専門コラム「指揮官の決断」
第246回図上演習はどのように使うことができるのか
演習と訓練は別物
前回、当コラムでは図上演習の概要と流れについて説明しました。
今回は、そもそも図上演習は何を目的として行わるのかについて解説します。
前回の開設の中では「演習」と「訓練」という言葉を使っています。この二つの言葉は全く異なった意味を持っています。
一般には演習とは組織が行う比較的大規模なもの、訓練とは比較的小規模なもの、あるいは個人が行うものというような使い分けがされていますが、本来の意味は全く異なります。
訓練は個人または組織の練度の向上を目的として行われます。したがって、訓練の場合は正解が準備されています。
例えば防災訓練においては、各人がどのように対応すべきかがマニュアル化され、そのように対応することが求められています。
一方の演習は練度の向上を目指さないかと言えばそうでもありませんが、演習が行われる最大の目的は検証です。
例えば防災演習においては、立案した防災計画が本当に機能するのか、どこかに矛盾点や実施不可能な問題点がないのかなどが試されることになります。
訓練と演習が具体的にどう違うのかを説明しましょう。
石油コンビナートと地元消防署の合同演習が行われるとします。
現場からの火災発生の通報を受けて、施設では自衛消防隊が活動を始めます。
地元消防署も施設からの通報を受けて直ちに出動します。しかし、途中の道路が大型車同士の衝突事故の処理で閉鎖となり、迂回路も大渋滞で消防車が目的地に到底たどり着けないという事態を生じてしまいました。
演習であれば、それでいいのです。現実にそういう事態が起こったのであり、実際のコンビナートの火災でもそのような事態が起こり得るのですから、その場合の対策を検討する必要があることが分かったのです。そのような問題点を抽出できたことに演習を行った意義があったことになります。
一方でそれが訓練であれば、自衛消防隊と地元消防署の連携要領も確認できず、放水訓練もしていないので、ほとんど成果をあげられなかったことになります。したがって、地元消防署はあらかじめコンビナート付近に進出して待機し、通報があったという想定で進入を開始するなどの必要があるでしょう。
筆者はこの事例を説明するのに、受験勉強をするときに、参考書を読みながら練習問題を解くのが「訓練」で、模擬試験を受けるのが「演習」だと考えて下さいと説明することがありますが、その意味するところはここで申し上げている通りです。
検証作業という意味は?
実は図上演習の数々の利点の最大のものがこの検証機能です。
具体例を示しましょう。
1941年12月、ひそかにハワイに忍び寄った日本海軍の航空母艦から飛び立った艦載機がハワイ真珠湾に在泊していたアメリカ海軍太平洋艦隊の艦船に奇襲攻撃をかけました。
この作戦に先立ち、作戦を企画立案した連合艦隊司令部では、その作戦計画を評価するために図上演習を行いました。
当初の計画では、迎撃のため離陸してくるであろう米軍の戦闘機を離陸させないよう、最初に航空基地を爆撃する予定でした。
ところが、図上演習を始めてみると、参加している艦艇攻撃の任を帯びた飛行隊からクレームが付きました。航空基地を攻撃して、その弾薬庫や燃料庫が火災になると猛烈な黒煙が上がるはずで、当日の季節風を考えるとその黒煙は真珠湾に流れてきて目標が見えなくなるというのです。
そこで作戦計画を改め、奇襲が成功した場合にはまず艦艇の攻撃を行い、その後陸上基地を攻撃することになりました。
このように、机上の計画では合理的だと考えられていたものも、いろいろな参加者が専門的見地から様々な意見を出すことによって思わぬ問題点が発見されることが多々あります。
これは計画立案者がいくら机の上で検討しても分からないことであって、図上演習をやってみるしか問題点は発見できません。
このように、いろいろな計画立案する際に図上演習を行ってみると立案作業がスムーズになりますし、また、様々な専門部署の見解を得ることができますので、実効性の高い計画を作ることができます。
図上演習の実例
筆者がアドバイスを差し上げたある企業では、図上演習の実施方法に習熟するために、まず、会社の創立記念パーティーの計画の際に図上演習を行ってみたそうです。
本社で創立記念祝賀会が開催され、社長が社員たちにスピーチをしたり、表彰状の授与、感謝状の贈呈などの公式行事を行った後、ホテルに移って祝宴ということになっていたのですが、この図上演習では社長が自宅に着替えに戻り奥様と一緒に会場へ向かうために迎えに行った車が接触事故に会い到着が大きく遅れることになったという想定が出されました。
総務部が対応できず、結局図上演習上では社長が開宴に間に合わないという事態になりました。
そして祝賀行事の当日、社長車が実際に首都高での事故渋滞に巻き込まれて身動きが取れなくなるという事態が生じました。
この時、社長車に同乗していた秘書が図上演習にも参加しており、彼女の機転で下車して徒歩で首都高を降り、近くの地下鉄に乗ることで問題を解決しました。また、その様子を電話で聞いていた総務部長は同じく巻き込まれていた来賓の方々に首都高の下で待つようにアドバイスをして、ホテルからマイクロバスを出してもらい、来賓のほとんどを時間までに間に合わせたということでした。
このように、軍隊の作戦計画や防災などに留まらず、様々な局面において図上演習は役に立ちます。
図上演習の応用例
もう一つ具体例を示します。
あるメーカーで、それまで作っていた製品とはまったくコンセプトの異なる製品を作ることになりました。そこで計画の立案に先立って図上演習を行ってみます。
技術部からは設計にかかる時間、試作品の製作にかかる時間などの見積もりが出されます。
その結果、設計にかかる費用、試作品の製作にかかる費用などが推定されてきます。
そして、製造ラインを作り、製品として販売を開始できるのがいつ頃になるのかの見積もりができます。
これを受けて、宣伝部は広告をいつから始めればいいのかを考えます。製造部も新たなラインをどう作るかの検討を行います。
これらを受けて経理部は銀行との交渉をいつごろから始めて、いつまでにどの程度の経費を準備すればいいのかを計画します。
このようにできた計画の評価だけではなく、計画を立案する作業そのものにも使えるのが図上演習です。
BCPのストレスチェックだってOK
さらにBCPのストレスチェックにも使うことができます。
BCPは様々なリスクを評価し、事前に対策を検討しておくものですが、どの程度のリスクまで耐えられる計画なのかを知っておく必要があります。
例えば、現在進行中のコロナ禍をリスクとしてあらかじめ評価していたBCPがあるとします。(それを作ったコンサルタントは相当優秀ですね。)
そのコロナ禍が1年続いた場合にどうやって事業を継続させるかというプランだったとします。そのプランで1年半コロナ禍が継続したら果たして耐えられるかどうか、それを確認することができるのは図上演習以外にはないだろうと思っています。
このように、図上演習はあらゆる計画を策定する際に極めて有力なツールであるとともに、その計画の実効性がどうなのかを検証することもできる優れたツールです。
図上訓練はどうでしょうか。
図上訓練では、実際の人員や機材を動かすことなく訓練が行われます。飛行機の操縦訓練にシミュレーターを使うのと同様です。
実動の訓練では実施にくい想定の訓練も行うことができます。例えば、大病院でICUを含む避難訓練などは実施困難です。しかしそのような必要性が生じた場合には済々と避難が行われなければなりません。そのために避難の手順に習熟しておく必要があります。
そのような場合図上訓練を繰り返して疑似体験を積んでおくことが役に立ちます。
さて、図上演習の目的についてご理解いただけたかと思います。次回は、いよいよ図上演習の効果、図上演習から得られるもの、企業が図上演習を採用すべき理由についてお話を進めてまいります。