの専門的医療行為のためではなく、重篤化した患者の介護もその専門病棟の看護師がやらねばならないからです。周辺の掃除・除菌、トイレの世話など様々な作業をコロナ専門病棟に出入りできる看護師でなければ担当できないからです。

しかし、逆に言えばそれらの作業であれば人工呼吸器などの専門的知識を要する作業をできない看護師でも担当でき、負担を軽減することができます。

それらの一般の集中治療室でも行われている作業を担当するだけであれば、コロナ専用病棟に出入りできるように訓練をすればいいのであって、一般病棟で患者が減って減収に悩んでいる看護師を動員すれば問題を大きく改善できるはずです。

この感染症病棟に出入りするための訓練というのはそう時間がかかるものではありません。

実は私はこの訓練を受けたことがあります。

1990年に米国に海上自衛隊の連絡官として派遣された私は家族と一緒にペンシルバニア州にある海軍基地内に住んでいました。

その夏に起きたのが後に湾岸戦争となったイラクによるクウェート侵攻でした。

イラクに対して米国は6か月間でクウェートから無条件に完全に撤退することを求め、戦争の機運が高まっていきました。

米国全体がテロに対する警戒が強化され、各基地においてもそれなりの訓練が始まりました。基地警備自体は海兵隊が担当するのですが、私たちが訓練を受けたのは「炭そ菌攻撃」への対応でした。

オフィス内でうっかり開封した郵便物から炭そ菌がばらまかれるという事態への対応です。

マニュアルが作られて、それに従って避難する行動が求められたのですが、私たち制服の士官には別の行動も求められました。それはシビリアンの職員の避難が終わったのち、人員の確認を行い、もしオフィスに取り残されている職員がいた場合には防護服を着用して室内に戻って救出してくるということでした。

規則には”military officers “と書かれており、” U.S.military Officers “ となっていなかったため、連絡官であった私もその訓練を受けさせられたのです。

それは防護服の着用の仕方及び脱ぎ方、脱いだ後の処置及び作業中に防護服が破損した場合の措置などでした。

しかし、その訓練を受けておけば私のような医療の素人でも炭そ菌の舞っている室内に入って救出する程度の活動はできるようになります。

つまり、工夫次第でコロナ病棟の現場の負担は軽くすることはできるはずなのですが、医師会は何の工夫もせず、ただ現場が耐えがたい状況になりつつあるとあっさり自衛隊さんお願い、ということなのです。

最後の砦には振り返っても誰もいない

東日本大震災では10万名以上の自衛官が現場に出動しました。現場に行かず後方支援を行っていた隊員数をカウントするとほぼ全自衛官数となるでしょう。

それは、どう考えても警察や消防や海保の持っている力だけではどうにもならない事態だったからです。

福島原発に消防車両を突入させて放水による冷却を行ったのも地元消防だけではどう頑張っても間に合わないからですし、直上からヘリコプターによる散水を行ったのも、自衛隊のヘリにしかできないからです。

つまり、警察や海上保安庁や消防がどうがんばっても無理であるという事態に際して出動が要請され、それを受けて立つ自衛隊は「自分たちが最後の砦」という覚悟で臨むのです。つまり、警察や海上保安庁や消防と異なり、自衛隊には後ろを振り向いても誰もいないのです。

この度の事態がそのような状況なのでしょうか。

自治体の首長や医師会長は恥を忍ぶ覚悟があるのか

医療関係者の95%が仕事が減って減収になっている状況がある一方、8月から10月にかけて、せっかく準備したコロナ専用病棟が空きだらけで、そこに普通の患者を入れることもできず、要員を張り付けておかなければならないので、自治体の要請に応えた病院の経営を圧迫していると悲鳴を上げていたのが医師会でした。つまり彼らは病床が確実に埋まりつつある現状を喜んでいるはずです。そして、まだ60%程度しか埋まっていないのに「大変だ」と大騒ぎしてタダで使える看護官を導入しようとしています。

この度の災害派遣は何の知恵も出さなかった医師会の怠慢と地方自治体の能力の低さをカバーするための派遣となります。

このような事態を各自治体の首長たちは後世の恥として受け止める覚悟があってのことなのかを問いたいと思います。